2024, 3/16(土)、トミー・フラナガンの誕生日に第44回トリビュート・コンサートを開催します。
7pm-/8:20pm(開場6pm 入替なし)
前売りチケット¥3500(税込 座席指定)
今回は、いつもよりチケットが早くなくなりそうですので、お早めにお求めください。
ライブ・イベント情報と日々の出来事
2024, 3/16(土)、トミー・フラナガンの誕生日に第44回トリビュート・コンサートを開催します。
7pm-/8:20pm(開場6pm 入替なし)
前売りチケット¥3500(税込 座席指定)
今回は、いつもよりチケットが早くなくなりそうですので、お早めにお求めください。
寺井尚之の師匠、トミー・フラナガンが2001年に亡くなってからOverSeasで年2回欠かさず続けてきたトリビュート・コンサートは今回で第43回。
フラナガンと同じ71才になった寺井尚之(p)と宮本在浩(b)の演奏で、フラナガンの名演目を楽しみました。
2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan)
〈50-21〉は《ブルーバード・イン》にリアルタイムで捧げた曲とすれば、これは、後のフラナガンが、《ブルーバード・イン》へのノスタルジーをこめて書いた作品。自己トリオに、同じく《ブルーバード・イン》の卒業生であるケニー・バレル(g)をゲストに迎えたアルバム(’90)のタイトル曲とした。
このアルバムのリリース前、すでにフラナガンはNYで寺井尚之にこの譜面を写譜させていた。めまぐるしい転調もさりげなく、品格と深みを感じさせる典型的なフラナガン・ミュージックだ。
3. Embraceable You (George Gershwin)- Quasimodo (Charlie Parker)
フラナガン・ミュージックは「メドレー」なしに語ることは出来ない。チャーリー・パーカーは、ガーシュインの有名曲〈エンブレイサブル・ユー〉(抱きしめたくなるほど愛しい君)のコード進行を基にバップ・チューンを作り、抱きしめたいどころか、ホラー映画の怪物にもなった「ノートルダムのせむし男」の名前-カジモドと名付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたフラナガンのメドレーは、本当の「美」は外見や肌の色ではなく魂の中にある、というパーカーのメッセージを代弁したのだろう。数あるフラナガンのメドレーの内でも、伝説の名演目だが、残念なことに、レギュラー・トリオでのレコーディングは遺されていない。
4. Good Morning Heartache (Irene Higginbotham)
青春時代のフラナガンが心をときめかせたアイドルであり、ピアノから歌詞が聞こえるといわれる豊かな歌心のルーツとなった歌手、ビリー・ホリディのヒット曲(’46)、失恋のどん底から這い上がる苦しさと強さが印象的な歌。フラナガンは寺井の顔を見るたび、二言目にはホリディを聴け!と言った。それから30年、フラナガンのビリー・ホリディ愛は、しっかり寺井に継承されている。
5. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
初リーダー作で、今なお人気のあるアルバム『Cats』 (NEW JAZZ, ’57)に収録したオリジナル。”minor mishap”は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディング時のほろ苦い顛末に隠されている。以来、フラナガンが終生愛奏したソリッドなハードバップ・チューン。
6. Dalarna (Tommy Flanagan)
『Overseas』を録音したスウエーデンの美しいリゾート地、ダーラナと名付けた初期の代表作。
尊敬するビリー・ストレイホーンの影響が感じられると同時に、厳しい転調をさりげなく用いることによって洗練された美しさを生み出すフラナガン独特の作風を持つ。
『Overseas』に録音後、フラナガンは長年演奏するこ
とがなかったが、寺井尚之のCD『Dalarna』に触発され、寺井のアレンジを用いて『Sea Changes』(’96)に再録。その直後、フラナガンは寺井に「ダーラナを録音したぞ!」と電話で伝えてきた。その弾んだ声は、今も寺井の胸に響いている。
7. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
1st Setを締めくくるナンバー、〈ティン・ティン・デオ〉は、キューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさむメロディとリズムを基にしたディジー・ガレスピー楽団の演目で、戦後、大流行したアフロ・キューバン・ジャズの代表曲。
ビッグバンドのマテリアルを、コンパクトなピアノ・トリオ編成で表現するのがフラナガン流。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したアレンジが素晴らしい。
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
作曲者マット・デニスは弾き語りの名手として、また〈エンジェル・アイズ〉を始めとするフランク・シナトラの数々のヒットソングの作者として有名。デニスはナイト・クラブに出演する際、一流ジャズメンをゲストに招いて共演するのを好み、それにつれて彼の楽曲もジャズメンに愛奏されるようになった。J.J.ジョンソンはフラナガン参加アルバム、《First Place》(Columbia, ’57)にこの曲を収録。その32年後、フラナガンはリーダー作《Jazz Poet》 (Timeless, ’89)に収録し、ライブで愛奏を続け、アレンジを進化させた。現在は寺井が進化型のアレンジを引き継いでいる。
寺井は《Anatommy》 (Hanil ’93)に収録。
2. Smooth as the Wind (Tadd Dameron)
フラナガンが愛奏したもう一人の作曲家、タッド・ダメロン(ピアニスト、作編曲家)の作品。力強く優美な「美バップ」の黄金比率を持ち、次々と美しい花が開花していくようなハーモニーの華麗さに目を見張る。
この曲は、麻薬刑務所服役中のダメロンがブルー・ミッチェル(tp)のアルバム「Smooth as the Wind」(Riverside, ’61)の為に書き下ろしたもので、アルバムにはフラナガンも参加している。
一編の詩のような曲の展開、吹き去る風のように余韻を残すエンディングまで、完成度の高いアレンジがレガシーだ。
3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
フラナガンが長女レイチェルに捧げた、明るい躍動感に溢れたオリジナル。フラナガンの録音はレッド・ミッチェル(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)とのアルバム『Super Session』(Enja ’80)のみだが、OverSeasでとても親しまれているナンバー。
4. Lament (J. J. Johnson)
フラナガンが’50年代後半にレギュラーを務め、『Dial J. J5』など多くの共演盤を遺したトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの作品。
〈ラメント〉は「嘆きの歌」という意味、曲の品格がフラナガン好みだったのか、ライブで盛んに演奏したので〈ラメント〉を聴くと、フラナガンがよく出演していたグリニッジ・ヴィレッジの《Bradley’s》を思い出すというファンがいるほどだ。フラナガン名義の録音は『Jazz Poet』 (Timeless ’89)のみ。だが、録音以降もフラナガンは演奏を続け、どんどん編曲が更新された。
本コンサートで用いたセカンド・リフは『Jazz Poet』以降の進化型だ。
4. Eclypso (Tommy Flanagan)
フラナガンのオリジナル中、最も有名な曲。”Eclypso”は「Eclypse(日食、月食)と「Calypso(カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンは、こんな言葉遊びが好きで、そんなウィットは、プレイにも表れる。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、ヴィレッジ・ヴァンガードで、フラナガンが「寺井のために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲でもある。
6. Easy Living (Ralph Rainger)
「恋に溺れれば、生きることが楽になる。私の人生はあなただけ」…これもフラナガンが愛したビリー・ホリディの十八番で、多くのバッパーが演奏した。
フラナガンが亡くなった夜、寺井尚之が涙で鍵盤を濡らしながら演奏した曲だった。
7. Our Delight (Tadd Dameron)
タッド・ダメロンがビバップ全盛期’40年代半ばにディジー・ガレスピー楽
団の為に書いた作品。ビッグバンド仕様のダイナミズムを、ピアノ・トリオに取り入れるフラナガンの音楽スタイルがここでも顕著に表れる。
フラナガンにはこの曲を紹介する決まり文句があった。「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽である!」賛同の拍手が大きいほど、プレイはすごいものになった。
<Encore>
With Malice Towards None (Tom McIntosh)
フラナガン+ジョージ・ムラーツのデュオ・アルバム、『バラッズ&ブルース』(Enja)収録の名曲。 “ウィズ・マリス”は、寺井尚之の十八番としても知られる。
作曲はトロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ、フラナガンは、彼の「ブラック(黒人的)な」作風を好み、マッキントッシュの作品を多く演奏した。
この曲は、讃美歌「主イエス我を愛す」を元にし、「誰にも悪意を向けずに」というタイトルは、エイブラハム・リンカーンが、多くの犠牲者を出した南北戦争後の演説で口にした名言。曲作りにはフラナガンも参加している。
曲の持つスピリチュアルな美しさと強いメッセージに、生前のフラナガンの素晴らしいステージを思い出す。
デューク・エリントン・メドレー:Ellingtonia:
フラナガンが初めてOverSeasでコンサートを行ったのは’84年12月、それはフラナガン・トリオの日本初クラブ出演だった。
そのときに演奏した長尺のデューク・エリントン・メドレー(Ellingtonia)はピアニスト寺井の原点となっている。
Chelsea Bridge (Billy Strayhorn)
エリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの作品。1957年、ストレ
イホーンに心酔していたフラナガンはNYの街で偶然彼に出会った。
「僕は、もうすぐJ.J.ジョンソンとスウェーデンに行き、そこで、あなたの曲をトリオで録音します。」そう挨拶すると、ストレイホーンは彼を自分の音楽出版社に連れて行き、自作曲の譜面をありったけ与えてくれたという。その中の1曲が〈チェルシー・ブリッジ〉で、初期の名盤『Overseas』に収録された渾身のプレイは、今なお、私たちを楽しませてくれる。
Passion Flower (Billy Strayhorn)
寺井が兄のように慕っていたベーシスト、ジョージ・ムラーツのフラナガン・トリオ時代の名演目。彼の弓の妙技をフィーチャーしてほぼ毎夜演奏された。トリビュートでは宮本在浩(b)のベースが素晴らしい。
ムラーツはフラナガンの許を独立した後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart』 (Milestone ’95)に収録した。
Black and Tan Fantasy (Duke Ellington)
晩年のフラナガンは、自分が子供時代に親しんだ、ビバップ以前の楽曲を精力的に開拓していた。
自分のブラック・ミュージックの道筋を逆に辿ろうとしていたのかもしれない。その意味で、エリントン楽団初期、禁酒法時代(’27)の代表曲〈ブラック&タン・ファンタジー(黒と茶の幻想)〉は非常に重要なナンバーだ。
フラナガンが最後にOverSeasを訪問したとき、寺井が演奏すると、珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。
次回のトリビュート・コンサートは2024 3/16(土)、トミー・フラナガンの誕生日に開催予定です。ぜひご参加ください。
早いものでトミー・フラナガンが亡くなってから21年の歳月が流れました。フラナガンの基本的な演奏フォーマットはトリオ形式ですが、今回のトリビュート・コンサートは、長年のレギュラー・ベーシスト、宮本在浩とデュオで挑みました。吉と出るか凶と出るか… 結果は、強烈なスウィング感と、研ぎ澄まされた美しい楽器の響きにこもる、フラナガンへの敬愛の情が、お客様にもしっかり伝えられたのでは、と感じています。
メドレーを含め全部で18の演目には、それぞれフラナガン・ミュージックの強い特徴があり、同時に、弟子としての寺井の人生に意味のあるものなので、曲目紹介を書きました。
2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan)
フラナガンとサド・ジョーンズが3年間、ほぼ毎晩一緒に演奏した場所は、デトロイトの黒人居住地にあった《ブルーバード・イン》というクラブだった。この〈Beyond the Blue Bird(ブルーバードの彼方に)〉は’89年作品、毎夜火花の散るようなプレイで切磋琢磨した青春時代への郷愁がこもる。デトロイト・ハードバップのお家芸である左手の“返し”が印象的、親しみやすいメロディと裏腹に、目まぐるしい転調を忍ばせるところは、ジョーンズの影響だ。寺井尚之はこの作品発表前に、フラナガンの譜面を写し、演奏することを許されたことを誇りにしている。
3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
レイチェルは、最初の妻、アンとの間に生まれた美しい長女。彼女に捧げたオリジナルは、冴えたピアノのサウンドが印象的。
フラナガンは、『Super Session』(’80 )(右写真)に収録したものの、ライブでは余り演奏しなかった。
一方、寺井はこの曲を長年大切に愛奏し、『Flanagania』(’94)に収録。気品溢れる名曲である。
4. Embraceable You (George Gershwin)- Quasimodo (Charlie Parker)
フラナガンがライブで演奏するメドレーには定評があり、これは数あるメドレーの内でも、伝説の名演目。チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作の有名曲〈エンブレイサブル・ユー〉(抱きしめたくなるほど愛しい君)のコード進行を基にバップ・チューンを作り、抱きしめたいどころか、ホラー映画に登場するほど醜い「ノートルダムのせむし男」の名前、カジモドと名付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたメドレーは、本当の「美」は外見ではなく魂の中にある!というパーカーのメタファーの表現だ。残念なことに、レギュラー・トリオでのレコーディングは遺されていない。
5. If You Could See Me Now (Tadd Dameron)
ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンもフラナガン好みの作曲家だ。本作は、売り出し中の新人歌手だったサラ・ヴォーンのために書き下ろしたバラード。 フラナガンは、’46年のオリジナル・レコーディングよりも、’81年にサラ・ヴォーンがカウント・ベイシー楽団とのリメイク・ヴァージョンにインスパイアされ、同じセカンド・リフを用いている。寺井が悔やむのは、師匠よりさきに『Flanagania』に収録してしまったために、フラナガン自身はレコーディングをしなかったことだ。
6. Beats Up (Tommy Flanagan)
フラナガン初期の名盤『OVERSEAS』(1957)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューンで、アルバムでは、冒頭のピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換に心がときめく。それから40年後、フラナガンは『Sea Changes』に再録音した。今回のトリビュートはピアノ‐ベースのデュオで、曲本来のダイナミズムを見事に出し、喝采を得た。
7. Dalarna (Tommy Flanagan)
1-6とともに『OVERSEAS』に収録された美しいバラード。印象派的な曲想にビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。“ダーラナ”は、『OVERSEAS』を録音したスウェーデンの観光地の名前だ。
『OVERSEAS』以後、フラナガンは、めったに演奏しなかったが、寺井尚之のアルバム『Dalarna』(’95)に触発され、寺井のアレンジを使って『Sea Changes』(’96)に再録した。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
1st Setを締めくくるナンバー、〈ティン・ティン・デオ〉は、キューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさむメロディとリズムを基にしたディジー・ガレスピー楽団の演目で、戦後、大流行したアフロ・キューバン・ジャズの代表曲。
ビッグバンドのマテリアルを、コンパクトなピアノ・トリオ編成で表現するのがフラナガン流。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したアレンジが素晴らしい。
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
親しみやすいメロディだが、転調を繰り返す難曲。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒットソングを数多く手がけたが、自身も弾き語りの名手だった。彼がクラブ出演するときには、一流ジャズメンを好んでゲストに招き、ジャズメンもまた彼の作品に挑戦するのを好んだ。トロンボーンの神様、J.J,ジョンソンもその一人で、フラナガンが参加したアルバム『First Place』(’57)に収録。それから約30年後、フラナガンは自己の名盤『Jazz Poet』(’89)に収録後、演奏を重ねるにつれ、録音ヴァージョンを越えるアレンジに進化した。現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。寺井はデビュー・アルバム《Anatommy》(’93)に収録。
2. Smooth as the Wind (Tadd Dameron)
1-5同様、ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンの作品。ポエティックで、文字通りそよ風のように爽やかな名曲。
フラナガンはダメロン作品について「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、盛んに演奏した。この作品は、ダメロンが麻薬刑務所に服役中、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバム(右写真)『Smooth As the Wind』(Riverside)の為に書き下ろした作品で、アルバムにはフラナガンも参加している。
3. Out of the Past (Benny Golson)
テナー奏者、ベニー・ゴルソンがフィルム・ノワールのイメージで作曲したマイナー・ムードの秀作。
ゴルソンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズや、自己セクステットで録音。フラナガンはゴルソンの盟友、アート・ファーマー(tp)のリーダー作『Art』、後にリーダー作『Nights at the Vanguard』(写真)他に録音、’80年代には自己トリオで愛奏した。
フラナガンがアレンジした左手のオブリガードが印象的で、OverSeasで大変人気がある曲。
4. Eclypso (Tommy Flanagan)
フラナガンのオリジナル中、最も有名な曲。『OVERSEAS』(’57)や『Eclypso(写真)』(’75)を始め、繰り返し録音している。”Eclypso”は「Eclipse(日食、月食)」と「Calypso (カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンを含めバッパーは、言葉遊びが好きで、ハードなプレイの中にもウィットが感じられる。
寺井尚之がフラナガンに招かれ、初めてのNYで様々なことを学んだ最後の夜《ヴィレッジ・ヴァンガード》で寺井をコールして演奏してくれた思い出の曲でもある。
5. Lament (J. J. Johnson)
フラナガンが’50年代後半にレギュラーを務め、『Dial J. J5』など多くの共演盤を遺したトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの作品。
〈ラメント〉は「嘆きの歌」という意味、品格のある作風がフラナガン好みだったのか、ライブで盛んに演奏したので〈ラメント〉を聴くと、かつてフラナガンがよく出演していたグリニッジ・ヴィレッジの《Bradley’s》を思い出すというファンがいるほどだが、フラナガン名義の録音は『Jazz Poet(写真)』(’89)のみ。録音以降もフラナガンは愛奏しつづけたので、演奏ヴァージョンはどんどん進化していった。
本コンサートで寺井が用いるセカンド・リフはフラナガンが『Jazz Poet』以降の進化型だ。
6. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
人気盤『The Cats』で初演されたフラナガンのオリジナル。アルバムの人気とは裏腹に、低予算でワンテイク録りの演奏内容は、フラナガンにとって到底満足の行く出来ではなかった。フラナガンがMinor Mishap(ささやかなアクシデント)と名付けたのはそのためだ。以来、フラナガンはリベンジするかのように、長年愛奏し、毎回強烈なデトロイト・ハードバップの魅力を聴かせてくれた。寺井尚之の名演目でもある。
7. But Beautiful (Jimmy Van Heusen)
「恋は色々、可笑しくも、哀しくもある。秘めた恋、狂おしい恋もある…」短い言葉で様々な恋模様を綴る名バラード。今回、寺井‐ザイコウDUOは、そんな歌詞が聴こえるプレイをオール2コーラスという切り詰めた構成で弾き切り、輝くピアノサウンドと、重厚なベースとのハーモニーが、コンサートのクライマックスになった。
フラナガンが’90年代愛奏した演目だが、きっかけは寺井だ。ある日、フラナガンが寺井とOverSeasでくつろいでいると、偶然『Moodsville8(右写真上)』(Prestige, 1960 フランク・ウエス・カルテット)収録の〈But Beautiful〉が店内に流れ、寺井は「師匠のこのイントロは、ジャズ史上最高のイントロです!」と演説を始めた。フラナガンはふーんと鼻を膨らますだけだったが、その直後、デンマークのジャズパー賞を受賞記念コンサート『Flanagan’s Shenanigans(右写真下)』(’93)で〈But Beautiful〉の名演を披露した。
8. Our Delight (Tadd Dameron)
これも、ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロンの作品で、ライブを盛り上げるラスト・チューンとして盛んに愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。ドラムレスであることを感じさせない、気迫のこもった演奏に喝采がやまない。
With Malice Towards None (Tom McIntosh)
“ウィズ・マリス”は「フラナガン流スピリチュアル」と言える名曲であり、当店不動のスタンダード曲。この夜も演奏に涙する方もいるほど、パワーのある作品だ。
フラナガンージョージ・ムラーツ・デュオによる『バラッズ&ブルース』に収録され、今は寺井尚之の十八番として、遠方から来られるお客様のリクエストが多い曲。メロディは、讃美歌「主イエス我を愛す」を基にし、エイブラハム・リンカーンの名言(誰にも悪意を向けずに)を曲名とした、トロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ(tb)の作品だが、曲の創作段階でフラナガンのアイデアがたくさん取り入れられている。
メドレー:Ellingtonia:
トミー・フラナガンが初めてOverSeasでコンサートを行ったのは’84年12月。それはフラナガン・トリオとして日本で初めてのクラブ出演でもあった。
そのときに演奏した長尺のデューク・エリントン・メドレー(Ellingtonia)はピアニスト寺井の原点となっている。
Chelsea Bridge (Billy Strayhorn)
デューク・エリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの作品。1957年、ストレイホーンに心酔していたフラナガンはNYの街で偶然彼に出会った。「もうすぐJ.J.ジョンソンとスウェーデンにツアーして、トリオで、あなたの曲を録音する予定です。」そう挨拶すると、ストレイホーンは彼を自分の音楽出版社に同行し、自作曲の譜面をありったけ与えてくれたという。〈チェルシー・ブリッジ〉もその中の一曲で、初期の名盤『Overseas』に収録された渾身のプレイは、今も私たちを楽しませてくれている。
Passion Flower (Billy Strayhorn)
ジョージ・ムラーツのフラナガン・トリオ時代の名演目。弓の妙技をフィーチャーしてほとんど毎夜演奏された。トリビュートでは宮本在浩(b)のベースが素晴らしい。ムラーツはフラナガンの許を独立した後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart(’95)』に収録した。寺井にとって兄貴のような存在だったムラーツも昨年9月他界し、今年OverSeasで追悼コンサートを行った。
Black and Tan Fantasy (Duke Ellington)
晩年のフラナガンは、自分が子供時代に親しんだBeBop以前の楽曲を精力的に開拓していた。ひょっとしたら、自分のブラック・ミュージックの道筋をさかのぼるつもりだったのかもしれない。その意味で、エリントン楽団初期、禁酒法時代(’27)の代表曲〈ブラック&タン・ファンタジー(黒と茶の幻想)〉は非常に重要なナンバーだ。
フラナガンが最後にOverSeasを訪問したとき、寺井が演奏すると、珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。
フラナガンは71才で他界しましたが、寺井尚之も今年で70才です。親子ほど年下のベーシスト、宮本在浩にしっかり支えられ、これまでのトリビュートの内でも最もインパクトの強いプレイを披露することができたように感じました。
お越しくださったお客様、また様々な形で支援いただいた皆様に心よりお礼申し上げます。
次回春のトリビュートは3月18日(土)を予定しています。どうぞ宜しくお願い申し上げます。 Text: 寺井珠重
10月30日のSpecial Selectionの模様です。全編ライブご視聴は、http://ptix.at/Wbu6Qpにお申し込みください。
トミー・フラナガン・トリビュートは11月20日開催。残席わずかです。
第38回 トミー・フラナガン・トリビュート・コンサート
演奏:寺井尚之トリオ:寺井尚之-piano, 宮本在浩-bass, 岡部潤也ーdrums
=第一部=
1. Let’s
レッツ:作曲者はフラナガンが天才と読んだコルネット奏者、バンドリーダー、サド・ジョーンズ。フラナガンが自主制作したサド・ジョーンズ曲集(左写真)のタイトル曲。
サド・ジョーンズ作品は難曲が多いために、大多数が演奏するスタンダードは少ない。だがフラナガンは終生彼の作品を掘り下げた。フラナガンはサド・ジョーンズ作品についてこう語っている。- 「サド・ジョーンズ作品の中には、強力なパワーがあり、演奏すると、自然にそのパワーが発散するように作られている。彼の作品を演奏できるなら、演奏者として順調な道を歩んでいる証だ。」
2.Beyond the Blue Bird
ビヨンド・ザ・ブルーバード: “ブルーバード”は、かつて黒人居住区にあったジャズ・クラブ《ブルーバード・イン》のことで、現在はデトロイトの文化史跡として保存されている。青年時代のフラナガンがサド・ジョーンズ(cor.tp)と共に、毎夜、熱い演奏を繰り広げたフラナガンの音楽の故郷だ。店の聴衆には、若手ミュージシャンを応援する気風があり、フラナガンは《OverSeas》の雰囲気と似ていると言ってくれたことがある。
親しみやすいメロディーでありながら転調が多い難曲。また、”返し”と呼ばれる左手のカウンター・メロディーは、デトロイト・バップの特徴でもある。同名アルバムのリリース前、フラナガンから譜面を授かり、演奏を許されたことを、寺井は今も誇りにしている。
3.Rachel’s Rondo
レイチェルのロンド:最初の妻、アンとの間に生まれた美しい長女レイチェルに捧げた作品。フラナガンは『Super Session』(’80)に収録したが、ライヴでは余り演奏することはなかった。
一方、寺井はこの曲を大切にして長年愛奏し、『Flanagania』(’94)に収録。冴え渡るピアノのサウンドを活かす気品溢れる秀作。
4. Embraceable You – Quasimodo
メドレー/エンブレイサブル・ユー~カジモド:フラナガン伝説のメドレー。 チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作の有名スタンダード・ナンバー〈エンブレイサブル・ユー〉(抱きしめたくなるほど愛らしい君)のコード進行を基に作ったバップ・チューンに、原曲と正反対の醜い「ノートルダムのせむし男」の名前〈カジモド〉を付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたメドレーは、本当の「美」とは何かという問いを投げかけたパーカーに対するフラナガンの答えだ。フラナガンのメドレーはライヴでの最高の聴きどころで、これは数あるメドレーの内でも白眉だった。残念なことに、レギュラー・トリオによるレコーディングは遺されておらず、今はトリビュート・コンサートでその素晴らしさを偲ぶしかない。
5. Sunset & the Mockingbird
サンセット&ザ・モッキンバード:エリントン&ストレイホーンによる作品で、フラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ盤のタイトルになっている神秘的な美しさを持った曲。エリントン音楽は、フラナガンにとって、”ブラック・ミュージック”の理想形だった。この曲は、エリントンがフロリダ半島をハリー・カーネイ(bs)運転の車で移動中、夕焼けの中で不思議な鳥の鳴き声を聴いて、瞬く間に書き上げたとされている。(エリントン自伝『Music is my mistress』より) 後にエリントンはこの曲を『女王組曲』の中の一曲として自費録音し、一枚だけプレスして英国のエリザベス女王に献上したが、彼の死後リリースされた。その後、NYのFMラジオのジャズ番組のテーマ・ソングとして使われ、フラナガンはそれを聞き覚えてレパートリーに加えた。トリビュート・コンサートでは、フラナガン直伝のピアノタッチの至芸が聴ける。
6.Eclypso
エクリプソ:『Overseas』(’57)や同名アルバム『Eclypso』(’75)などに収録されている、最も有名なフラナガンのオリジナル曲。”Eclypso”は「Eclipse(日食、月食)」と「Calypso (カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンを含めバッパーは、言葉の遊びが好きで、そんなウィットがプレイにも反映している。
寺井尚之にとっては、フラナガンからNYに招かれて、数週間、様々なことを学んだ最後の夜《ヴィレッジ・ヴァンガードで寺井の名前をコールして演奏してくれた思い出の曲でもある。
7. Dalarna
ダーラナ:『Overseas』に収録された美しいバラードで、印象派的な曲想にビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。”ダーラナ”は、『Overseas』を録音したスウェーデンの風光明媚な観光地の名前だ。
フラナガンは『Overseas』に録音以来、めったに演奏しなかったが、寺井尚之のアルバム『ダラーナ』(’95)の演奏に触発され、そのままのアレンジで『Sea Changes』(’96)に再収録している。
この曲をプレイするときは、生徒会長夫妻のスウェーデン土産、ダーラナホースがピアノの上に鎮座している。
8. Tin Tin Deo
ティン・ティン・デオ:フラナガンは、ビッグバンドの演目を、コンパクトなピアノ・トリオ編成でダイナミックに演奏するのを得意にしていた。この曲は、哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したブラック・ミュージックだ。
ディジー・ガレスピー楽団がこの曲を初録音したのはデトロイトで、フラナガンの親友、ケニー・バレル(g)が参加した。フラナガンにはその当時の特別な思い出があったのかもしれない。フラナガンの秀逸なアレンジは寺井尚之がしっかりと受け継いでいる。
左から:寺井尚之-piano, 宮本在浩-bass, 岡部潤也ーdrums
=第二部=
1.That Tired Routine Called Love
ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ:作曲者マット・デニスは弾き語りの名手として、また〈エンジェル・アイズ〉を始めとするフランク・シナトラの数々のヒットソングの作者として有名だ。デニスはナイトクラブに出演する際、一流ジャズメンをゲストに招き共演したが、彼の作品もまたジャズメン好みのものだった。J.J.ジョンソンは’55年、超高級ナイト・クラブ”チ・チ”でデニスのショウにゲスト出演しており、フラナガン参加アルバム《First Place》にこの曲を収録。約30年後、フラナガン自身は名盤《Jazz Poet》(’89)に収録、録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。寺井は《Anatommy》(’93)に収録。
2. They Say It’s Spring
ゼイ・セイ・イッツ・スプリング: フラナガンが”スプリング・ソングス”と呼び、春に愛奏した演目の一つ。作曲者、ボブ・ヘイムズは人気歌手ディック・ヘイムズの弟で、俳優、歌手、TV番組のホストとして人気を博した。
この曲がヒットしたのは’50年代中盤で、歌っていたのはカリスマ的人気歌手ブロッサム・ディアリーだ。ディアリーは、J.J.ジョンソンのバンド仲間、ボビー・ジャスパー夫人であったことから、フラナガンはディアリーのライブをよく聴きに行き、この曲を覚えたそうだ。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に名演を遺している。
3. A Sleepin’ Bee
スリーピン・ビー:これも、フラナガン的スプリング・ソング。A♭ペダルの軽快なヴァンプが春の浮き浮きした気分にぴったりだ。 カリブの愛らしい娼婦の恋と冒険を描いたブロードウェイ・ミュージカル「A House of Flowers」(トルーマン・カポーティ原作、ハロルド・アーレン音楽)で、主演女優ダイアン・キャロルが歌った。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソング。フラナガンのバージョンを基に、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジをフラナガンは大いに褒めてくれた。トリビュートではそのアレンジで演奏。
4.When Lights Are Low
灯りが暗くなった時:フラナガンが子供の頃から親しんだベニー・カーター(as.tp.tb. comp.arr)のヒット作。’80年代終盤、ジャズの人間国宝的存在となったカーターが、カーネギー・ホールに於ける特別コンサートに指名しピアニストがフラナガンだった。尊敬するカーターに選ばれたことを意気に感じたフラナガンは、自己トリオでこの曲を愛奏し、今夜のように<ボタンとリボン>を引用して楽しさを盛り上げた。
5.Passion Flower
パッション・フラワー: 作者ビリー・ストレイホーン自身も愛奏した作品(’44作)。フラナガン・トリオ時代のジョージ・ムラーツの十八番。トリビュートでは宮本在浩(b)が素晴らしい弓の妙技を聴かせてくれる。パッション・フラワーは日本語でトケイソウと呼ばれ、一風変わった幾何学的な形は、欧米で磔刑のキリストに例えられる。黒人でありゲイであった自分自身を、この花に例えたのかもしれない。
ムラーツは独立した後もこの曲を愛奏、リーダー作 My Foolish Heart(’95)にも収録している。
6. Mean Streets
ミーンストリーツ:初期のオリジナル。元々『Overseas』(’57)に”Verdandi”という題名で収録された曲。そこではドラムのエルヴィン・ジョーンズをフィーチャーしている。その20年後、レギュラー・ドラマーに抜擢したケニー・ワシントン(ds)のフィーチュア・ナンバーとして、ケニーのニックネームだった”ミーンストリーツ”と改題、ライヴで愛奏し『Jazz Poet』にも収録した。トリビュート・コンサートでは岡部潤也のドラムソロに会場が沸いた。
8.I’ll Keep Loving You
アイル・キープ・ラヴィング・ユー: バド・パウエルが友人の歌手のために書いた曲と言われている静謐な硬派のバラード。
トミー・フラナガンがパウエル作品を演奏すると、曲の持ち味を失うことなく、一層洗練された美しさが醸し出される。トリビュート・コンサートでは、寺井のフラナガンに対する変わらぬ想いが滲み出る。
9.Our Delight
アワ・デライト:ビバップの立役者の一人、ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロンの代表作。フラナガンはダメロン作品には「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、ライヴを最高に盛り上げるラスト・チューンとして盛んに愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。
=アンコール=
1. Like Old Times
ライク・オールド・タイムズ: フラナガンがアンコールで頻繁に演奏した作品。ご機嫌なときはポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出して、ここぞのタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。サド・ジョーンズ名義の『Motor City Scene』(’59)に収録されている。
今夜のコンサートでは、やはり寺井も隠し持っていたホイッスルを鳴らし大喝采。トミー・フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。
フラナガン・トリオの演奏は『Nights at the Vanguard』(Uptown)に収録されている。
2 With Malice Towards None
ウィズ・マリス・トワーズ・ノン: フラナガンが、真の「ブラック・ミュージック」として愛奏したトム・マッキントッシュ(トロンボーン奏者)の作品。
「誰にも悪意を向けずに」という題名は、エイブラハム・リンカーンの名言、メロディーは賛美歌が基になっている。
かつてマッキントッシュとフラナガンはアップタウンの近所同士で、この曲の創作過程には、フラナガンが立ち合い、自分のアイデアを隅々に盛り込んだとマッキントッシュは証言している。他にも多彩な編成で多くの録音ヴァージョンがあるが、フラナガンのスピリチュアルな演奏解釈は傑出している。
トリビュート・コンサートの演奏を演奏をお聴きになりたい方へ:3枚組CDがあります。
OverSeasまでお問い合わせ下さい
演奏:寺井尚之ピアノ・トリオ 宮本在浩-bass、岡部潤也-drums
2020年11月21日 於:Jazz Club OverSeas
唯一の弟子としてフラナガン音楽を守ることに人生を捧げる寺井尚之。今回は絶対的パートナー、宮本在浩(b)に加え、新メンバー、岡部潤也(ds)を迎え9月に結成した寺井尚之(p)新トリオによる初めてのトリビュート・コンサートは、37回というトリビュートの楽歴に新たな章の幕開けを告げる節目になりました。コロナ禍の中駆けつけてくださったフラナガンの音楽を愛し、OverSeasを贔屓にしてくださるお客様の歓声が、この日のサウンドとともに、今も心の中に熱く響いています。寺井珠重
1.Beats Up (Tommy Flanagan)
トミー・フラナガン初期のオリジナル。リズム・チェンジの軽快なリフ・チューンで、1957年、『OVERSEAS』に収録された。フラナガンによれば、レコーディングが行われたスウェーデン、ストックホルムのメトロノーム・スタジオは、浸水被害の直後でひどい状態だったが、差し入れのビールをたっぷり飲みながらのゴキゲンなセッションだったそうだ。フラナガンはそれから40年後、『Sea Changes』(’97)に再録音している。
トリビュート・コンサートのオープニングにふさわしい心躍るスイング感を新トリオが再現。
2. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)
1.と対照的に、これはフラナガン晩年のオリジナル曲。デトロイト時代のフラナガンが若い頃に切磋琢磨した地元の名クラブ 《ブルーバード・イン》に因んだ名曲。自己トリオに、同郷デトロイトの幼馴染、ケニー・バレル(g)をフィーチュアしたアルバム(’90)のタイトル曲で、デトロイトで送った青春時代へのノスタルジーが感じられる。
寺井は、このアルバムのリリース前にNYでフラナガンにこの譜面の写譜を許され、帰国後すぐに自分のレパートリーに加えた。さりげないけれど目まぐるしく続く転調によって品格と奥行きを醸し出す作風はフラナガン・ミュージックの特徴だ。《ブルーバード・イン》関連ブログ
3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
フラナガンが長女レイチェルに捧げたオリジナル曲。レイチェルの写真はフラナガンのアパートに飾られていて、明るい躍動感に溢れる曲想は、彼女の美しさに相応しい。トミー・フラナガンの録音はレッド・ミッチェル(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)とのアルバム『Super Session』だけだ。現在この曲を愛奏するのは寺井尚之だけかもしれないが、OverSeasではとても親しまれているナンバー。
4. Medley: Embraceable You (George Gershwin) – Quasimodo (Charlie Parker)
〈Ellingtonia(エリントン・メドレー)〉や〈モンク・メドレー〉など、ライブで盛んにメドレーを演奏したフラナガンの音楽スタイルは、メドレーなしに語ることは出来ない。しかし、楽曲の版権コストがかさむことから、録音リリースされているメドレーはとても少ない。
これはガーシュインの名バラードと、その進行を基にしたチャーリー・パーカー(写真)のオリジナルを併せたメドレー。ビバップ作品+その元になるスタンダード・ナンバーの組み合わせは異例中の異例だ。フラナガンは、敢えてそうすることによってパーカーの芸術的真意を伝えたのだろう。
ライブでしか聴くことの出来なかった屈指のメドレーをトリビュートで再現する。
*関連ブログ
5. If You Could See Me Now (Tadd Damaeron)
ジャズ・ヴォーカルを代表する名シンガー、サラ・ヴォーンのために、タッド・ダメロンが書きおろした感動的なバラード。フラナガンは’90年代初めに盛んに演奏していた。
6. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
ハードバップ・チューン。名盤『Overseas』の録音直前、初リーダー作としてレコーディングした『Cats』(’57)に収録した初期のオリジナル曲。”minor mishap”は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディングのほろ苦い顛末に隠されている。以降、〈Eclypso〉と並び、フラナガンが最も長期間愛奏したオリジナル作品だ。
*関連ブログ
7. Dalarna (Tommy Flanagan)
『Overseas』を録音したスウエーデンのリゾート地をタイトルにした初期の代表作で、彼が心酔したビリー・ストレイホーンの影響が色濃く感じられる。厳しい転調をさりげなく用いることによって洗練された美しさを生み出すフラナガン独特の感覚がよく出た作品だ。
『Overseas』以降、フラナガン自身が愛奏することはなかったが、寺井尚之のCD『ダラーナ』(’95)に触発され、『Sea Changes』(’96)には、寺井のアレンジを使って再録した。演奏する寺井尚之の胸中には、「ダラーナを録音したぞ!」と電話で伝えてきたフラナガンの弾んだ声が響いている。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
第一部のクロージングは、ディジー・ガレスピー(写真)が牽引したアフロキューバン・ジャズの代表曲、フラナガンがライブのラストに好んでプレイしたナンバーだ。
フラナガンのアレンジには、キューバのリズムと哀愁を帯びたメロディの土臭い魅力を残しながら、洗練された気品が漂う。
同時に、ビッグバンドの演目を、ピアノ・トリオでさらにダイナミックにやってのけるフラナガンの演奏スタイルをよく表す演目だ。
作曲者のチャノ・ポゾはキューバ、ハバナのスラム街に生まれ、少年院で音楽を習得した天才パーカッション奏者。大戦後渡米し、ディジー・ガレスピーOrch.に参加、アフロ・キューバン・ジャズの発展に寄与した。チャノ・ポゾは、ハーレムの酒場で買ったマリワナの質が粗悪だったことから売人と喧嘩になり33歳の若さで殺害されている。
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
作曲者マット・デニスは〈エンジェル・アイズ〉など、フランク・シナトラのヒットソングの作者であり、自らも粋な弾き語りの名手として定評があった。デニスがクラブ出演するときには、好んで一流ジャズメンをゲストに招き共演した。J. J. ジョンソンは’55年、NYセレブ御用達の超高級ナイト・クラブ”チ・チ”でデニスのショウにゲスト出演した後、フラナガン参加アルバム《First Place》にこの曲を収録している。約30年後、フラナガンは名盤《Jazz Poet》(’89)に収録、録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音から大きくヴァージョン・アップしたアレンジに進化、寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。
寺井は《Anatommy》(’93)に収録。
2. Smooth As the Wind (Tadd Dameron)
チャーリー・パーカー&ディジー・ガレスピーと並ぶビバップ運動の推進者、タッド・ダメロン(ピアニスト、作編曲家)が麻薬更生施設に服役中、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバムのタイトル曲として書き下ろした。このアルバムにもフラナガンが参加している。
爽やかなオープニングのモチーフから、吹き去る風のようなエンディングまで、さまざまな色合いに変化して、文字通りそよ風のような名曲だ。
フラナガンはダメロンの耽美的な作風を愛し、「ダメロンの作品には、オーケストラが内包されているから、とても弾きやすい。」と言い、さまざまな編成で愛奏している。
3. Mean What You Say (Thad Jones)
フラナガンがデューク・エリントンに匹敵する天才と評価するサド・ジョーンズによる、デトロイト・ハードバップの魅力いっぱいの作品。タイトルはサド・ジョーンズの口癖で「本音をズバリ言え。」という意味だが、プレイの信条とも解釈することができる。ゆったりとしたテンポでありながら颯爽としたスピード感があり、ドラムをフィーチャーするフラナガンのアレンジが、サド・ジョーンズ的な”粋”の世界を楽しく聴かせてくれる。
フラナガンはLet’s (’93)に収録。寺井尚之は『ECHOES of OverSeas』(’02)に収録。
4. Eclypso (Tommy Flanagan)
恐らく最も有名なフラナガン作品。”Eclypso”は「Eclypse(日食、月食)と「Calypso(カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンはこんな言葉遊びが好きだった。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、ヴィレッジ・ヴァンガードで、フラナガンが「ヒサユキのために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲でもある。
5. Lament (J. J. Johnson)
フラナガンが’50年代後半にクインテットの一員を務めたトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの代表曲。 フラナガンのJ.J.ジョンソン評は「とにかくミスをしない。先の読めるクールな人」であった。
ラメントは『嘆きの曲』でありながら、ウエットになりすぎず品格をがある。それがフラナガンの好みだったのか、〈ラメント〉を聴くと《Bradley’s》で演奏するフラナガンを思い出すというNYのファンがいるほど愛奏した。’89年に、名盤《Jazz Poet》に収録しているが、本コンサートでは、《Jazz Poet》以降にフラナガンが創作したセカンド・リフ入りの進化ヴァージョンで演奏している。
6. Mean Streets (Tommy Flanagan)
もともと、この曲は『Overseas』(’57)に〈Verdandi(ヴァーダンディ)〉というタイトルで収録、エルヴィン・ジョーンズ(ds)のブラッシュ・ワークが鮮烈な印象を残す。それから30年後、トミー・フラナガンが自己トリオにケニー・ワシントンを抜擢した際、彼のニックネームである〈ミーン・ストリーツ〉に改題し、ワシントンのフィーチュア・ナンバーとした。トリビュートの夜は岡部潤也(ds)の秀逸なドラム・ソロが客席を大いに沸かせ、新メンバーを歓迎する拍手と歓声が溢れた。
7. Easy Living (Ralph Rainger)
「恋に溺れて、生きることが楽になる。私の人生はあなただけ」…〈イージー・リヴィング〉はビリー・ホリディ(写真)の名唱で知られる切ない愛の歌。フラナガンは自他ともに認めるホリディの崇拝者で、彼女の歌い方を自らの演奏に取り入れ、寺井にもビリー・ホリディを聴くよう強く勧めた。フラナガンが亡くなった夜に、寺井尚之が涙で演奏したのが忘れられない。
8. Our Delight (Tadd Dameron)
ビバップ全盛期’40年代半ば、ディジー・ガレスピー楽団でヒットしたタッド・ダメロンの作品。ビッグバンドのダイナミズムを、ピアノ・トリオでやってのけるフラナガン独特の演奏スタイルで、ピアノとベース、ドラムが入れ替わり立ち代りフィーチュアされたピアノ・トリオの醍醐味が味わえる。この夜の寺井トリオによる三位一体となったスイング感も素晴らしかった。
「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽である!」というのがダメロンを演奏するときのフラナガンの決まり文句だった。
1. With Malice Towards None (Tom McIntosh)
フラナガンージョージ・ムラーツのデュオの名盤、『バラッズ&ブルース』収録。寺井尚之の十八番としても知られている。
この作品は、フラナガンの友人であるトロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ(tb)の処女作。作曲当時、二人は住まいが近所で親しく行き来しており、フラナガンはこの曲の創作過程に立ち会い、自分のアイデアをふんだんに盛り込んだ。フラナガンは、マッキントッシュの作品を数多く演奏しているが、この曲は極めつけの名演目となっている。
スピリチュアルなメロディーは讃美歌「主イエス我を愛す」が元で、「誰にも悪意を向けずに」という曲名は、エイブラハム・リンカーンが南北戦争後の、演説で口にした名言だ。
美しく強いメッセージを感じるたびに、生前のフラナガンの感動的なステージを思い出す。
2.Ellingtonia (デューク・エリントン・メドレー)
Chelsea Bridge(’41)
〈チェルシーの橋〉はフラナガンが敬愛したエリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの傑作で、フラナガンは『Overseas』(’57)、『Tokyo Ricital』(’75)と繰り返し録音し、ライヴでも愛奏した。晩年のフラナガンは「ビリー・ストレイホーン集」の録音プロジェクトを進めていたが、実現を待たずに亡くなってしまったことが残念だ。
Passion Flower(’44)
〈パッション・フラワー〉もビリー・ストレイホーン作品、日本ではトケイソウと呼ばれているが、欧米では磔刑のキリストに例えられている。フラナガンのライブではジョージ・ムラーツのフィーチャー・ナンバーだった。トリビュートでは宮本在浩が弓の妙技で聴かせる演目で、この夜も端正な弓の妙技が客席を魅了した。 ストレイホーン関連ブログ
Black and Tan Fantasy(’27)
ラスト・チューン〈黒と茶の幻想〉は、エリントン初期に遡る。晩年のフラナガンは、BeBop以前のこういった楽曲を精力的に開拓し、自分のルーツを辿ろうとしていた。その意味でも、エリントン楽団初期の代表曲「ブラック&タン・ファンタジー」は非常に重要なナンバーだ。
フラナガンがOverSeasを来訪したとき、寺井が「Black & Tan Fantasy」を演奏すると、フラナガンが珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。
11/16 (月)寺井尚之ジャズピアノ教室
11/17 (火) 寺井尚之(p)+倉橋幸久(b)デュオ: Music Charge 1500
11/18(水) 寺井尚之(p)+宮本在浩(b):Music Charge 2000
11/19(木)寺井尚之ジャズピアノ&理論教室
11/20(金) 末宗俊郎(g) カルテット with 寺井尚之(p)+坂田慶治(b) and ゲスト: 河原達人(ds):Music Charge 2000
11/21 (土) 第37回 トミー・フラナガン・トリビュート・コンサート
★演奏時間 19:00- / 20:30- (入替なし)
演奏:寺井尚之(p)、宮本在浩(b)、岡部潤也(ds)
前売りチケット 3000
当日 3500 (いずれも税抜、座席指定)