第38回 トミー・フラナガン・トリビュート・コンサート
演奏:寺井尚之トリオ:寺井尚之-piano, 宮本在浩-bass, 岡部潤也ーdrums
=第一部=
1. Let’s
レッツ:作曲者はフラナガンが天才と読んだコルネット奏者、バンドリーダー、サド・ジョーンズ。フラナガンが自主制作したサド・ジョーンズ曲集(左写真)のタイトル曲。
サド・ジョーンズ作品は難曲が多いために、大多数が演奏するスタンダードは少ない。だがフラナガンは終生彼の作品を掘り下げた。フラナガンはサド・ジョーンズ作品についてこう語っている。- 「サド・ジョーンズ作品の中には、強力なパワーがあり、演奏すると、自然にそのパワーが発散するように作られている。彼の作品を演奏できるなら、演奏者として順調な道を歩んでいる証だ。」
2.Beyond the Blue Bird
ビヨンド・ザ・ブルーバード: “ブルーバード”は、かつて黒人居住区にあったジャズ・クラブ《ブルーバード・イン》のことで、現在はデトロイトの文化史跡として保存されている。青年時代のフラナガンがサド・ジョーンズ(cor.tp)と共に、毎夜、熱い演奏を繰り広げたフラナガンの音楽の故郷だ。店の聴衆には、若手ミュージシャンを応援する気風があり、フラナガンは《OverSeas》の雰囲気と似ていると言ってくれたことがある。
親しみやすいメロディーでありながら転調が多い難曲。また、”返し”と呼ばれる左手のカウンター・メロディーは、デトロイト・バップの特徴でもある。同名アルバムのリリース前、フラナガンから譜面を授かり、演奏を許されたことを、寺井は今も誇りにしている。
3.Rachel’s Rondo
レイチェルのロンド:最初の妻、アンとの間に生まれた美しい長女レイチェルに捧げた作品。フラナガンは『Super Session』(’80)に収録したが、ライヴでは余り演奏することはなかった。
一方、寺井はこの曲を大切にして長年愛奏し、『Flanagania』(’94)に収録。冴え渡るピアノのサウンドを活かす気品溢れる秀作。
4. Embraceable You – Quasimodo
メドレー/エンブレイサブル・ユー~カジモド:フラナガン伝説のメドレー。 チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作の有名スタンダード・ナンバー〈エンブレイサブル・ユー〉(抱きしめたくなるほど愛らしい君)のコード進行を基に作ったバップ・チューンに、原曲と正反対の醜い「ノートルダムのせむし男」の名前〈カジモド〉を付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたメドレーは、本当の「美」とは何かという問いを投げかけたパーカーに対するフラナガンの答えだ。フラナガンのメドレーはライヴでの最高の聴きどころで、これは数あるメドレーの内でも白眉だった。残念なことに、レギュラー・トリオによるレコーディングは遺されておらず、今はトリビュート・コンサートでその素晴らしさを偲ぶしかない。
5. Sunset & the Mockingbird
サンセット&ザ・モッキンバード:エリントン&ストレイホーンによる作品で、フラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ盤のタイトルになっている神秘的な美しさを持った曲。エリントン音楽は、フラナガンにとって、”ブラック・ミュージック”の理想形だった。この曲は、エリントンがフロリダ半島をハリー・カーネイ(bs)運転の車で移動中、夕焼けの中で不思議な鳥の鳴き声を聴いて、瞬く間に書き上げたとされている。(エリントン自伝『Music is my mistress』より) 後にエリントンはこの曲を『女王組曲』の中の一曲として自費録音し、一枚だけプレスして英国のエリザベス女王に献上したが、彼の死後リリースされた。その後、NYのFMラジオのジャズ番組のテーマ・ソングとして使われ、フラナガンはそれを聞き覚えてレパートリーに加えた。トリビュート・コンサートでは、フラナガン直伝のピアノタッチの至芸が聴ける。
6.Eclypso
エクリプソ:『Overseas』(’57)や同名アルバム『Eclypso』(’75)などに収録されている、最も有名なフラナガンのオリジナル曲。”Eclypso”は「Eclipse(日食、月食)」と「Calypso (カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンを含めバッパーは、言葉の遊びが好きで、そんなウィットがプレイにも反映している。
寺井尚之にとっては、フラナガンからNYに招かれて、数週間、様々なことを学んだ最後の夜《ヴィレッジ・ヴァンガードで寺井の名前をコールして演奏してくれた思い出の曲でもある。
7. Dalarna
ダーラナ:『Overseas』に収録された美しいバラードで、印象派的な曲想にビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。”ダーラナ”は、『Overseas』を録音したスウェーデンの風光明媚な観光地の名前だ。
フラナガンは『Overseas』に録音以来、めったに演奏しなかったが、寺井尚之のアルバム『ダラーナ』(’95)の演奏に触発され、そのままのアレンジで『Sea Changes』(’96)に再収録している。
この曲をプレイするときは、生徒会長夫妻のスウェーデン土産、ダーラナホースがピアノの上に鎮座している。
8. Tin Tin Deo
ティン・ティン・デオ:フラナガンは、ビッグバンドの演目を、コンパクトなピアノ・トリオ編成でダイナミックに演奏するのを得意にしていた。この曲は、哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したブラック・ミュージックだ。
ディジー・ガレスピー楽団がこの曲を初録音したのはデトロイトで、フラナガンの親友、ケニー・バレル(g)が参加した。フラナガンにはその当時の特別な思い出があったのかもしれない。フラナガンの秀逸なアレンジは寺井尚之がしっかりと受け継いでいる。
左から:寺井尚之-piano, 宮本在浩-bass, 岡部潤也ーdrums
=第二部=
1.That Tired Routine Called Love
ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ:作曲者マット・デニスは弾き語りの名手として、また〈エンジェル・アイズ〉を始めとするフランク・シナトラの数々のヒットソングの作者として有名だ。デニスはナイトクラブに出演する際、一流ジャズメンをゲストに招き共演したが、彼の作品もまたジャズメン好みのものだった。J.J.ジョンソンは’55年、超高級ナイト・クラブ”チ・チ”でデニスのショウにゲスト出演しており、フラナガン参加アルバム《First Place》にこの曲を収録。約30年後、フラナガン自身は名盤《Jazz Poet》(’89)に収録、録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。寺井は《Anatommy》(’93)に収録。
2. They Say It’s Spring
ゼイ・セイ・イッツ・スプリング: フラナガンが”スプリング・ソングス”と呼び、春に愛奏した演目の一つ。作曲者、ボブ・ヘイムズは人気歌手ディック・ヘイムズの弟で、俳優、歌手、TV番組のホストとして人気を博した。
この曲がヒットしたのは’50年代中盤で、歌っていたのはカリスマ的人気歌手ブロッサム・ディアリーだ。ディアリーは、J.J.ジョンソンのバンド仲間、ボビー・ジャスパー夫人であったことから、フラナガンはディアリーのライブをよく聴きに行き、この曲を覚えたそうだ。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に名演を遺している。
3. A Sleepin’ Bee
スリーピン・ビー:これも、フラナガン的スプリング・ソング。A♭ペダルの軽快なヴァンプが春の浮き浮きした気分にぴったりだ。 カリブの愛らしい娼婦の恋と冒険を描いたブロードウェイ・ミュージカル「A House of Flowers」(トルーマン・カポーティ原作、ハロルド・アーレン音楽)で、主演女優ダイアン・キャロルが歌った。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソング。フラナガンのバージョンを基に、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジをフラナガンは大いに褒めてくれた。トリビュートではそのアレンジで演奏。
4.When Lights Are Low
灯りが暗くなった時:フラナガンが子供の頃から親しんだベニー・カーター(as.tp.tb. comp.arr)のヒット作。’80年代終盤、ジャズの人間国宝的存在となったカーターが、カーネギー・ホールに於ける特別コンサートに指名しピアニストがフラナガンだった。尊敬するカーターに選ばれたことを意気に感じたフラナガンは、自己トリオでこの曲を愛奏し、今夜のように<ボタンとリボン>を引用して楽しさを盛り上げた。
5.Passion Flower
パッション・フラワー: 作者ビリー・ストレイホーン自身も愛奏した作品(’44作)。フラナガン・トリオ時代のジョージ・ムラーツの十八番。トリビュートでは宮本在浩(b)が素晴らしい弓の妙技を聴かせてくれる。パッション・フラワーは日本語でトケイソウと呼ばれ、一風変わった幾何学的な形は、欧米で磔刑のキリストに例えられる。黒人でありゲイであった自分自身を、この花に例えたのかもしれない。
ムラーツは独立した後もこの曲を愛奏、リーダー作 My Foolish Heart(’95)にも収録している。
6. Mean Streets
ミーンストリーツ:初期のオリジナル。元々『Overseas』(’57)に”Verdandi”という題名で収録された曲。そこではドラムのエルヴィン・ジョーンズをフィーチャーしている。その20年後、レギュラー・ドラマーに抜擢したケニー・ワシントン(ds)のフィーチュア・ナンバーとして、ケニーのニックネームだった”ミーンストリーツ”と改題、ライヴで愛奏し『Jazz Poet』にも収録した。トリビュート・コンサートでは岡部潤也のドラムソロに会場が沸いた。
8.I’ll Keep Loving You
アイル・キープ・ラヴィング・ユー: バド・パウエルが友人の歌手のために書いた曲と言われている静謐な硬派のバラード。
トミー・フラナガンがパウエル作品を演奏すると、曲の持ち味を失うことなく、一層洗練された美しさが醸し出される。トリビュート・コンサートでは、寺井のフラナガンに対する変わらぬ想いが滲み出る。
9.Our Delight
アワ・デライト:ビバップの立役者の一人、ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロンの代表作。フラナガンはダメロン作品には「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、ライヴを最高に盛り上げるラスト・チューンとして盛んに愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。
=アンコール=
1. Like Old Times
ライク・オールド・タイムズ: フラナガンがアンコールで頻繁に演奏した作品。ご機嫌なときはポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出して、ここぞのタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。サド・ジョーンズ名義の『Motor City Scene』(’59)に収録されている。
今夜のコンサートでは、やはり寺井も隠し持っていたホイッスルを鳴らし大喝采。トミー・フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。
フラナガン・トリオの演奏は『Nights at the Vanguard』(Uptown)に収録されている。
2 With Malice Towards None
ウィズ・マリス・トワーズ・ノン: フラナガンが、真の「ブラック・ミュージック」として愛奏したトム・マッキントッシュ(トロンボーン奏者)の作品。
「誰にも悪意を向けずに」という題名は、エイブラハム・リンカーンの名言、メロディーは賛美歌が基になっている。
かつてマッキントッシュとフラナガンはアップタウンの近所同士で、この曲の創作過程には、フラナガンが立ち合い、自分のアイデアを隅々に盛り込んだとマッキントッシュは証言している。他にも多彩な編成で多くの録音ヴァージョンがあるが、フラナガンのスピリチュアルな演奏解釈は傑出している。
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