先週の寺井尚之バースデイは、色々お心遣いありがとうございました。摩周湖からジャック・フロスト氏が差し入れしてくださったスーパー・グリーン・アスパラはパスタに添えて皆で楽しみました。ごちそうさまです!!
6月12日(土)のジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」のOHP準備もなんとか出来てほっと一息、今回はトミー・フラナガン+ハンク・ジョーンズの最後のピアノ・デュオ・アルバム『I’m All Smiles』が登場いたします。「ジャズピアノの系譜」では同じ流派の中に併記される二人の巨匠、でも、同じ地方の同じ水から作られた極上の純米大吟醸も杜氏によって、味も香りも違うもの。火花散るセッションを寺井尚之の実況中継でお楽しみくださいね! ジャズ講座:6月12日(土) 6:30pm- 受講料2,625yen 要予約
<電子版NYタイムズ”或るジャズマン、終の隠れ家”>
NY在住のジャズ・ミュージシャンが亡くなったと知らせが来ると、まずチェックするのが電子版NYタイムズの”お悔やみ欄(Obituaries)“のページです。2001年にトミー・フラナガンが亡くなった時はささやかな報道でしたが、昨年グラミーの「特別功労賞(Lifetime Achievement Award)」を受賞したハンク・ジョーンズさんの扱いはだいぶ大きなものでした。ピーター・キープニューズによる、よくまとまった追悼記事が掲載された翌日、NY市の色々なニュースをブログ形式で紹介する”City Room”のページに、ハンクさんが倒れる前に住んでいた部屋の様子が写真入りで掲載され、大きな波紋が広がりました。
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「A Jazzman’s Final Refuge (或るジャズマンの終の隠れ家)」と題されたこのブログ記事は、先日91歳で死去する直前まで現役だった伝説的ジャズ・ピアニスト、ハンク・ジョーンズの賛美から始まっています。その華やかなキャリアと裏腹に、彼の私生活はアッパー・ウエストサイドの公団アパートのそのまた一部屋を間借りし、三食出前で済ます寂しい独居生活だったことに焦点を当てています。寄稿したタイムズの記者、コリー・キルガノンは、たまたま筋向いに住んでおり、亡くなった翌日に、ハンクさんに自宅の一室を貸していた大家さん(写真の人物)が掃除をするために部屋の点検をした時に立ち会って取材したということになっています。この大家さんはハンクさんの友人でもあり、現在もアップステイトの施設で暮らしていらっしゃるジョーンズ夫人の許に、ハンクさんを車で送ってあげたりするなど、色々面倒を見ていた方らしい。
ハンマーなどの工具を使ってドアをこじ開け入ってみると、世界的なピアニストの居室は散らかっていた。ベッドは整頓されておらず、その周りにスーツケースや譜面、クラシック音楽のCD、シャーロックホームズの本などが乱雑に置かれていた・・・世界的なピアニストは、写真に写っているヤマハのキーボードで練習していたであろうことも書かれています。クローゼットをあけると、その中には、予備の電球、ブランド物のネクタイやスーツ、最高級シャンペンや、ピアノトリオ用のパート譜のファイルなどがあったということまで書かれています。(寺井尚之は「ハンク・ジョーンズほどの名手なら練習は安物のキーボードで問題ない!頭の中にサウンドがあるから、例え紙に鍵盤を書いただけのものでも、充分練習できるんや。」と言ってます。)
それ以外にも、「TVでスポーツ観戦しようと誘っても、一日中練習していた。」「クラシック音楽のファンだった。」というような大家さんの談話も紹介されていて、NYならではの記事からという印象でしたが、高齢でもお元気なハンクさんのことをよく聞いていた私たちには、少し意外な感じもありました。
<覗き見趣味はやめろ>
このブログにはコメント欄があり、最初のうちは「伝説的な巨匠の素顔が垣間見れてよかったです。」みたいなポジティブなものが多かったのですが、関係者達が寄稿するにつれて様相が変っていきました。ハンクさんを個人的によく知っており、彼の公式サイトを運営するウエブ・デザイナー、マイルス・モリモト氏のコメントがきっかけになって風向きはガラリと変わります。
「こともあろうにNYタイムズのような一流メディアがハンク・ジョーンズを孤独な老いぼれのように報道するとは何と嘆かわしいことか!彼は心臓のバイパス手術を受けてから、ハートウィックの農場に一人で住むことが出来なくなったりマンハッタンで間借りしていた。認知症の奥さんをケアするには医療設備が整った施設に入れなければならない。その費用が非常に高額なため、自分は狭い部屋でつつましく生活していたのだ。
キーボードで練習していたのは、アパートにあるピアノの調律がひどくて練習にならないのと、近所迷惑にならないように配慮していただけ。・・・自分のバイパス手術や家族の病気、弟のサドやエルヴィンに先立たれても、彼は最後までユーモアと品格を失わず、演奏で皆を楽しませたのに・・・
さあ、タイムズさん、お次はどうする?最近なくなったレナ・ホーンのクローゼットを覗いて、整頓されているかどうかチェックするのかい?」
これが発火点となり、共演歴のあるチャーリー・ヘイデン(b)夫妻や、ハンク・ジョーンズのマネジャーが「プライバシーの侵害、人種差別では?」と声を上げ、ボルテージは高まる一方、とうとう沈黙を守っていたハンク・ジョーンズの甥、姪にあたるサド・ジョーンズの息子さんと娘さんが「自分たちは叔父の私室の鍵を預かっていたが、部屋を開ける際、何の断りもなかった。叔父は私生活を大事にした人だったから、こういう形の報道は好まなかったはず。」
と発言。
ハンク・ジョーンズを撮影した写真家キャロル・フリードマンたちは実名で「プライバシー侵害!大新聞がタブロイド紙みたいなことするな!!」と大合唱、ついにパブリック・エディターと呼ばれる監査役的な編集者、クラーク・ホイトがこの件について寄稿「報道というものは、常にプライバシー侵害と切っても切れない宿命がある。しかし今回はウエブログということで、紙面の記事と比較すると、編集に甘さがあったのではないか?」と今後の課題を提起して一件落着を図りましたが、実名匿名、賛否両論、どさくさに紛れてちゃっかり自己宣伝したり・・・現在もコメントは続いています。
ハンクさんは体調を崩し、この部屋からホスピスに移られたのだから、部屋は散らかっていて当然ですよね。自分の部屋の惨状を省みると、写真の部屋は別に乱雑にも見えません。キルガノン記者は、バド・パウエルをモデルにした映画”‘Round Midnight”の冒頭シーンなど、悲惨な死を遂げたジャズメンたちの歴史にステレオタイプされているところがあったのかもしれない。
最後の住み家が大邸宅でも四畳半でも、ハンク・ジョーンズさんが巨匠であったこととは全く関係ありません。
最後に生前のハンクさんがアップステイトの自宅でビバップについて語っている映像を見ながら、土曜日のジャズ講座を楽しみにしておいてくださいね!数年前の「敬老の日」特番で、NHKが同じこのおうちで撮影したドキュメンタリー番組を観たのが懐かしいです。こっちのほうがずっと散らかっているようにも見えますが・・・
CU
Have You Met Mr. Jones? 追悼 ハンク・ジョーンズ
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Hank Jones (1918-2010)
5月17日(日)大巨匠ハンク・ジョーンズさん永眠。91歳、亡くなる直前まで現役というのは本当に素敵で凄い!心からご冥福をお祈りいたします。
学生の頃から何度生演奏を聴きに行ったか数え切れません。OverSeasにお迎えしたことはありませんが、オフ・ステージでもお目にかかるチャンスに恵まれてラッキーでした。ハンクさんはいつも笑顔でした。笑顔だからこそ、却って近寄りがたい威厳を醸し出す師匠だった。
<生い立ち>
ハンク・ジョーンズは1918年というから大正7年生まれ、トミー・フラナガンより一回り上の午(うま)年です。ミシシッピー州に生まれ、多くの黒人達がそうであったように、台頭する自動車産業の地に移り、デトロイトに近いポンティアックで育ちました。
10人兄弟の大家族で、5人の姉妹を含め兄弟全員が音楽をたしなんだといいます。弟にサド・ジョーンズ(cor)とエルヴィン・ジョーンズ(ds)がいるのはもうご存知ですよね。
13歳で牧師のお父さんの反対を押し切ってジャズの道に入り、80年近くの間にジャズの名盤だけでなくありとあらゆるジャンルで数え切れない録音を残したピアノ人生でした。
米国では、チャーリー・パーカーやベニー・グッドマンの歴史的録音の共演者としてではなく、マジソン・スクエア・ガーデンのジョンFケネディ大統領の誕生日(’62 5月)セレモニーでマリリン・モンローが歌ったバースディ・ソングの伴奏者として有名らしい。その時すでに45歳。
日本では「ヤルモンダ!」というパナソニックのCMも有名だったし、関西には特にご友人が多く、お忍び来日の噂もよく聴きました。NYでは運転手つきの大きなアメ車で移動しておられたのが印象的。ジャズメンで運転手付きの車に乗っている人はベニー・カーターとハンク・ジョーンズ以外見たことない。
トミー・フラナガンは、その端整なタッチやエレガントな芸風、多くの歴史的レコーディングの名脇役という共通点から、デトロイト時代の若い頃からハンク・ジョーンズに大きな影響を受けたように言われているけれど、実際はそうでもない。確かに弟のサドやエルヴィン・ジョーンズとはデトロイト時代から頻繁に共演した間柄だけど、ハンクさんはトミーが14歳の時にNYに進出しているし、それまでの数年間は地元の楽団に加入してミシガンやオハイオ方面をツアーしていたから、影響されようにもデトロイトでは殆ど面識がなく、ラジオでしか聴いたことがなかったそうです。
ハンク・ジョーンズは40年代から50年代にかけて、NYジャズ・シーンで引っ張りだこの最も忙しいピアニストだったが’59年代の終わり、CBSのスタッフ・ミュージシャンとして安定した道を選ぶ。テレビ時代の幕開け!エド・サリバン・ショウなどCBSネットワークの人気番組では、姿を見ることは出来ないけれど、ハンクさんのピアノの音を聴くことは出来る。そして、コールマン・ホーキンスのグループやエラ・フィッツジェラルドなど、一流のポジションの多くは、ハンクさんのCBS加入と相前後してNYに進出したトミー・フラナガンが引き継ぐ形となった。
ハンクさんはCBSのスタジオ・ワークの合間に、弟サド・ジョーンズ(cor)とメル・ルイス(ds)の歴史的名バンド、サド・メルOrch.など、断続的にジャズの仕事を続ける。業界で知らぬ者のない名手であるにも関わらず、脇役に徹したハンク・ジョーンズさんが主役を張ることになったのは、CBSが’70年代中盤、経営難から音楽部を解散したことがきっかけだった。’76年に、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムズ(ds)と”グレート・ジャズ・トリオ”を結成し、一躍人気ピアニストとして脚光を浴びることになる。トミー・フラナガンも同時期にエラ・フィッツジェラルドの音楽監督から独立してリーダー作を立て続けに録音した時代、寺井尚之のいう「日本のジャズ黄金期」のことです。
そしてファッツ・ウォーラーの音楽を元にしたブロードウェイのレビュー”Ain’t Misbehaven'”の音楽監督兼ピアニストとして大当たりを取り、’80年代からつい先日まで人気ピアニストとして、またジャズ界の無形文化財として活躍を続け、グラミー賞など多数の賞や勲章を授与されています。
エルヴィン&ハンク・ジョーンズ
そんなジョーンズ師匠にまつわる伝説は数多い。例えば「ハンクは家でもスーツを着ていて、背広とタキシード以外にはパジャマしか着ない。」とか、「ツアーに必ずキーボードを持参してホテルの部屋でず~っと練習している。」そういう伝説は、徹頭徹尾プロの顔を崩さなかった名手ならではの伝説だ。日本でもコンサートの後、舞台の撤収を誰よりも真っ先に手伝う巨匠の姿に感動した人は多い。また「キャンセル魔」という伝説もあった。昼間には決めていたギグを夕方に「他に仕事が入った」とキャンセル出来るというのは、本当に仕事が多い人しか出来ないことですよね。
ジョーンズ師匠が亡くなる直前までレギュラーで共演していたジョージ・ムラーツはこんなことを言っていた。「レコーディングでスタンダード・ナンバーを指定されると、演奏しすぎてイマジネーションが沸かないからと言って、とんでもないキーで演ることがしょっちゅうあった。」
左からジョージ・ムラーツ(b)、ハンク・ジョーンズ(p)、ジョー・ロヴァーノ(ts)、ポール・モティアン(ds)
トミー・フラナガンは寺井尚之に会うたびにこんな質問をした。
「ヒサユキ、おまえハンク・ジョーンズのことどない思う?」
私が一緒にいる時だけでも最低4回はそのセリフを耳にしたことがあります。常に同じ「くくり」で認識されることにトミー・フラナガンはひそかに抵抗を感じていたのかもしれません。
6月12日(土)のジャズ講座にはタイムリーなことに、トミー・フラナガンとハンク・ジョーンズのピアノ・デュオの名作『I’m All Smiles』が登場いたします。寺井尚之はペダル使いの名手ハンク・ジョーンズのコンサートで「足」ばかり観ていたこともあるらしい・・・寺井だから語れるトミー・フラナガンとハンク・ジョーンズ丁々発止のピアノ・デュオ・バトル、血沸き肉躍る実況中継をお楽しみに!
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次回はハンク・ジョーンズさんの訃報にまるわるNYタイムズの報道にまつわり、現在も続くゴタゴタについて紹介しておきますね。
CU
追記:Emil Viklicky:遠くて近いモラヴィア&ジャズ
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5月も終盤、季節外れの風邪も流行っているようですが皆様いかがお過ごしですか?明日のメインステムに来て爽やかな5月らしいプレイをお楽しみください!
先ごろ亡くなったハンク・ジョーンズの話題など色々書きたいことはあるのですが、まず先日のEmil Viklickyさん祝賀会で学んだことを書き留めて、次回の参考にします。
在外チェコ/スロバキア人のポータルサイト、krajen.org のカルチャー欄にOverSeasでのライブ情報やザイコウ+イッペイさんとの写真が掲載されています! レポーターは不肖私。
<モラヴィアてどこやねん?>
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先日OverSeasでヴィクリツキーさんが演奏した曲は、殆どがモラヴィア民謡やヤナーチェク作品のジャズ・ヴァージョンで、私達のよく知ってる曲は殆どありませんでした。それでも充分楽しいコンサートでしたが、ヴィクリツキーさんがモラヴィア音楽や歴史について共演者や寺井尚之に説明して下さった事がたいへん興味深く、ぜひ皆さんにもお話したくなりました。
私自身、チェコはおろかヨーロッパに行ったこともありませんが、ジョージ・ムラーツを愛するベーシストでチェコ旅行する人いますね~。
大まかに言うと「モラヴィア」はチェコ共和国の東部、西部が「ボヘミア」です。(上の地図参照) モラヴィア民族はスラヴ系で、9~10世紀頃にはモラヴィア王国という単独国家がありましたが、後にハンガリーやオーストリアの支配下となりました。20世紀になって、やっとチェコスロヴァキアとして独立、その後もナチス・ドイツやソ連など大国に翻弄された歴史があります。二部のラストで演奏された曲、「アウストレリッツの戦」は、オーストリア軍に徴兵されたモラヴィア人の弟の戦死を悼む激しく悲しい曲でした。寺井尚之の大阪弁MC覚えていますか?
<ボヘミア+モラヴィア=チェコ>
古都モラヴィアの風景!
「ボヘミア」と「モラヴィア」が統合したものが「チェコ」なんですね。民族的には「ボヘミア」がチェック人、「モラヴィア」がスラヴ系のモラヴィア人の地方で、言葉や文化もかなり違うようです。首都プラハやムラーツの生まれたピーセックの街はボヘミア、チェコ第二の都市ブルノや、ヴィクリツキーさんが生まれたオムロウツはモラヴィアです。でもジョージ・ムラーツのお父さんはモラヴィア人だし、ビクリツキーさんのお爺さんはオーストリア人、ヨーロッパ大陸はハイブリッドです。ビクリツキーさんによれば、宗教的にはどちらも比較的鷹揚で、カトリックの隣国オーストリアとはだいぶ違うらしい。ただし、文化的にはボヘミアやスロヴァキアよりも、オーストリアに近いところも多いらしいです。”ウエザー・リポート”のキーボード奏者、ジョー・ザヴィヌルはオーストリア人と思っていたけど、本当はモラヴィア人なんだって!
ものの本によれば、「モラヴィア」と「ボヘミア」の相違を一言で表すなら「モラヴィア人はワインを飲み、ボヘミア人はビールを飲む。」ふ~む・・・ムラーツ・アニキはウオッカや麦焼酎も飲んでますが・・・
<モラヴィア音楽とジャズの距離>
Leoš Janáček レオシュ・ヤナーチェク(1854~1928)
音楽ならドヴォルザークがボヘミア、ヤナーチェクがモラヴィアのアイコンと言えるでしょう。
村上春樹の「1Q84」で一躍有名になったレオシュ・ヤナーチェクはモラヴィアの各地に伝承される民謡を「長崎ぶらぶら節」のようにフィールドワークで蒐集研究、自作品にモラヴィア的要素をどんどん取り込んでいきました。ビクリツキーさんに伺ったのですが、ヤナーチェクはモラヴィア民謡の和声が当地の方言と密接に関わっていることに注目していたそうです。音楽に於ける「訛り」を重視する寺井尚之とよく似ています。ヤナーチェクは街の騒音を元に作曲するという時代に先んじた作曲法で、当時の批評界にこっぴどく叩かれたそうです。Yes Sir! 街の中や自然界にある音を音楽にするのは、デューク・エリントンが最も得意としたものですよね!ブラック・ミュージックとスラブ系のモラヴィア音楽は案外遠くて近いものだったんだ。
掲示板で何人かのお客様が「印象的だった」とコメントしていたオリジナル、「ファノーシュ」も、モラヴィア訛の酔っ払いの掛け声がそのままメロディになっていました。
リズムにもモラヴィア音楽とジャズの共通点はありました。1部のラスト・チューン”Wine, Oh, Wine”は、とてもジャズっぽい曲でした。もともとモラヴィアのダンスは手と足で違ったリズムを刻むポリリズムが特徴、つまりアフロアメリカンのジャズと共通点があるんですね。ビクリツキーさんのレギュラー・ドラマーのラコ・トロップはモラヴィア・ダンサーからミュージシャンになった人で、このあたりの盛り上げ方が非常にうまいとヴィクリツキーさんが言ってました。
そのほかにも、親愛なるエミルさんからは、良いピアノがないだけでなく、ピアノ自体ないところもあるし、お客様は殆どが年配の男性だというチェコのジャズクラブ事情や、共産主義時代の苦労など、色々なお話が聴けてチェコへの興味は尽きません。
当日同行されていた子息のロバートさんは、医学の勉強の傍ら夜学(ご本人が「ヤガク」と言ってた・・・)で日本語の読み書きを習得されたそうですし、世界は狭い!
なお、今回の祝賀会をWEB上で色々応援してくださった「日本ヤナーチェク友の会」の幹事さんのブログには、エミル・ヴィクリツキー3の『シンフォニエッタ』やイヴァ・ビトヴァとの『Moravian Gems』のエントリーがありました。モラヴィア民俗音楽に精通した方の視点から誠実な感想が述べられています。幹事さんによれば、チェコから来日したクラシック音楽家の間でもビクリツキーさんの評価は非常に高いということで、ビクリツキーさんとジョージ・ムラーツとの来日を切望されていました。
ぜひ実現するといいですね!
明日はメインステム、ビクリツキーさんと共演した宮本在浩(b)さんに旬のえんどう豆を沢山いただいたので、チキンやパスタと一緒にお料理します!
CU
エミル・ヴィクリツキー(2) コンサート・レポート
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Ajoy!(アホイ) エミル・ヴィクリツキーさんとお会いしてからチェコ語が第二言語になった寺井珠重です(??)。
今週はハンク・ジョーンズさんの大往生に激震が走りました!心からご冥福をお祈りいたします。ヴィクリツキーさん訪問のきっかけになったジョージ・ムラーツ(b)とハンクさんが25日から共演予定していたNY”バードランド”のジョー・ロヴァーノ(ts)4はスティーブ・キューン(p)が代役だそうです。アシスタントでがんばるしょうたん(b)は、NY在住の銀太君(b)のアパートに滞在させてもらって仕事する予定らしい。しょうたん、銀太くん、よろしくね!
<東京:エミル・ヴィクリツキーと村上春樹>
前に書いたように、エミル・ヴィクリツキーさんの訪日祝賀会は我らがアニキ、ジョージ・ムラーツのご縁と、上海万博がきっかけで実現したものでした。祝賀会の前日には、今回の来日を色々サポートしてくださった駐日チェコ大使館で非公式の演奏会が催されました。ヤナーチェクにもジャズにも精通する村上春樹さんがチェコ語版の著書を携え、コンサートに駆けつけてくださったそうです。色々お話できて充実した時間がすごせたと、ヴィクリツキーさんはとても喜んでた。ジャズ界にもハルキストは多い!チェコ・ジャズにとっても大きなお土産になりましたね。
<大阪:待ち構える寺井一家>
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大阪で待ち構えるのは、メインステムでおなじみ、宮本在浩(b)+菅一平(ds)リズムチーム。ヴィクリツキーさんは事前にトリビュート・コンサートの録音を聴き、「ぜひザイコウ+イッペイと一緒にトリオで演りたい。」と言って来られたんです。ところが、彼のレパートリーは彼の出身地チェコのモラヴィア地方ゆかりの楽曲で、馴染みのないものばかり。おまけに事前に添付ファイルで送られてきた譜面の束は、加筆や修正だらけで超読みにくいハンドライティング、タイトルは全てチェコ語!手持ちのCDは殆ど英語表記なので、どの音源がどの譜面なのかチンプンカンプン!譜面の書き方が綺麗とフラナガンに誉められたことのある寺井尚之は、「ハーチェク」とか「チャールカ」など記号のついたアルファベットや、上から何度も書き直したコード記号に「なめとんか!?」と怒り心頭。でもすぐ気持ちを切り替えて「ビクリツキ暗号解読チーム」を組織、大きなテーブル一面に譜面を並べ、音源を聴きながら、該当する譜面をカルタ取りみたいに取っていくローラー作戦で、数日間にばっちり整理をして、CDの演奏を参考に、各々の楽曲についての傾向と対策を二人の共演者に伝授したのでした。
(後から聞いたのですが、譜面に加筆が一杯あった理由は、録音時にジョージ・ムラーツから、こまごまとダメ出しが入ったからだったそうです。ジョージ・ムラーツさんが、エミルさんとの共演に力を入れてたことが判りますよね!)
そんな寺井尚之の心境は亀田兄弟に試合の作戦を伝授する亀田父のようなものであったらしい。ほんまかいな!?
亀田父の熱い想いに答えたザイコウ+イッペイはメインステムの4月ライブ以降、ヤナーチェクとモラヴィア民謡を徹底研究、ヴィクリツキーのレギュラートリオやジョージ・ムラーツ、ルイス・ナッシュとの共演盤や、モラヴィア民謡集などの演奏形態をしっかり掌中に収め、虎視眈々とこの日を待ったのです。
時差ぼけの疲れも見せず、意気揚々とやってきたヴィクリツキーさん、東京駅から道案内してくださったG先生、どうもありがとうございました!挨拶もそこそこに通しリハーサル開始!
亀田ファミリーの努力が実り、リハは殆どの楽曲が一発でOK!ビクリツキーさんから”Fantastic!”の声が連発でトリオに満面の笑み!宮本在浩(b)のムラーツへの傾倒ぶりや、菅一平(ds)がライブで多用するエンディングの「落とし」フレーズに大喜び。ややこしい譜割りのバース・チェンジも即クリア!エミルさんが思わず”Congratulation!”と祝福してしまう場面すらあり、私も少し誇らしかったです。
そんなエミルさんをじっと見守る寺井尚之から「かなり弾けるで・・・」と、つぶやきが漏れました。
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<祝賀会:関西風味>
いよいよ本番!チェコの至宝ピアニストが登場すると、満員の会場が「アホイ!」とチェコ語で歓迎!一気に空気がほぐれました。白いシャツと黒いスラックスの爽やかな出で立ち、ソロは一曲だけで、後は全てトリオで構成されたコンサート、いかに初顔合わせの二人を気に入ったかがよく判りますね!
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<セット・リスト>
<1>
1.メドレー p.solo :水のせせらぎ (Bezi voda bezi モラビア民謡 arr. by Emil Viklicky)
~ trio: :悲しみの桃の木(V Sirem poli hruska モラビア民謡 arr. by Emil Viklicky)
2.Everything I Love(Cole Porter)
3. A Little Bird Flew Over(モラビア民謡 arr.by Emil Viklicky)
4. Hilands, Lowlands (モラビア民謡 arr.by Emil Viklicky)
5.Desire (Touha :モラビア民謡 arr.by Emil Viklicky)
6.Wine, Oh, Wine (Vinko, Vinko モラビア民謡 arr. by Emil Viklicky)
<2>
1.ハロウィーン Halloween (Emil Viklicky)
2.ピーコックス The Peacocks (Jimmy Rowles)
3.霧の中で In The Mists(IV)(Leos Janacek,arr Emil Viklicky)
4.ファノーシュ Fanoshu (Emil Viklicky)
5.アウストレリッツの戦いAusterlitz (モラビア民謡 arr. by Emil Viklicky)
<アンコール>
1.Blues In the Closet ブルース・イン・ザ・クローゼット(Oscar Pettiford)
2.Tour’s End ツアーズ・エンド (Stan Getz)
曲を重ねるに連れトリオの息はぴったり!トリオのアイコンタクトと、見守る寺井尚之こと亀田父のリングサイドの姿が印象的!テーマもソロも、ビクリツキーさんにぴったり寄り添う二人のプレイで倍音が弾け、モラヴィア音楽に特徴的なポリリズムとハーモニーが炸裂!会場を魅了しました。
長い足がピアノからはみ出しそうなヴィクリツキーさんの演奏フォームは寺井門下の禁じ手です!でも、体をくねらせるように激しく動きながら繰り出すタッチは端正そのもの!ここ数年間にお迎えしたピアニストの内でもナンバー1のタッチで、調律の川端さんもほっとしておられました。エミルさんの人格と同じ、音楽もクリーンカット!クリアなサウンドと真摯なプレイ、日ごろ馴染みのないモラヴィア民謡も、ジャズの曲と変わりなく馴染みのよく響き、2曲アンコールをしてもスタンディング・オベーションは鳴り止みません。
エミルさんのチェコ英語のMCを、寺井がジャズ講座ばりの大阪弁でユーモラスに解説してくれて、コンサートの雰囲気はますますアット・ホームなOverSeasらしいものになりました!それはエミルさんがリハーサルの時からモラヴィア民謡の背景にあるエピソードを詳しく教えてくださったおかげでした。次回はコンサートで学んだモラヴィア文化の不思議な魅力についてお話します。
全ての写真は私のカメラでG先生が撮影してくださったものです。G先生色々ありがとうございました!
土曜日はエミル・ヴィクリツキー氏の洗礼を受け、一回り大きくなったザイコウ、イッペイが聴ける寺井尚之The Mainstemの5月ライブ・パート1!楽しみです~。ぜひお越しくださいね!
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エミル・ヴィクリツキーさん、楽しかったです!(1)
エミル・ヴィクリツキー氏訪日歓迎祝賀会、ヴィクリツキーさん、すごく喜んでおられました。お祝いに来てくださった皆様、心からお礼申し上げます。
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速報を出そうと思ったのですが、翌日は関空にお見送りしに行ったり、今日はご協力くださったチェコ関係の皆さんにお礼メールしたりして、あっという間に日が暮れてしまいました。
というわけで今日はコンサートがとても楽しく、また意義深いものだったということだけお知らせしておきたいと思います。
時差ぼけのしんどうそうな顔は一切なし!エネルギッシュな明るいリハーサルぶりに、エミルさんのすばらしいミュージシャンシップを感じました。宮本在浩(b)+菅一平(ds)リズム・チームの予習の完璧さに終始嬉しそうで、“Fantastic! Perfect!”を連発されていて、私も鼻高くなったかも・・・そして、本番ではお客様の声援やノリの良いリアクションで、リハよりもずっと霊感に満ちた演奏が聴けました!
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Jazz Club OverSeasのエミル・ヴィクリッキーさん速報はG先生のブログにすでに載っています。私はボチボチこれから書きますので、よろしく~
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Emil Viklickyさん、土曜日に会いましょう!& 「究極トリオ」動画など
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「エミル・ヴィクリツキー訪日記念祝賀会」が二日後に迫り、何やかんやドタバタしております。エミル・ヴィクリツキーさんは、明日、広尾のチェコ大使館で開催される、非公式の歓迎レセプションで演奏、「ジャズのヤナーチェク」と称されるヴィクリツキーさんの演奏を聴きに各界の著名人も来られるという噂です。
17日は上海万博の「チェコ・ナショナル・デー」でチェコ共和国を代表する世界的なアーティストとして、バレー、クラシック音楽、人形劇などと共に出演されるそうです。
つまりEmil Viklickyを大阪で聴けるということは、非常にラッキーなことですよ!ぜひ皆様おいでください!
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「究極」の夢から覚めていない皆様へ
先週の「セロニカ」講座にお越しになった皆様、あの「究極」フィナーレは感動しましたね!最近私事に忙しく、インターネットを観る余裕がなかったのですが、久々にジョージ・ムラーツの助手である有望ベーシスト、しょうたんくんがSNSに投稿している日記を覗いたら、あのトリオのyoutube動画が埋め込まれているのを発見してぶっ飛びました。
演奏は言うまでもなくトミー・フラナガン(p)、ジョージ・ムラーツ(b)、アーサー・テイラー(ds)、1985年7月 オーストリア北西にある都市、ホラブルンで3日間開催されたジャズフェスティバルの映像です。“Theme for Ernie” をピアノ・ソロで演ってから”If You Could See Me Now”をトリオでというメドレーになっています。あの頃のムラーツ兄キとA.Tの姿が懐かしい!お気に入りの白ジャケット姿、トミーの肌もツヤツヤしていて元気そう!A.Tのマドラス・チェックのシャツも見覚えがあります。あの「究極」はこんな風に演ってたと確認できるだけでも、お宝ものの映像でした。このヴェニュー、ホラブルンはエミル・ヴィクリッキーさんの故郷、モラヴィアと19世紀からオーストリア北西部鉄道でつながっていることを想うと土曜日のコンサートがますます楽しみになってきました!
しょうたん、ええもん載せてくれてありがとう!25日からムラーツはジョー・ロヴァーノとNYバードランドだよね!しょうたんの縁の下の力持ち助かってます。よろしくね!
もうひとつ発見したのが、トミー・フラナガン・トリオに名手アルヴィン・クイーン(ds)が加わった”Mr. PC”の映像です!
一説に、アルヴィン・クイーンはエルヴィン・ジョーンズの隠し子とも言われていて、そうであっても不思議でないほどの実力者です。それほど知名度がないのは長年スイス在住のせい。トミーが欧州楽旅する際は、よくアルヴィンを現地採用してツアーしていました。昔、ジョー・パス、ニールス・ペデルセン、ケニー・ドリュー(p)のカルテットで来阪されたときに楽屋でお会いしたことがあります。OverSeasのボトル棚の左上に寺井尚之がアルヴィン・クイーンから送られたメッセージ入りの大型ポートレートを飾ってあるので、見覚えのあるお客様も多いかも・・・風のようにスイングする凄いドラマーでしょう!決してエディ・マーフィーじゃありませんからね!
というわけで、忙しいといいながら動画に興奮して、時間を費やしてしまいました。
土曜日のエミル・ヴィクリッキーさんは、残席僅かになってきました。お越しになりたい方はOverSeasまで必ずご予約お願いいたします。
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Check! Czech No.1ピアニスト! エミル・ヴィクリッキー
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いよいよジョージ・ムラーツの盟友ピアニスト、エミル・ヴィクリッキーさんが土曜日にOverSeasにやって来ます!われらがムラーツ・アニキは、先週5月5日にプラハで、ランディ・ブレッカー、リン・アリエールのバンド、”ニュアンス”でコンサートを行った際、ヴィクリッキーさんと会って、「OverSeasに行ったら、皆によろしくな!」とエールを送ってくれたそうです!
OverSeasで共演する宮本在浩(b)、菅一平(ds)リズム・チームも、いまやヤナーチェクの楽曲やモラビア民謡の権威になっております。
エミル・ヴィクリッキーさんを日本のジャズ・クラブで聴けるのは滅多にない機会、美しいタッチでダイナミックなプレイを聴かすピアニストがお好きな方は大歓迎!ぜひお越しください。
残席僅か
一部は7pmから(開場6pm)、二部は8:45pmから(開場 8:30)各セット前売り4,000円(税別、入替制)です。
前売り券の販売は、5/14 午後10時までとなります。予約されている方は、それまでにお引き取りください。当日券で来ようと思っておられるかたは、電話(TEL 06-6262-3940)にて残席ご確認のうえお越しください。
チェコのNo.1 ピアニスト、一緒にCheck It!
なお、チェコ語のハローは、Ajoy(アホイ)って言うらしいよ。皆さん、当日はエミールさんに「アホイ!」って声をかけて歓迎してあげてくださいね!
CU
“セロニカ”に燃えたジャズ講座!
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Rainy Days and Mondays always get you down…とはいえ今日から連休明けという、羨ましい方もいらっしゃるでしょうね!
私もドタバタしていますが、先週土曜日のジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、フラナガン究極の名盤『セロニカ』だったので、ブログを更新せずにはいられません。
『セロニカ』には、トミー・フラナガンが周到に用意した芸術的な意図が沢山詰まっていて、寺井尚之がとても示唆に富む丁寧な解説をしました。いずれ講座本になりますので、どうぞご期待ください。
『セロニカ』のヴァージョンはなぜ二つあるのか?フラナガンの意図は?
LP、CD、色んな曲順がある中で、どれが一番大切なのか?その理由は?
トミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ、アーサー・テイラーの超美技についての解説 etc…
身振り手振りやATのドラム・フレーズのコピーを口で再現する寺井尚之はとても嬉しそう!
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当然のことながら、沢山のジャズ通のお客様と共に、客席にはミュージシャンの姿も・・・
ATの神業にのけぞる菅一平(ds)、宮本在浩(b)、あやめ会長
録音時にはこの世に存在していなかった今北有俊(ds)の至福の表情、コック服の似合うピアニスト、絹こしくんもうっとり!
講座の締めくくりには、寺井尚之の超秘蔵音源を聴き、皆で「あの頃」にタイムスリップ、究極のフラナガン・ミュージックにシビれて椅子から立ち上がれなくなった人もいました。
感想メールも沢山頂戴して、どうもありがとうございました。
来月はトミー・フラナガンとハンク・ジョーンズのピアノ・デュオ、『I’m All Smiles』やマスター・トリオを聴きましょうね!
CU
ジャズ講座に「セロニカ」登場!
明日のジャズ講座「トミー・フラナガンの足跡を辿る」にはトミー・フラナガン・トリオのアルバムの中でも最高傑作と言いたい一枚『Thelonica』が登場します。
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百万弗トリオ、黄金トリオ、皇帝トリオ、GJT、・・・古今東西、名トリオは色々あるけど、私のThe Trioはこれ!トミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ(b)、アーサー・テイラー(ds)のこのトリオの印象がなんと言っても強力なんです。それはOverSeasで生を聴いたからかも知れません。セロニアス・モンク没後、トミー・フラナガンがモンクとパノニカ男爵夫人の稀有な友情をテーマに上梓したこのアルバムは、所謂『企画もの』とは全く違い、芸術家トミー・フラナガンの叡智が一枚のレコード盤に凝縮されたような印象を受けます。セロニアス・モンクの表面的なアクを取り去ると、こんなに優しく美しい音楽になるんですね。日本料理の最高の汁椀の味や香りのように、静謐でありながら華やか、枯淡の極致ようで生命力に溢れています。ブラック・ミュージックの品格とはこのようなものなのでしょうか。
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上の写真は『Thelonica』録音の翌々年、OverSeasでこのトリオが演奏した時のもの。
ジャズ講座では、寺井尚之しか語れない切れ味鋭い音楽解説や、当時の逸話が沢山お聞きになれると思います。
ぜひ皆で一緒に楽しみましょうね。
お勧め料理は、暖かくなってきたので、皆さんのお好きな「蒸し豚」にナムルやチジミを添えてお待ちしています。
CU
「こどもの日」生徒会ゼミ開催しました。
大型連休は海外旅行や遠出の方も多かったとか・・・皆様もお休み楽しく過ごされましたか?
OverSeasはカレンダーどおりの営業。遠いところから来てくださったお客様と、○○年ぶりの嬉しい再会もありました!
連休最終日、5月5日は、「寺井尚之ジャズピアノ教室」主催のセミナー開催。
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普段のセミナーは、一般のお客様をお誘いして賑やかにやるのが常ですが、今回は伸び盛りの生徒達の「質問」に答えるQ & A 形式だったのでこじんまりとラウンドテーブル・スタイルで開催。
発展途上のピアニストたちが普段聞きたくてもなかなか訊けない質問が沢山出て、あやめ会長、むなぞう副会長、師匠の寺井尚之が判りやすくテキパキ答えていい雰囲気の集まりになってました。
<ジャズ用語説明コーナー>:生徒達の悩みは普段のレッスンやジャズ講座で、師匠が口にする語句の意味がわからないことらしい。例えば、「ヴァース」と「イントロ」の違いは?「セカンド・リフ」と「ヴァンプ」と「インタールード」の区別がわからない・・・とか色々な質問が飛び出しました。あやめ会長がネット検索して出てきた語句説明を、寺井尚之がバッサリ斬ってしまって、一言で説明したり、即ピアノで実例をお聞かせしたり、色々ためになりました。
<構成コーチ;むなぞうコーナー>むなぞう副会長は、自由曲に進んで自分ヴァージョンを作ろうとする生徒達のために「構成」の組み立て方を説明。スタンダード曲”All the Things You Are”を実例に、すっきりしたヴァージョンを作るための指針を教えてくれました。上級生はスゴイね!
<あやめ会長のアドリブ作法> 今回は縁の下の力持ちとしてサポート役をしてくれた会長は「努力賞、最優秀賞の殿堂」入りらしく、アドリブの下地を作る超整理力のノウハウを少しアドバイス。皆一生懸命聞いていましたね。
<必勝!足カウント養成講座>
寺井尚之ジャズピアノ教室では、ジャズのノリを出すために、手だけでなく、「足」を重視します。寺井尚之が幾多の名ピアニストたちの足カウントの取り方を何年も研究して編み出した秘法と言えるかも・・・ 4ビート、in two、ラテン、アフロ・・・さまざまなリズムをしっかりと認識する方法や、正確な足カウントの取れるような練習方法を、生徒皆で実践してみました。
こんなに面白いセミナーになったのなら、一般のお客様もどんどんお誘いすればよかったですね・・・今回の内容も生徒会で本にする予定なので、同じような悩みを持っているミュージシャンや、ご興味のある方はぜひどうぞ!
次回の生徒会セミナーは秋開催の予定。今度は皆さまもお誘いして華々しく楽しむ予定です!乞う御期待。
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