第44回トリビュート・コンサート曲目解説

English Edition is here

tommy flanagan
2024 3/16 Tommy Flanaganの誕生日に

演奏:寺井尚之-piano、宮本在浩-bass

1st Set

1. Eclypso (Tommy Flanagan)

Eclypso

エクリプソ:オープニング・ナンバーは、フラナガンのオリジナルの中でも、最も人気のあるカリプソ・ムードの作品。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、フラナガンは《ヴィレッジ・ヴァンガード》で、「ヒサユキのために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲。

2. Out of the Past (Benny Golson)

 アウト・オブ・ザ・パスト:テナー奏者、ベニー・ゴルソンがフィルム・ノワールのイメージで作った作品で、彼の盟友、アート・ファーマー(tp)はフラナガンと共に『Art』に収録した。その後フラナガンが、自己トリオのレパートリーに加え、ライヴ盤Nights at the Vanguard(写真)などに録音している。フラナガンがアレンジした左手のオブリガードが印象的で、OverSeasで大変人気がある曲。

3. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)

NYのフラナガンのアパートで。(’89)

 ビヨンド・ザ・ブルーバード:デトロイト時代にサド・ジョーンズ達とハウスバンドで切磋琢磨したジャズクラブ《ブルーバード・イン》へのノスタルジー溢れる名曲で、デトロイトの同胞、ケニー・バレルをゲストに迎えたリーダー作(’90)のタイトル曲とした。
 このアルバムのリリース前から、フラナガンはNYで寺井尚之にこの譜面を写譜させ、演奏することを許した。めまぐるしい転調によって曲に品格と深みを出す典型的なフラナガン・ミュージックだ。


4. Medley: Embraceable You (George Gershwin) – Quasimodo (Charlie Parker) 

Charlie Parker

 メドレー‐エンブレイサブル・ユー~カジモド:生前のフラナガンはライヴで数多くのメドレーを演奏したが、録音が残っているのはごく一部だ。これは、ガーシュインの「抱きしめたいあなた」というバラードと、チャーリー・パーカーが、その進行を基に作曲し、“ノートルダムの背むし男(カジモド)”と名付けたビバップの、例のない組み合わせだ。フラナガンがこの2曲を組み合わることによって「魂の“美しさ”は、表面的な美醜や肌の色とは無関係だ」というチャーリー・パーカーの芸術的真意を伝えた。寺井も、同じ信念で演奏を続けている。
  

5. Dalarna (Tommy Flanagan)

ダーラナ地方

ダーラナ:『OVERSEAS』(1957)に収録されたフラナガン初期のオリジナル。『OVERSEAS』を録音したのは、J.J.ジョンソンとのスウェーデン・ツアーの間だった。そのツアーはスウェーデン文化省の招きで、数か月かけてスウェーデンの津々浦々をまわってコンサートをするというもので、美しい森と湖に囲まれたダーラナ(上写真)でも公演したのだろう。

 フラナガンが心酔したビリー・ストレイホーンの印象派のタッチと、厳しい転調をさりげなく用いることによって洗練された美しさを生み出すフラナガンの個性が感じられる。
 『Overseas』に録音後は、長年演奏しなかったが、寺井尚之のCD『Dalarna』に触発され、寺井のアレンジを使い『Sea Changes』(’96)に再録。演奏する寺井尚之の胸中には、「ダーラナを録音したぞ!」とNYから電話をかけてきたフラナガンの弾んだ声が響いている。

6. Beats Up (Tommy Flanagan)
 ビーツ・アップ:これも1-5.と同じく『OVERSEAS』に収録し、『Sea Changes』に再録した作品で、リズム・チェンジのリフ・チューン。 
 寺井尚之は、宮本在浩とのデュオで、トリオに負けないダイナミックなプレイを聴かせる。

7. Sunset and the Mockingbird (Duke Ellington, Billy Strayhorn)

 デューク・エリントンがフロリダ半島で聴いたモッキンバードの鳴き声に触発され瞬く間に書き上げたとされ、エリザベス女王に献上するために、自費で1枚だけプレスしたアルバム『女王組曲』に収録。

女王陛下とエリントン

フラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ・アルバムのタイトル曲。
 コンサートでは、冒頭のピアノの響きが格別で、「ピアノが腹から声を出している。」という宮本在浩(b)の言葉がうなづける。

8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)

Chano Pozo & Gillespie

ティン・ティン・デオ:第一部のクロージングは、フラナガン屈指の名演目、ディジー・ガレスピーが牽引したアフロキューバン・ジャズの代表曲だ。 
 読み書きのできない天才的なキューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさんだメロディとリズムをガレスピー達が採譜し、ビッグバンド用の曲に仕上げた作品。フラナガンは、曲の持つ土臭さと哀愁を保ちながら、ビッグバンドに負けないダイナミクスに、持ち前の気品を加えたヴァージョンを創造した。
 トリビュートでは、さらに切り詰めたデュオ編成で、寺井尚之と宮本在浩が、フラナガン的ダイナミズムを再現してみせる。
 

2nd Set

1.That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)

Matt

 ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ:トミー・フラナガン全盛期の愛奏曲。フランク・シナトラのヒットソングを数多く手がけた作曲者マット・デニス(写真)は、弾き語りの名手でもあり、TV、ラジオでも活躍した。彼はクラブ出演する際、ゲストに一流ジャズメンを招くのを好み、それがきっかけで、彼の作品は

ジャズメンの名演によって、さらに長く伝承された。JJジョンソンも’55年、高級ナイト・クラブ”チ・チ”におけるデニスのショウにゲスト出演し、フラナガンが参加した《First Place》にこの曲を収録。その30年後、フラナガンはリーダー作《Jazz Poet》(’89 写真)に収録、ライヴでも愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを凌ぐアレンジが完成した。現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏している。

2. They Say It’s Spring (Bob Haymes)

Bobby Jaspar & Blossom Dearie

 ゼイ・セイ・イッツ・スプリング:フラナガンが“スプリング・ソング”と呼び、春が来ると愛奏した演目の一つ。“スプリング・ソング”には、楽しい曲も寂しい曲もあったが、これは前者で、浮き浮きした春の恋の歌。もともとJ.J.ジョンソン時代のバンド仲間、ボビー・ジャスパーの妻だったブロッサム・ディアリーのヒット曲で、フラナガンは彼女のライヴで聞き覚えたという。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に収録。 

3. A Sleepin’ Bee (Harold Arlen)

 スリーピン・ビー:これも楽しいスプリング・ソングで、カリブを舞台にしたファンタジックなミュージカル「A House of Flowers」(トルーマン・カポーティ原作、ハロルド・アーレン音楽)の挿入歌。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソングだ。フラナガン・ヴァージョンを基に、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジをフラナガンは大いに褒めてくれた。

4. Passion Flower (Billy Strayhorn)

OverSeasでプレイするムラーツ(’84)

パッション・フラワー:作曲者ビリー・ストレイホーン自身も愛奏した作品(’44)で、フラナガン・トリオのベーシスト、ジョージ・ムラーツの十八番。トリビュートでは宮本在浩(b)が磨きのかかった弓の妙技を聴かせる。パッション・フラワーは日本でトケイソウと呼ばれ、一風変わった幾何学的な形は、欧米で磔刑のキリストに例えられる。黒人でありゲイだったストレイホーンは、常にエリントンの影武者に甘んじた苦悩を、この花に例えたのかもしれない。
 ムラーツは、フラナガンの許を去った後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart(’95)』に収録。  

5. Minor Mishap (Tommy Flanagan)

マイナー・ミスハップ:フラナガンが終生愛奏したソリッドなハードバップ・チューン、初リーダー作『Cats』(’57)に収録したオリジナル。”minor mishap”は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディングのほろ苦い顛末に由来する。。
 フラナガンは昔気質のジャズ・ミュージシャンで、演奏するときもたいてい譜面を使わなかったが、初めての共演者では、そうもいかず、譜面が必要になる。そこで、来日時には、寺井の採譜した譜面をコピーして持ち帰っていた。フラナガンのサイン入りのMinor Mishapの譜面は当店の壁に飾られている。(写真)

6. I’ll Keep Loving You (Bud Powell)

 アイル・キープ・ラヴィング・ユー: 静謐な硬派のバラード。
 フラナガンがパウエル作品を演奏すると、曲の持ち味を失うことなく、一層洗練された美しさが醸し出された。トリビュート・コンサートではフラナガンに対する変わらぬ想いをこめて。

7. Our Delight (Tadd Dameron)

 アワー・デライト:ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロン(写真)の作品で、ライヴを盛り上げるラスト・チューンとしてフラナガンが愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。この夜の寺井尚之と宮本在浩は、いつにもまして、この曲は本来ドラムレスで演るのだと思ってしまうほど、ダイナミックなプレイを聴かせた。


Encore:

  1. With Malice Towards None (Tom McIntosh)
Tom McIntosh

 ウィズ・マリス・トワーズ・ノン: フラナガンージョージ・ムラーツのデュオ・アルバム、『Ballads&Blues』に収録されたスピリチュアルな名作。作曲者のトム・マッキントッシュ(tb)はフラナガンの友人で、この作品の創作過程には、フラナガンのアドバイスが大きく取り入れられた。
 「誰にも悪意を向けず」というジャズらしくないタイトルは、多くの犠牲者を出した南北戦争後、エイブラハム・リンカーンが演説で口にした名言だ。
 “ウィズ・マリス…”は、寺井尚之の十八番としても知られ、コンサートでは演奏に涙ぐむお客様もおられた。

2. Like Old Times (Thad Jones)

Thad Jones

 ライク・オールド・タイムズ:サド・ジョーンズとデトロイトの《ブルーバード・イン》で演奏した作品。ジョーンズ名義の『Motor City Scene』(’59 United Artist)に収録され、フラナガン自身、アンコールでよく演奏した。彼がご機嫌なときは、ポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出し、ここぞのタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。トリビュートでは、やはり寺井も隠し持っていたホイッスルを鳴らし大喝采。トミー・フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。 フラナガン・トリオの演奏は『Nights at the Vanguard』(Uptown)に収録されている。         

解説:寺井珠重
監修:寺井尚之

*本コンサートのCD3枚組をご希望の方は当店にお申し込みください。
動画は近日Peatixで配信。

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