2. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan) 〈ビヨンド・ザ・ブルーバード〉:《ブルーバード》 は、デトロイトの黒人居住区にあった伝説のジャズ・クラブで、フラナガンは1953~54年の間、ここでサド・ジョーンズ(cor.tp)たちとハウスバンドを組み、一流ゲスト・プレイヤーと白熱のライヴを繰り広げた。《ブルーバード》の客層は、自動車産業に従事する黒人労働者で、ジャズを愛し、若手ミュージシャンを応援するアット・ホームな店だったと語ってくれたことがある。 親しみやすいメロディながら転調が多い難曲であることと、”返し”と呼ばれる左手のカウンター・メロディは、デトロイト・バップの特徴。寺井はアルバム(写真)のリリース前、フラナガンから譜面を授かり演奏を許された。
5. Sunset and the Mockingbird (Duke Ellington, Billy Strayhorn) 〈サンセット&モッキンバード〉:フラナガンが敬愛したデューク・エリントン-ビリー・ストレイホーン作品で、フラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ・アルバムのタイトル曲。(写真) エリントンがフロリダ半島で聴いたモッキンバードの鳴き声に触発され瞬く間に書き上げた作品で、エリザベス女王に献上したアルバム『女王組曲』に収録した。 トリビュート・コンサートでは、フラナガン直伝のピアノタッチの至芸で聴かせる。
6. Minor Mishap (Tommy Flanagan) 〈マイナー・ミスハップ〉:デトロイト・ハードバップ特有の疾走感が味わえるオリジナル。初演はジョン・コルトレーンやケニー・バレルとの初リーダー作『The Cats』(Prestige ’57)。Minor Mishapは「小さな災難」という意味で、『The Cats』の録り直しがきかない低予算レコーディングでの失敗に由来したタイトルと思われる。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller Dizzy Gillespie) 〈ティン・ティン・デオ〉:円熟期のフラナガンは、ビッグバンドの演目をコンパクトなピアノ・トリオ編成でダイナミックに演奏した。これは、ディジー・ガレスピー楽団のヒット曲で、キューバ人パーカッション奏者、チャノ・ポゾの口ずさむメロディがもとになっている。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが融合した作品。 ディジー・ガレスピー楽団がこの曲を初録音したのはデトロイト(’51)で、まだ学生だった盟友ケニー・バレル(g)が参加している。フラナガンにはその当時の特別な思い出があったのかもしれない。秀逸なアレンジは寺井尚之が今もしっかりと受け継いでいる。
<2nd Set>
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis) 〈ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ〉: 作曲者マット・デニス(写真)は〈エンジェル・アイズ〉を始め、フランク・シナトラのヒットソングを数多く作曲。洗練された作風に魅了され、多くのジャズメンが演奏している。 フラナガンはJ.J.ジョンソンの『First Place』(’57)で初録音し、約30年後、フラナガン自身の名盤『Jazz Poet』(’89)に収録。その後もライヴで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は寺井尚之がそれを引き継いでいる。 寺井はデビュー盤『Anatommy』(’93)に収録。
2. They Say It’s Spring (Bob Haymes) 〈ゼイ・セイ・イッツ・スプリング〉:フラナガンが 春に愛奏した“スプリング・ソングス”の一曲。 現在も人気のある歌手ブロッサム・ディアリーのヒット曲。ディアリーは、J.J.ジョンソンのバンド仲間、ボビー・ジャスパー夫人であったことから、フラナガンはディアリーをよく聴きに行き、この曲を覚えた。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に名演を遺した。
3. A Sleepin’ Bee (Harold Arlen) 〈スリーピン・ビー〉:これも、フラナガンが愛奏したスプリング・ソング。A♭ペダルの軽快なヴァンプが春の浮き浮きした気分にぴったりだ。カリブの可愛い娼婦の恋と冒険を描いたT.カポーティ原作のブロードウェイ・ミュージカル「A House of Flowers」の劇中歌。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソングだ。 生前のフラナガンは、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジを大いに褒めてくれた。トリビュートではそのアレンジで演奏。
4. Beats Up (Tommy Flanagan) フラナガン初期の名盤『OVERSEAS』(57)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューンで、アルバムでは、冒頭のピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換に心がときめく。それから40年後、フラナガンは『Sea Changes』に再録音した。今回もデュオの演奏でありながら、トリオに負けないダイナミックなプレイを展開。
With Malice Toward None (Tom McIntosh) 〈ウィズ・マリス・トワーズ・ノン〉: フラナガンが、真の「ブラック・ミュージック」として愛奏したトム・マッキントッシュ(トロンボーン奏者 写真)の作品。「誰にも悪意を向けずに」という題名はエイブラハム・リンカーンの名言から、メロディは賛美歌が基になっている。かつてマッキントッシュとフラナガンはアップタウンの近所同士で、この曲の創作過程には、フラナガンが立ち合い、自分のアイデアを隅々に盛り込んだとマッキントッシュは証言している。さまざまなジャズメンの録音ヴァージョンがある中、フラナガンのスピリチュアルな演奏解釈は傑出している。
Like Old Times (Thad Jones) 〈ライク・オールド・タイムズ〉:サド・ジョーンズ名義の『Motor City Scene』(’59)に収録されたデトロイト時代の曲。フラナガンがアンコールで頻繁に演奏した作品。ご機嫌なときはポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出し、ここぞのタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。 今夜のコンサートでは、やはり寺井も隠し持っていたホイッスルを鳴らし大喝采。トミー・フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。 フラナガン・トリオの演奏は『Nights at the Vanguard』(Uptown)に収録されている。