年の瀬 雑感 2008

 今年のラストを飾る名演は“コートにスミレを”、会場に花の香りが…
   あと数時間で暮れて行く2008年、今年も色々あったけど、おせち料理も作ったし、皆様のおかげで、何とかOverSeasも年を越せました。
 大掃除でお店をぴかぴかにする時、ここで、あそこで、ゆっくり座って音楽を聴いてくださった、皆さんの笑顔、スイングする様子が心に浮かんで楽しくなります。
 OverSeas今年一番の収穫は、なんと言っても寺井尚之の新トリオ、The Mainstemの誕生だった。 若手の宮本在浩(b)、菅一平(ds)の成長ぶりは、ライブを重ねる度に、目を見張る者がありました。ライブの季節や、その頃のOverSeasに因んだ新曲をどんどんこなした二人は、私たちの知らないところで、きっと血のにじむような努力をしているでしょうね。 そんなことは一言も口にしないところが男だなあ!かっこいいなあ!!
宮本在浩 菅一平
宮本在浩(b)と菅一平(ds)
 それを寺井尚之の求心力と言う人もいるけれど、逆に、寺井自身も、この二人から大いにインスピレーションを得て、新境地を開いた。 ”La Ronde Suites ラ・ロンド・スイーツ”を始め、様々なモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)の名曲や、“チャーリー・パーカー・ウイズ・ストリングス”の決定的な名演がある“Repetition レペティション”を、目くるめくようなピアノ・トリオ・ヴァージョンに仕立て上げたのだ。このトリオの持ち味である緊密なチーム・プレイは、シングル・ヒットを、大技、小技で大量点に結びつける走塁野球みたいな面白さ。選曲とアレンジの妙で生まれた爽快さは、この曲を聴いた事もない、若いお客様たちのハートも掴んで、「楽しい!」と言ってもらえて、嬉しかった~!

 私の方は、今年一年、ジャズ講座の歌詞対訳に始まり対訳に終わる年となりました。エラ・フィッツジェラルド&トミー・フラナガン・コラボ集のほぼ全ての歌詞を日本語にしたけど、何曲なのか数える暇もなかった… 「今までボーカルもんは苦手だったけど、歌詞が判ると結構面白いね。」 ジャズ講座に来てくれるお客様の一言で、孫悟空みたいにヘッドフォン漬けになった辛さが吹っ飛びます。
 歌詞、歌詞、歌詞を突き詰めたおかげで、よせばいいのに、今年はアメリカ詩も色々読みました。英語の詩も、日本の俳句や短歌に極めて近いものがあることも発見。エラさんのおかげで、ほんまに色々勉強できたもんだなあ。
 今も、1月のジャズ講座のために、ドラマー、エディ・ロックが唄うJive Songs (ジャイブ。ソング)の日本語化に追われてます。
エディ・ロックのジャイブ・ソング・アルバム  『Jivin’ with Refugees from Hastings Street』このアルバムにはキング・コールやファッツ・ウォーラーたちの作った楽しいジャイブ・ソングが一杯! デトロイト出身の名ドラマー、エディ・ロックのインタビューはジャズ講座の本、第五巻の付録に!
 そもそもジャイブ・ソングとは何なのか? 一言で言えば、「浅草的ジャズ・ソング」、ヴォードヴィルというか、寄席っぽいというか、とんでもなく面白い歌のことです。 
  キャブ・キャロウエィのミニー・ザ・ムーチャーとか知ってますか?「ハレハレハー」とか「ハイデハイデ・ホー」とか、わけの判らない言葉で、わけもなく盛り上がっちゃう、あの強烈なスイング感がジャイブです!
ナット・キング・コール  ナット・キング・コール
 とはいえ、ジャイブで売れたファッツ・ウォーラー(p)もナット・キング・コール(p)も、超弩級の天才音楽家、トミー・フラナガンに多大な影響を与えたんです。その意味で、このエディ・ロックのレコードには、「フラナガンの音楽は何で面白いのか?寺井尚之はジャズ講座で何でいつもわけの判らん漫才師のネタを引用するのか?」の秘密が隠されている!
 このレコードには「今日もコロッケ、明日もコロッケ」みたいな、古い日本のユーモア・ソングとそっくりな歌も入ってます。(え?知らない?お正月に、おじいちゃんやおばあちゃんにきいてみてね。)
だけど、コメディー映画の字幕が実際の台詞と違うように、冗談って対訳作るのがとってもムズカシイ!! 
 と、いうわけで、紅白、K-1、リーブ・ミー・アローン、私はジャイブで年越しです。
Happy Jiving New Year!
CU
 

ルーファス・リード(b)がやってくる!

ルーファス・リード ルーファス・リード 撮影:John Abbott
  ルーファス・リード(b)さんは、いつ知り合ったのか判らないほど長年のおつきあい。寺井尚之と初めて会ったのは、’82年にトミー・フラナガン3で来日した時でした。以来、J.J.ジョンソン、ジョー・ヘンダーソン、アキラ・タナとのタナリードなど、色んな人たちと来日するたびにOverSeasに遊びに来てくれたし、ケニー・バロン(p)トリオでコンサートもしてくれました。元フラナガニアトリオ、宗竹正浩(b)さんのアイドルでもあります。
 でも、ウィリアム・パタースン大学ジャズ科の主任教授に就任してからは、なかなか日本に来ることがありませんでした。彼の尽力のおかげで、現在ウィリアム・パタースン大は現在ジャズの名門校になっています。退官後は、ニュージャージー州から芸術基金を受けて作曲活動を行っていましたが、1月にチャールズ・トリヴァー・ビッグバンドでスタンリー・カウエルと共に久々の来日予定!
大学で教鞭をとるリード教授
  いつも年末になると新聞形式のファミリー・ニュースを送ってきてくれるのですが、今年は一足早く、「日本に行くぞー!大阪に行くぞ!」とメールが来ました。
ルーファス・リードと孫娘アザリンちゃん
  
   お人形みたいな女の子は、孫娘のアゼリーンちゃんです。
 
 トランペット奏者であったルーファスが、初めてベースのレッスンを受けたのはなんと日本!高校卒業後、空軍バンドの一員として、岩国基地に駐屯していた時で、最初の先生は東京交響楽団のコントラバス奏者だったといいます。
 彼のスローガンは、Keep Swinging!  洗練されたベース・ラインと柔軟なビートで、バンドにスイングの波動を送り込むルーファスのプレイは、その人柄そのままに温かみがあって最高です!

クリスマス・デイに思うのは・・・

パーティの華たち    ごちそう
 今年も12月23日に寺井尚之ジャズピアノ教室生徒会の『クリスマスではないParty』開催。
 皆のおいしい顔や楽しい顔を見ると、疲れも吹っ飛びます。

    Hello, Young Lovers! 昨夜のクリスマス・イブ、いつもは男同士でライブを聴きに来てくれる青年が、とびきり素敵な女性をエスコートして来てくれたりすると、わけもなく嬉しくなりました!大昔の子供時代のイヴの夜に、買ったばかりのモジュラー・ステレオでビング・クロスビーの『ホワイト・クリスマス』をかけ、座敷でファミリー・ダンスパーティ。私はよちよち歩きの弟と前衛ダンス、ふと見上げると両親が飛び切り幸せそうな顔でダンス!意外に上手で、なんだか嬉しかった・・・そんな記憶があるからかも知れません。

<クリスマス・キャロルズ>
 クリスマスといえば、もうひとつ思い出があります。それは’86年の12月25日、クリスマス・デイに、Jazz Club OverSeasでスタンリー・カウエル(p)のソロ・コンサートを開催した時のこと。
  ラトガーズ大学の大先生になる前のスタンリー・カウエルは、その頃新主流派の先鋭ピアニストとして頻繁に来日していました。OverSeasに初お目見えしたのは’83年夏のヒース・ブラザーズ(ジミー・ヒースts、パーシー・ヒースb、アルバート・“トゥティ”・ヒースds)との伝説的名コンボ、それ以来寺井尚之も常連様たちも、すっかりカウエル・ファンになった。確かそれが初めてスタンリー・カウエルをメインにしたコンサートだった。
 ノン・クリスチャンでも、クリスマスは家族と過ごすのがアメリカの習慣だから、ミュージシャンといえど、クリスマスの日本ソロ・ツアーは、スタンリーにとってかなりキビシイものらしかった。
 詳しいことは判らないけど、コンサート前にロードマネージャーさんが言うには、季節柄、どこに行っても、「クリスマス・コンサート」としてブッキングされていて、スタンリー・カウエルがどれほど凄い名手かを理解していない公演地ばかりだったそうです。行ってみたら、ピアノがアップライトだったり、演奏中にスパゲティを炒める音がジュージュー響いていたり、挙句の果てにはクリスマス・ソングや、ビートルズの『イエスタディ』(ジェローム・カーンのイエスタデイズじゃなくて)までリクエストされる惨状に、カウエルさんは心身ともに疲れきっている。」ということだった。
 それを聴いた寺井尚之は即座にカウエルに言った。
「うちでは、あんたがどんな人なのか、お客さんも皆よーく判ってる!Listen, Stanley, OverSeasでクリスマス・ソングなんか絶対演らんでええ!スタンダード曲も演らんでええねん!どうぞ、あんたが好きな曲を演奏してください。それが皆の聴きたい曲です!」
 OverSeasでのコンサートは、以前のヒース・ブラザーズですっかりカウエルに心酔したお客様が沢山詰め掛け、クリスマス・ソングを期待して来たような人は見当たらない。指の動きが左右対称のミラー奏法を駆使したオリジナル、『エクイポイズ』を初めとしてオリジナル曲や、父の友人で子供の頃自宅で聴いたアート・テイタムを彷彿とさせる兆速のJust One of Those Thingsに会場は大歓声!聴衆の中には、今もOverSeasを応援してくれるパノニカマダムの姿もありました。その時からJust One of Those Thingsはマダムのお気に入りになったのだ。

&nbsp大きな体躯のスタンリーが弾くとOverSeasの小さなグランドは余計に小さく見えたけど、店の隅々まで倍音が鳴り、88鍵上を大きな足長クモが目にも留まらぬ速度で縦横無尽に動き回るかのような超絶技巧に会場から感嘆のため息、これまでのモヤモヤを洗い流すカタルシス・・・クリスマスのかけらもないハードなソロピアノに、アンコールの拍手は鳴り止まない!今から思っても凄いプレイだったなあ。
 アンコールに応えてスタンリーが演り始めたのはあれほど嫌がっていたはずのクリスマス・ソング!、それも賛美歌のメドレーだった!「諸人こぞりて Joy to the World」 「聖しこの夜 Silent Night! Holy Night」「神の御子は今宵しも O come, all ye faithful」・・・ 心の赴くままに、ピアノで綴るクリスマスキャロルの清々しいこと・・・ジャズの店が教会になったみたいな魔法が起きた。
 あのクリスマスの夜に大事なことを教わった。芸術家の心を開く鍵は、いつもお客様たちの手の中にあるんですね。
スタンリー・カウエル&チャールス・トリヴァー    OverSeasの長年の友、ルーファス
1月に来日するカウエルとチャールズ・トリヴァー、そして、スタンリー同様長年の友で大先生のベーシスト、ルーファス・リード。OverSeasのキッチンではタメゴロウさんと呼ばれていた。写真はallaboutjazz.comより
  スタンリー・カウエルと寺井尚之はそれからすっかり仲良しになって、何度もコンサートをしたり、家に泊りに来たこともあったけど、ここ15年以上は大学に専念していて、休暇以外はツアーすることがなかった。でも来年1月にチャールズ・トリヴァーのビッグ・バンドで日本ツアーを久々にやります。
 スタンリーだけでなく、ビリー・ハーパー(ts)やルーファス・リード(b)も一緒!皆に早く会いたいなあ・・・
 今年のライブも後2日、楽しい演奏で年末を飾りたい!!
CU 

年末速報:Great Reunion


 大人の渋さと、ブルースと、スイング感一杯の末宗俊郎(g)ライブ:昨夜は、寺井尚之(p)、田中祐太(b)とのトリオでの出演予定だったのですが、「河原達人(ds)久々に飛び入り!」の噂を聴き付けて、ミュージシャン達が押しかけた!「ずーっとCDでしか知らない河原さんを聴きたかった」若手ドラマー、今北有俊、「バンドスタンドで困った時、河原さんならどうするか」と考えてドラミングするThe Mainstemの菅一平(ds)、それに、仕事にギグに忙しい宗竹正浩(b)までウイークエンドなのに参上!
   
左から河原、今北、菅、可愛い男の子は菅ジュニア      先輩ドラマーの一挙一動をノートするヤングライオン今北有俊
   ドライブ感溢れる末宗俊郎(g)のギターと、顔は無表情だけど、音色は表情一杯の寺井尚之(p)に、入れ替わり立ち代りゲストが加わるセッションに、皆大喜び!色んな世代のドラマーが、サウンドの味付けが微妙に違うのが面白い! 
 それにしても、久しぶりに聴く河原さんは、フラナガニアトリオよりもずっとリラックスして、ハジケたプレイ! 音楽をよーく知ってるなあ!だてに帽子かぶってないなあ・・・やっぱりかっこいい~!
younglions_suemune.JPG    
宗竹さんを聴けて大満足、田中祐太(b)&今北(ds):ヤングライオンズを相手にする末宗俊郎。ほろ酔い宗竹正浩(b)&河原達人(ds)
 ラスト・セットに宗竹正浩(b)がコールされ、フラナガニアトリオ・オリジナルメンバー+末宗俊郎(g)の組み合わせ!フラナガニアトリオ時代もこのカルテットはなかなか聴くチャンスがなかったんです。
    末宗後援会兼阪神タイガース公式ファンクラブのモモクリ会長は、「まるで四番金本の代打にバースが出てきたみたいや!」と喜びを隠し切れない面持ちだった。

 ”There Will Never Be Another You”! 拍手は鳴り止まず、アンコールに末宗俊郎(g)が選んだのは、”Things Ain’t What They Used To Be: 昔は良かったね”!そしてギターが 強力リズムチームで、存分にスイングした後、フラナガニアトリオはすかさず、”Like Old Times 昔みたいに “のインタールードを入れて、リユニオンを祝いました。
 若きミュージシャンの熱視線に、先輩に対するリスペクトが溢れていた。年末の夜は思いがけない音楽のクリスマス・プレゼントをもらって、私の心もポッカポカ!
  このブログを書いている今は、今夜のThe Mainstemがリハーサル中です。音楽って楽しい!
 CU

NYベーシスト、YAS竹田のこと:

摩天楼からダウンタウンまで。
 Yas Takeda (1960-)
  NYで活躍する日本人ミュージシャンは星の数ほど多い!中でも、OverSeasで一番人気はYas竹田! その昔、OverSeasがボンベイビルにあった頃、Yasは下駄履きのバンカラ大学生、寺井尚之の元で、“イエスタデイズ”のポール・チェンバース・ヴァージョン(Bass On Top)や、オスカー・ペティフォードの“トリクロティズム”などを繰り返し稽古していた。余り何度も聴かされるので、お店のコックさんはすっかり、ジャズ・ベーシストのオリジナル曲の権威になっちゃった。現在東京で活躍するテナーの三木俊雄さんが、その頃、後輩として竹田君をしょっちゅう聴きに来ていたのを覚えています。
 卒業後は迷わずプロの道に進み、寺井の推薦で、日本を代表するハードバップ・ピアニスト、故田村翼(たむらよく)さんのレギュラーに抜擢されて一躍注目されました。だって、二十歳そこそこの駆け出しのベーシストが、「厳しい」ことで評判の田村さんと演らせてもらえるだけでも凄いことでした。田村さんのバンドでは「3日でクビ」になるのは、珍しいことではなく、3ヶ月レギュラーとして一緒に出来たのは快挙だったのです。田村さんはOverSeasでも何度もプレイして下さったので、私も、瞬間湯沸かし器のように共演者に激怒される様子を何度か目にしました。自分に厳しい人だったから、人にも厳しかったのだろうと思います。日常の田村さんは、寺井の良き先輩で、私のような者にも丁寧に接してくださった。業界人っぽい調子よさのないシャイな方だった。
 Rifftideに連載中の、Yasが語る田村翼さんの思い出は、正直な語り口で読み応えがあります。
「考えてみれば田村さんとお付き合いできたのはわずかの間でしたが、僕の音楽生活には大きな影響を与えたのは間違いありません。 田村さんに少しでも恩返したいと思って、かなり時間をかけて思い出して、あの文章を書きました。」:Yas竹田談
jordanall.JPGデューク・ジョーダンと…左から4人目が若き日のYAS(’82)
 Yasは田村さんの所を離れてからも、関西一円で活躍、’88年に、NYニュー・スクールの特待生として渡米してからは、ジョージ・ムラーツ(b)、セシル・マクビー(b)、ジミー・ヒース(ts)、サー・ローランド・ハナ(p)など錚々たる巨匠に師事。卒業後、ブルックリンで家庭を持ち、20年間プロ活動を続けています。共演者は、同窓のブラッド・メルドー(p)や大西順子(p)をはじめ、巨匠ルイス・ヘイズ(ds)や、ジャッキー・バイアード(p)etc… NYにしっかり根を下ろすジャズマンです。息子さんが幼い時は里帰りを兼ね、ほぼ毎年OverSeasで帰国ライブを催し、人気を博していました。
 彼のベースは、メロディやオブリガートで聴かせるOverSeasで主流のムラーツ・スタイルとは違い、バキバキした骨太のランニングで音楽にパルスを送り込む、堅牢なベース・スタイル。帰国ライブのたびに、いかにもNYらしい洗練されたベース・ラインに魅了されました。
 演奏の傍らOverSeasNY駐在員としては、貴重な現地ライブレポートを送ってくれたり、ジャズクラブ案内も!トミー・フラナガン愛好会初め、マンハッタンで彼にお世話になった常連さん&スタッフ多数!ところが、ここ2年ほどすっかりご無沙汰で、全国から「竹田さんはどないしてはりますか?」と各方面からお問い合わせを頂いてました。
ファンの皆さん、彼は40肩ではありますが、NYで沢山ギグを抱えて、元気にベースを弾いてますのでご安心ください!
<摩天楼のYAS竹田>

 11月15日付けのNEW YORK POST(スポニチや東スポ的強力見出しを誇るタブロイド誌:スポーツ、ゴシップ欄だけでなく、文化欄も結構充実。)にミッドタウンの名所、ロックフェラー・プラザのGEビルの65階にある高級レストラン、「レインボー・ルーム」の特集記事が組まれています。
 タイトルは『星とダンスを:伝説のスター達、レインボー・ルーム:虹の彼方に…』素敵ですね!「レインボー・ルーム」の創業が、75年前の大恐慌の真っ只中ということで記事になったようです。
 歴代大統領、マフィアの大ボス、大富豪やスター達が集う豪華なお店、Yas竹田は、ここにレギュラー出演している。
 記事にはYASの所属するJoe Battaglia楽団のリーダー、ジョー・バッタグリアさんのインタビューも掲載。
「一曲1000$という破格のチップも珍しくなかったが、現在はチップは頂かない方針」だとか…惜しかったね、YASちゃん!

   マフィアの大ボスが「注文する前から、100$のチップをポンと置いた。」とか、「20$そこそこのカクテル一杯にチップが$250」とか、さすが高級レストランに相応しい景気の良い話が満載! 私も、お金持ちになることが万が一あれば、和服を着てこんなボールルームに行ってみたい!そして、チップじゃなくて、ポチ袋に入れたご祝儀を、藤山寛美さんのように皆に配ろう!
記事のバンド写真は凄く小さいけど、ベースを弾くYasの姿が映っている。
<ダウンタウンのYAS竹田>
Yas_Takeda_at_Garage_Restaurant.jpg
 ミッドタウンからずーっとミナミに下って、グリニッジ・ヴィレッジにも、Yasの活動場所があります。クリストファー・ストリートにある「ガラージ」というカジュアルなジャズ・レストランのサイトにも、上のようにYasの写真が!このお店ではLou Caputoというサックス奏者のグループに所属。(Not So BigBandとか書いてあるのがおもしろい!) 何でも、「ジャズ・アネクドーツ」や「さよならバードランド」の著者として有名なベーシスト、ビル・クロウのトラとして、ずっと演奏しているそうです。
 他にも、NYの街の色々な場所で「手堅い中堅ベーシスト」として活躍しているYas竹田、円高のご利益を満喫しに、年末NYに行かれる方は、ぜひともCheck it!
 私の弟と同い年のYas竹田、弟とと同じように、昔は憎たらしい生意気な奴と思っていたけど、今はとにかく、家族皆で達者で暮らしてしていて欲しい。いつか再びOverSeasの帰国ライブで円熟したプレイが聴きたいものです。
CU

今週のジャズ講座予告編: エラ+フラナガンのクライマックス・シリーズ

 土曜日はジャズ講座!エラ&フラナガン・コラボ・シリーズ最終回とあり、沢山のお客様にご予約頂いてます。
 私は下準備に必死のパッチ!(註:バッパー好みの韻を踏む、このヒップな大阪弁は「なりふり構わず作業中」の意味です・・・)
 
 今回登場するアルバムはのべ4枚、ぜーんぶがアメイジング!
   ①ビバップ・ファン垂涎の的、一対のオムニバス・アルバム、『I Remember Bebop』 『They All Played Bebop』は、アル・ヘイグ、デューク・ジョーダンなど8人のピアニストによる作曲家別ビバップ作品集。
 こに収録された5トラックは、トミー・フラナガン(p)がキーター・ベッツ(b)とデュオで聴かせるバド・パウエル作品集です。本家パウエルよりもまろやかで、作品の持つ凛とした気品が香る屈指の名演!ジャズが好きなら、ピアノが好きなら、一度は聴いてみてほしい! 収録曲全てをおハコにする寺井尚之の解説がとっても楽しみ!(今回の講座は早めにすっきり終わると言っていたけど、ほんまやろか?甚だ疑問??)
 
Buck_Clayton_Jam_Session.jpg ②今年5月に講座で取り上げた『Buck Clayton Jam Session Vol.2』の未収録トラック2曲。リハーサル中のやり取りも全部日本語化しました。 そうすると、この『Jam Session』は、そこらのジャム・セッションと全く違うのが良く判る。ヘッドアレンジだけでもリアル・プロはこうなんだ!個性豊かな名手の色んな楽器のヴォイスが聴こえて来て、華やかで楽しいアルバムです!
 先月のInterludeに、この録音メンバーが多数参加しているドキュメンタリー「Born to Swing」を紹介したので、併せて観ると面白い。
 ③ 今回の目玉は、なんと言っても『Ella and Tommy Flanagan trio at Montreux ’77』
  土壇場で必死のパッチなのは、この対訳OHP作りのせいだった… 日本語化作業はとっくに出来ていたのですが、講師寺井が「アレンジ」と「歌詞」との切っても切れない深~い関係を、「判りやすく見せなあか~ん!」と、土壇場にOHP作成の注文が山盛り。
    エラは’50年代、「私の進む道はバップしかない」と思っていた。寺井尚之もそうですが、ビバップにルーツを持つ音楽家にとって、転調はお手のもの! しかし、このアルバムでエラとバックのトリオが繰り広げるキーの移り変わりは、ジャズ・ヴォーカル史上例を見ないケタ違いの深さがあります。
 ご存知の用にモータウンなどのブラック・ミュージックも、転調がお家芸で、私も大好きなのですが、モントルーでエラ+トミーが聴かせる転調は「モノが違う」、シンジラレナイ、凄すぎる…
  まあ土曜日は寄ってらっしゃい、聴いてらっしゃい!ジャズ講座で転調の種明かしが聞けます。
御代は見てのお帰りだ。
pile.JPG  今、私の周りは紙、紙くず、鉛筆、赤ペンが散乱する恐ろしい光景...とてもお見せできませーん・・・
ジャズ講座は12月13日(土) 6:30pm- Jazz Club OverSeasにて。
お越し下さる方はOverSeasまでご予約ください!
CU

「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第6巻できました!

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  ジャズ講座は、毎月第二土曜日のお楽しみ。師匠トミー・フラナガンの音楽について、ミュージシャンの視点から語り尽くす講演会は、いつのまにか寺井尚之のライフワークになっちゃった。
  年齢職業国籍学歴性別…そんな浮世のしがらみは全く関係なく、ジャズが好き、トミー・フラナガンが好きという接点で、楽しい仲間が集って、飲んだり食べたり、時には爆笑しながら、真面目に鑑賞するのがツボ。聴いて下さる皆さんが楽しいので、寺井尚之の上方(かみがた)マシンガン・トークも自然に炸裂!
 そんな講座をそのまま本にした「トミー・フラナガンの足跡を辿る」の新刊、第6巻が出来上がりました。



  第6巻に登場する名盤をほんの一部挙げておきます。詳しくは講座本のページをどうぞ。は、Interludeで村上春樹の「偶然の旅人」と共に紹介したペッパー・アダムス(bs)の名盤、『Encounter! 』、“ソリッド”という形容詞そのままのハードバップが聴ける『Jazz’n’Samba/ Milt Jackson』、テナーの巨人デクスター・ゴードンの名盤『The Panther』などなど、ライブで見た巨匠達の勇姿と共に、精彩な音楽的観察で名盤の実像が浮き彫りになり、、寺井尚之の「足跡」ジャズ講座ならではの臨場感が味わえる。

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<エラ・フィッツジェラルドとの黄金時代(その1)>
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 副題のとおり、第6巻で一番多く登場するのはエラ・フィッツジェラルド。南仏『Ella at Juan Les Pins』(’64)からハンガリー『Ella in Budapest』(’70)まで、エラとフラナガンの音楽的関係が、「卓越した伴奏」から「稀有なコラボ=共同作業」へと録音順に変貌して行く様子は、有機的で凄い!
   エラ以外の作品も含め、第6巻掲載の歌詞対訳は70曲以上。講座の対訳は不肖私が担当させていただいてます。
 エラ・フィッツジェラルドの対訳はすごく楽しい仕事だった。発音は英会話番組より明瞭だし、万人に伝わる明確な歌詞解釈がある。だから、ディクテーションして日本語を当てはめる作業はアット・イーズ!
   逆に、書店やネット上にあるジャズ詞の最大公約数的な翻訳作業は、どれほど大変だろうと察します。ニュートラルにすればするほど、歌詞の面白さは、訳語の間から滑り落ちていく…
 私がエラの対訳で学んだことは、「名唱には明確な歌詞解釈がある。」という法則。
   ラブ・ソングでも恋のかたちは10人10色、その歌ではエラさんはどんな女?処女?人妻?貞淑?ミーハー女?山の手?下町? お相手はセレブ?庶民?サギ師?ヤクザ者?その彼の唇は薄いのかはたまたタラコか?下着の色はピンクか黒か?輪郭から細部まで、しっかりイメージを作って唄っているから、ほんと日本語にしやすい!

 Sunshine of Your Love    budapst.jpg

 エラはまた歌詞を間違えることで有名だった。でも、それは決して器楽的なアプローチで、歌詞をなおざりにしたからではない。ライブ当時のポップソングを唄うときも、よーく考えて歌作りをしたことが対訳の面からも判ります。エラがよく歌詞を逆にしたり、中抜きしてしまうのは、音楽表現する脳の部位が余りに速く稼働しているからかも知れない。インテリに扮したウディ・アレンや、BBC放送のPolitics Showに出演する高名な評論家が、ドモったり噛むのとなんとなく共通している。
(楽しかったエラさんの日本語化作業も来週ジャズ講座の『Ella at Montreux ’77』で遂におわりです。お名残惜しい…)
 寺井尚之は対訳を道具にして、トミー&エラにしかできない自由自在な転調メドレーの妙味も、歌詞に沿った音楽的必然性があることを証明していきます。フラナガン・ファンだけでなく、ジャズ・ヴォーカルやジャズの即興演奏を志す若きミュージシャンにはぜひ読んで欲しい。
   読み所聴き所、笑い所も泣き所が一杯!ジャズってほんとに楽しいな!トミー・フラナガンってほんとに素晴らしい!が良く判るジャズ講座の本、「トミー・フラナガンの足跡を辿る:VOL.6」は限定版ゆえ、ぜひお早めにお求めください。
購入方法は以下の3種類。
①OverSeasでライブや講座を聴くついでに…
②OverSeasのHPから通信販売で
③堂山町の「ミムラ」さん、梅田第一ビル地下一階の「ワルティ堂島」さんで購入する。
CU