対訳ノート(36)Autumn in New York 「NYの秋」

autumnny4047517899_6b2c555a90.jpg  秋深し!急に寒くなって風邪などお召しになっていませんか?ジャズ講座新開講で、ミシガン州を始めとする米国のブラック・コミュニティに、どっぷり浸っていました。Interludeは気分を変えて、27日(土)に寺井尚之The Mainstem(宮本在浩 bass 菅一平 drums)が演奏を予定している”旬”なバラ―ド、”Autumn in New York”を。

<ロシア貴族のNY観>

duke3.jpg  そこで生まれて育ったわけでなくたって、大都会NYは傷心のあなたを受け容れてくれる…嫌な街だけどほっとする・・・やっぱり大好き!“Autumn in New York”はコスモポリタンなほろ苦い歌詞と、A-B-A-Cのメロディがドラマチックで胸にしみます。作詞作曲はヴァーノン・デューク(1903 – 1969)。カウント・ベイシー楽団でサド・ジョーンズのオハコだった「パリの四月」やアイラ・ガーシュインと組んだ「言い出しかねて」など、ガーシュインやポーターと一味違って、大人っぽいというのか、洒落たムードが漂っています。

  ヴァーノン・デュークの本名は、ヴラジーミル・アレクサンドロヴィチ・ドゥケーリスキー(Владимир Александрович Дукельский)と超ややこしい…祖母がロシア帝国の王女という貴族の御曹司!キエフ音楽院でクラシックを学び、同級生にヴラジーミル・ホロウィッツがいました。ところが、ロシア革命を逃れ、イスタンブールから合衆国に家族で亡命、ガーシュインの勧めでポピュラー音楽の世界に入ってからはヴァーノン・デュークというペン・ネームでブロードウェイの曲を書き、クラシック界では本名を英語読みにして、ウラディミール・デュケルスキーとして活躍、パリで大ブームを巻き起こしたディアギレフのロシア・バレエ団のために作曲しています。

ellalouis00.jpg 祖国ロシアを追われたデュークは、ロンドン、パリ、NYを股にかけた文字通りの国際人!芸術やファッションの先端を行くセレブと親交を結びました。友達の中には、ピカソやジャン・コクトー、それにココ・シャネル!音楽ではプロコフィエフにクラシックを決して辞めないよう激励されたとか…この曲にも、コスモポリタンならではの、リッチなニューヨーク観が反映されていますよね。

 「NYの秋」は、デュークが、コネチカットで休暇を過ごしていたときに書いた曲といわれています。1934年にブロードウェイで初演されたレビュー”Thumbs Up!”のラスト・チューンになりましたが、時代を先取りし過ぎだったのかも・・・ショウは5か月間続いたというから、まあまあの成績、フランク・シナトラが歌って大ヒットしたのは、13年も後のことでした。

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「NYの秋」、私が一番親しみを感じるのは『Ella and Louis』、そしてディアギレフの天才ダンサー、ニジンスキーにも決して負けない舞踏性と芸術性、どれを取っても最高と思えるのは『Charlie Parker with Strings』、どんな歌手よりも、はっきり歌詞が聞えてきます。

Autumn in New York

written by Vernon Duke

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<Verse>
It’s time to end my lonely holiday
And bid the country a hasty farewell.
So on this gray and melancholy day
I’ll move to a Manhattan hotel.
I’ll dispose of my rose-colored chattels
And prepare for my share of adventures and battles.
Here on the twenty-seventh floor,
Looking down on the city I hate
And adore!
寂しい休暇はもうお終い
この国に急いでお別れを。
曇り空の陰気な日、
マンハッタンのホテルに移る。
バラ色の家財道具は処分して、
冒険の戦場へ!
ここは摩天楼の27階
見下ろす街は大嫌いだけど、
だ・い・す・き!
 <Refrain 1>
Autumn in New York,
Why does it seem so inviting?
Autumn in NewYork,
It spells the thrill of first-nighting.

Glittering crowds and shimmering clouds
In canyons of steel,
They’re making me feel
I’m home.

It’s Autumn in New York
That brings the promise of new love;
Autumn in New York
Is often mingled with pain.

Dreamers with empty hands
may sigh for exotic lands;
It’s Autumn in NewYork,
it’s good to live it again.

NYの秋、
この魅力は何故?
NYの秋、
舞台の初日のときめき。

 ビルの谷底を動く
着飾った人々や、
頭上の光る雲を眺めると、
「ただいま」って気分。

NYの秋は
新しい恋の予感。
NYの秋は
心の痛みが混じる。

実りのない夢想家が
遠い異国に憧れても、
NYの秋は格別、
またここに住むのが嬉しい

<Refrain 2>
Autumn in New York,
The gleaming rooftops at sundown.
Autumn in New York,
It lifts you up when you’re rundown.
Jaded rues and gay divorcees
Who lunch at the Ritz,
Will tell that “it’s
Divine!”

This Autumn in New York
Transforms the slums into Mayfair;
Autumn in New York,
You’ll need no castle in Spain

Lovers that bless the dark
On benches in Central Park
Greet Autumn in New York,
It’s good to live it again.

NYの秋、

夕焼けが屋根を染める、
NYの秋、
くたくたでも元気回復!
リッツホテルでランチを楽しむ人たち、
人生に疲れた人も、陽気なバツイチも、
口をそろえて言うでしょう

 「最高!」

ってね。

今年のNYの秋は
スラム街も、5月の祭りに変身!
NYの秋はロマンティック、
スペインの古城なんて要らない。

恋人達は夕暮れを祝う、

セントラル・パークのベンチで、

NYの秋よ、こんにちは!

また住めて嬉しい!

  デューケリスキーさんのように貴族の末裔でもなく、大阪でドブ板踏んでるだけの私でもOK!NYの秋の香りを満喫させてくれる名歌です。NYの街は、知らない人でも声をかけて来るので大阪と似ています!  ぜひともライブで聴きたいですね。寺井尚之なら、ベニー・カーターの名曲、”オータム・セレナーデ”をヴァースの代わりにするのかも?みなさんも一緒に聴きませんか?

CU

新シリーズに向けて!「トミー・フラナガンの足跡を辿る」完遂記念パーティ~!

 先週の土曜日、「トミー・フラナガンの足跡を辿る」完遂を記念してパーティ開催!

 懐かしいお客様から、講座に長期間出席いただいている皆さま、それに、パーティの機会に初めてお目にかかれたみなさままで、沢山お越しいただきありがとうございました! 

  <メニュー> :写真は常連Noda氏の撮影! 料理写真  

  •  *オードブル:生ハム&いちじく、セサミ・チキンのカナッペ、スタッフド・エッグ、オイルサーディンのカナッペ、
  •  * 自家製ローストビーフ
  •  * 鶴橋名物 蒸し豚プレート
  •  * カリカリ・ベーコンと胡桃のウォルドフ・サラダ
  •  * シュリンプ・カクテル
  •  * 寺井ママお手製 バラ寿司
  •  * 特製ビーフ・シチュー
  •  * メダリオン・ビーフ・ステーキ、アンチョビ・ソース
  •   * トマト&きのこのパスタ
  •  * デザート: レモン・マーマレードのレア・チーズケーキ
  •    いろいろフルーツ&2色アイスクリームケーキ etc,,,

いかきri-kinohikari-yoko-411e0.jpg 講座の権威、後藤誠先生が差し入れしてくださった、東京赤羽の”どら焼き”もサプライズで大好評!

 お飲物も色々とり揃えましたが、なんといっても一番人気は、ダラーナ氏が差し入れてくださった生原酒や純米大吟醸の名酒コレクション。 ダラーナ氏はOverSeasジャズ講座の発起人、音楽の耳味覚も並々ならぬテイスト!バブリーでフルーティな日本酒の芳香は、まさにFragrant Times!でした。

 楽しいメンバーが揃い和気藹々でも、食べて飲むだけじゃないというところが、「トミー・フラナガンの足跡を辿る」パーティです!

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 パーティ特番、ミニ足跡講座として、トミー・フラナガン3(キーター・ベッツ bass, ジミー・スミス drums)の、’78年6月 カーネギーホールに於ける演奏の超レアな音源を、寺井尚之が解説!

 普段の講座と同じように寺井尚之の解説を聴きながら、構成表を目で辿り、絶好調のトミー・フラナガンのプレイにうっとり!キーター・ベッツ(b)をフィーチュアした”カン・フー”も渋かったです!

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 セミナー講師としてトークはお手の物のあやめ会長は、「寺井尚之のジャズ講座の変遷」を、超懐かしいヴィデオや、NYの巨匠たちの素顔の写真とともに、整然とした語り口で見せてもらいました!

 模造紙に手書きした資料を掲示して、今は亡きワルツ堂のミムラさんがディスコグラフィーを作ってくださっていた頃から、ダラーナ氏に機材を提供していただいて、近代的な今のスタイルになったことがよくわかって、改めて感謝でした。初代のOHP映写係、Annさんも来られていて嬉しかったです!どうもありがとうございました!

 

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 フィナーレは足跡講座皆勤賞、寺井尚之のレギュラー・ベーシスト、宮本在浩さんが手紙を朗読してくださって、しみじみ秋の夜が更けて行きました。

 

 ご出席いただいたお客様、おひとり、おひとりのおかげで、OverSeasにとって思い出に残るパーティになりました。心よりお礼申し上げます。

ito_kana.jpg  司会は、寺井尚之ジャズ理論教室生、プロのアナウンサー、伊藤加奈さんが担当!本業はハーモニカ奏者、”ミネストローネ”というハーモニカ・トリオで東京を中心に活躍中!

 仕事の合間を縫って、寺井ジャズ教室生として、一肌脱いでくれました。今週は東京で、一連のコンサートに出演中です。

 

さて 「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、11月10日(土)から新開講!

 モーターシティ、デトロイトで開花したデトロイト・ハードバップ・ジャズ、その町で最も実力ある若手と言われたトミー・フラナガンとケニー・バレル(g)は、1956年の春、二人で車に乗ってNYにやってきました。その直後に、Blue Noteに録音したアルバム、 『Kenny Burrell Vol.2』から新講座が始まります。kburrell_vol2.jpg

  ポップ・アートの王様、アンディ・ウォーホールが無名時代に手がけたジャケットも印象的ですが、それ以上に20代のフラナガン、バレルたちの貫録が素晴らしい!

 今回は、モーターシティ、デトロイトの社会的、音楽的な土壌も、しっかり解説。デトロイト市の驚愕の音楽教育事情や、世界史を俯瞰すると、音楽もよく見えてきます!

 よく、「ジャズは初心者ですが、大丈夫でしょうか?」とお問い合わせをいただくのですが、そんなの全然関係ないと思います。私だって、最初は、な~んにも知りませんでした。でも、音楽がお好きなら、どなたでも楽しんで頂けると思います。

 ジャズ・ミュージシャンである寺井尚之が、半世紀近く、誰よりも楽しんできたものについて語るのですから、面白くないはずがありません。

 ひょっこりご参加大歓迎!新 「トミー・フラナガンの足跡を辿る」どうぞお待ちしています!

CU

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ブルース・リーが寺井尚之を聴くと・・・

 大阪もやっと涼しくなりました!土曜日のパーティで、寺井尚之が紹介するトミー・フラナガンのマル秘音源の構成表もやっと完成!楽しい集まりになりそうです!

 今月は、これまでインターネットでしかお付き合いのない方々と出会えることができました。まるでPCのディスプレイからリアルな人が飛び出してきたようで不思議な体験!

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 今週の火曜日デュオには、ジャズ・ファンなら誰でも知ってる人気ブログ「お気楽ジャズ・ファンの雑記帳」の著者、azumino氏が、長野県からご出張で、OverSeas初見参!安曇野はフラナガンが感動したスエーデンのダラーナの風景に似ていますね。美しい自然と、ジャズへの想いが溶け合って、azuminoさんならではの独特な優しい世界が味わえる素敵なブログですね。

 azuminoさん、宴会を抜けて、寺井尚之と宮本在浩(b)ラスト・セットに駆けつけてくださってありがとうございます!ウディ・アレンの映画「カイロの紫のバラ」みたいなひとときをご一緒出来ました。話をするのに夢中で写真を撮り忘れたのが残念!!ぜひ再会できますように!

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 そして先週は、長崎より、フェイスブックでお付き合いさせていただいているジャズ・ファン、光崎さんご夫妻が、仲睦まじく大阪に休暇でお越しになりました。

 光崎さんは、地元のFM局でジャズ番組のパーソナリティを務めたジャズ通。ご自分のプログラムでは、ジャズ・スタンダードの訳詩の紹介で好評だったそうです。

 お帰りになってから、OverSeasの印象をFBに書いて下さっていました。
 寺井ママに「こないだ来てはった光崎さんって、ジャズ評論家の先生なん?」と訊かれるほどの名文、それで、お許しを得て当ブログに転載させていただきます。

 演奏は10月2日(火):メンバーは寺井尚之(p)+宮本在浩(b)+ゲスト:アルト・サックスの岩田江(as)さんが遊びに来てくれていました。チャーリー・パーカーを愛するバッパー、岩田さんは来年からOverSeasに定期的に出演予定ですので、どうぞご期待ください。

 

≪光崎 聡氏 フェイスブックより 10/4付≫

mitsuplate8.jpg ピアニストはこう言った。自分はデトロイト・ハードバップ・ロマン派だからお望みのチェット・ベイカーのネタは残念ながらリクエストにお応えできない。
成程然り。女房のリクエストは受けてもらえなかったけどよくその意味は後になって分かった。

最高に吟味されたピアノが今日調律された状態で計算され尽くされた場所に置かれ、奏者が静かにそこに座っている。
ベース奏者の楽器を見るとサイドとバックの美しいトラ目が見える。
  アルト奏者の持つ楽器は完全に音がヌケた状態の一種の「オールド」らしいと分かる。
 演奏は一定の法則に従った曲の配列通り淡々と行われた。
 音像はややタイトにまとまり一切の歪みがない。天井、壁などもほぼ完璧にエコーフラッター対策処理されているようだ。

 「全ての芸術は音楽の状態に憧れる」のであると聞いたことがあるが、さらにその論を展開させれば
「全ての音楽はOverSeasの音に憧れる」のかも知れないとさえ思った。

  ピアノは豊かな倍音成分を伴った音なのに、かと言って余計な装飾はなく「音域全域」が綺麗に聴こえる。テクニックは無論世界トップレベルと伺われたが特筆するべきは、結果としてその音楽ぜんたいの美しさ。どのフレーズもハードバップ・ジャズの持つスリルとユーモアに溢れ、全曲通して奏者の「美学」が香り高く感じられる。
 デトロイト・ハードバップをロマン豊かに語り継ごうという確固たる決意。
一音一音が絹の帯のように綺麗に繋がりキラキラと輝く。



  堅苦しさはまるで無く全ての音が美しく奏でられ、余韻を残して淡雪のように消えていく。音の消え際が殊更美しい。
  低音部から高音部までどんなピアニシモの音までハッキリと美しい音で聴き取れるものだから急に自分が耳が良くなったのかと一瞬錯覚させられそうになるが、それは奏者の凄まじい集中力と豊かな音楽性によるもの。重ねて言えば自分の哲学に従った音しか出さないという美学に基づく演奏なのかも知れない。

  指盤に弦が当たる音を有りがたがる録音技師が、それをリアルさと意味を間違えて多々存在する現在だけども、もっともっと真のベースの音を聴かせて欲しいといつも願っていた。
ラファロは弦が低かったのかも知れない。ルーファス・リードの音は深々としてるがやや緩い。
ジョージ・ムラーツ、ニールス・ペデルセンあたりの達人の音が本物だ。真芯を捉えた太い音だ。
この夜のベースそんな良い音だった。内容も素晴らしいプレイだったと思う。

  アルト奏者もフルトーンで楽器が鳴りながら音が軽やか。これは得がたい資質だと思う。キリッとしていてスマートなフレーズの起承転結には納得。

 演奏後に無口なピアニストがお喋りにつきあってくれた。
  世界トップ中のトップ・ジャズピアニストに弟子入りを志願、何年も何回もかけてそれを果たした後も波乱の人生だったはずだ。
師匠は厳しい方だったと話したピアニストは師匠とは逆のタイプなのかも知れない。
 綺麗な音しか出さないピアニストは最後まで優しく話をしてくれた。
うん、確かに間違いなくこの世界最高のひとりであるジャズ・ピアニストはロマン派だ(笑)

  尚、ワンステージ一回40分弱の演奏時間は、美味しいものはやや少なめに、と考える私の好み通り。料理も一品毎にジャズ・クラブとしての矜持があり気が利いている。無論ママさんはこの店にこの人無しでは有り得ないと思う。
無口なお方にも同意していただきたい(笑)

 あまりに褒めすぎでサクラと思われても困るので、ひとつ申し添えよう。
 ビールはキリンのラガーを頼んだ。小瓶だった。これも正解。大瓶はルックス的にこんな洒落たジャズ・クラブに合わない。
  ただし・・・・・・・・グラスがやや大き過ぎたようだった。

  ジャズとは難しい音楽でなく誰もが楽しめる音楽です、と個人的に市民FMジャズ番組で喋りCDを回し続けてきた私に、ではそんなジャズってどこにあるの?と訊かれれば自信を持ってお答えしたいと思う。
ブルース・リーのような顔で
「考えるんじゃない。感じるんだ。大阪のOverseas でね」と。

 上の写真はお土産に頂いたハンドメイドの革細工。地元のアトリエ、中山智介さんというクラフトマンがプレスティッジのジャケットをアレンジして作ってくださったものです。レジの横に置いてありますよ!光崎様、本当にありがとうございました!

 
 でも、皆さんはどうぞ手ぶらで、気軽に来てくださいね!ご近所でもご遠方でも、演奏を楽しんでいただけるのが、私たちは一番幸せ!
これからもOverSeasをどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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秋のトミー・フラナガン・トリビュート 11月17日に

 やっと大阪の街もジャケットを来た人が多くなりました。

 OverSeasの秋と言えば、トリビュート・コンサート!今年はトミー・フラナガンの命日の翌日に開催します。

 

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  トミー・フラナガンが遺した名演目の数々を再現して、皆さまにお楽しみいただくコンサート!フラナガンが亡くなって12年経ってしまいましたが、名曲、名アレンジがいつまでも色褪せないよう、寺井尚之(p)、宮本在浩(b)、菅一平(ds)のThe Mainstemが、精魂込めて演奏させていただきます。

 

 トミー・フラナガンをよくご存じの皆さまも、余り馴染みがないという皆さまも、どなたにも聴いて頂きたいコンサートです。初めての方も大歓迎!騙されたと思って、ぜひ来てみてください!前売りチケットはOverSeasで販売中!座席指定ですのでお早目にどうぞ!

audienceP1040320.JPG第21回 Tribute to Tommy Flanagan 追悼コンサート  

  • 日時: 2012年 11月17日(土) 7pm-/8:30pm- (入替なし)
  • 前売りチケット ¥3,150
    当日 ¥3,675

出演:寺井尚之Trio  The Mainstem  b.宮本在浩 ds.菅一平

 

 

 トリビュートに併せて、11月にはトミー・フラナガンを映像で偲ぶ関連イベントをいろいろと企画しました。デトロイト・ハードバップやトミー・フラナガンへのご理解を深めていただくことができれば最高です!

 

tf_gm.jpg11/3(土) 6:30pm- 
 Tommy Flanagan trio ’91
 with Geoge Mraz bass, Alvin Queen drumes
 

 

 

 

 

 

Benny_Carter.jpg11/24(土) 6:30pm–
 Tommy Flanagan trio with Benny Carter (as)


 

 

 

 

 

 

flanagan_tommy.jpg11/25(日) 正午-
 Ella Fitzgerald & Tommy Flanagan trio
at Montreux ’77

 

 

 

各講座とも受講料¥2.625 (税込) 学割チャージ半額

 

ぜひお越しくださいね!

CU

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知っておきたい裏ジャズ史② フレンチなジャズ評論家:シャルル・ドローネー

今日は路地裏から、澄み渡る秋空が…皆さんの街はいかがですか?
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  このところ、講座や本の資料作りにずっとゴソゴソしています。
 トミー・フラナガンやサド・ジョーンズなどデトロイト系、ジミー・ヒースやジョン・コルトレーンなどフィラデルフィア系の音楽家たち…ジャズの歴史は本当に面白くて、秋の夜長にぴったり!調べるほどに、未知の領域、ヨーロッパのジャズ界にぶつかります。というのも、フラナガンより少し上の世代、1920年代或いはそれ以前に生まれたジャズ・ミュージシャンは、ヨーロッパ楽旅を経てから、ワンランク上のアーティストに「化ける」人が多いように思えます。その理由は、ヨーロッパの聴衆の素晴らしさと「おもてなし」が深く関係しているようなのです。故国アメリカでは、どんなに人気があっても、フルトヴェングラーのように尊敬されることは絶対なかった。アメリカの南部ツアーでは、食事できるレストランを捜すにも苦労したコールマン・ホーキンスやベニー・カーターたちが、ヨーロッパでコンサートをすれば、盛装した紳士淑女が熱狂し、王侯貴族のサロンでは同じコニャックを飲み、知識人やセレブが客分として歓迎し、自分達の値打ちを教えてくれたんです。

jazzpoet.jpg   ダイアナ・フラナガンは、「ヨーロッパ、特にフランスのジャズ評論は、こっち(USA)よりずっと知的で素晴らしい。」と言っていました。大学でデカルトの『哲学原理』を購読したにもかかわらず、フランス語といえば、店に来たお客さんにBon Appetit!とニッコリするのが関の山…『Beyond the Blue Bird』や『Jazz Poet』で素晴らしいライナーを書いてくれた大評論家、ダン・モーガンスターンも英国人ですから推して知るべし…

ヨーロッパで咲いたジャズの華として、私がまず思い浮かべるのは、ジプシーのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト、彼を知る前からM.J.Qの演奏するDjangoは知ってました。ウディ・アレンの映画「ギター弾きの恋」を観ると、ジャンゴのギターだけでなく、醸し出すムード全てが、アメリカ人にとって、どれほど”ハイカラ”かというのがよく判ります。

books.jpeg  ジャンゴの時代、フランス・ジャズ界は、ジャズを心底愛する評論家達が、執筆だけでなく、米国ミュージシャンの招聘やプロモート、レコードのプロデュースをしたというからすごい!ジャンゴとヴァイオリニストのステファン・グラッペリで名を馳せたフランス・ホット・クラブ五重奏団…いえ、仏語はhを発音しないのでオット・クラブかも…?とにかく、ホット・クラブというのはジャズ・ソサエティの名前で、このクラブを主催したのが、ベルギー人のヒューゴー・パナシエと、フランス人のシャルル・ドローネーという二十歳そこそこの二人の評論家でした。彼らは、本格的ジャズ評論の元祖と言える人たちで、彼らが1934年に創刊した “Le Jazz Hot ル・ジャズ・オット”は世界初のジャズ専門誌でした。ダウンビートの創刊も同じ年でしたが、当時はジャズ専門ではなかったんです。

  今や常識のディスコグラフィーの元祖もこのドローネーさん、1936年に歴史上初のジャズ・ディスコグラフィーなるものを出版!ドローネーは貴族の血統で、両親は二人ともキュビズムのアーティストです。パリが占領された後も、貴族の責任、ノブレス・オブリージュを果たし、レジスタンス運動に参加、命がけで、たった一枚のチラシとなっても”ル・ジャズ・オット”を出し続けました。

Dela0001.jpg 占領下のパリ、1943年、レジスタンス活動の隠れ蓑となったホット・クラブの編集部をゲシュタポがガサ入れし、ドローネーと他のスタッフ、そして英国の諜報員が根こそぎ連行されてしまいます。取り調べの厳しさは並大抵ではありません。独房に入れられ数週間、ついにゲシュタポの隊員が一人でやってきました。

 拷問か、強制収容所か、ガス室か…? 覚悟したドローネーに向かって、その隊員はこう言ったそうです。

 「あなたのディスコグラフィーを読みました。ラッキー・ミリンダー楽団の頁ですが、2番トロンボーンの名前が間違っていましたよ。」驚いたことに、ナチ秘密警察にも、隠れジャズ・ファンがいたんです。その隊員のおかげで、まもなくドローネーは釈放されましたが、二人の仲間はガス室に送られたそうです。同じころ、アフリカでレジスタンス活動した、パノニカ男爵夫人との接点はあったのでしょうか?色々興味は尽きません。

 命がけでジャズを愛したシャルル・ドローネーはこんな言葉を残しています。

 「生まれて初めて耳にしたジャズのコンサート、私の感動を言葉にすることはいまだ不可能である。」(Django: The Life and Music of a Gypsy Legendより)

 浮世絵を「美術」と認めたのは日本人でなく欧米人だった・・・私たちも負けずに、全てを賭けてジャズを愛して行こうと思います。どうぞよろしく!

CU

10/13(Sat.) Party開催します。

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christmas_feast-2.JPG来る10月13日(土) 6:30pm-  「トミー・フラナガンの足跡を辿る」の一巡と、同時に11月10日(土)からの新開講を祝し、Jazz Club OverSeasでパーティを開催!  

 ビッフェスタイルの無礼講、おいしい御馳走やお飲物を沢山ご用意!「ジャズ講座」と言っても、堅苦しいものではないと知っていただきたいので、
ご興味のある方は、
冷やかしで結構です!ぜひこの機会に覗いてみてください。

  当日は、ご飲食と共に、トミー・フラナガン・トリオのお宝未公開音源(’78 Carnegie Hall)をお聴き頂きながら、寺井尚之がミニ講座でお楽しみいただくほか、講座本編集委員、あやめ生徒会会長が講座本の苦労話トークを、「権威」でおなじみの後藤誠先生が「講座を振り返って」の思い出話を、その他、色々お楽しみ企画中。

 

 司会進行役は、寺井尚之ジャズピアノ教室の秘密兵器、日頃何千人の聴衆を前にしているプロフェッショナル=伊藤加奈さんが、NHK紅白歌合戦でも通用する美しい日本語で、エクセレントに超楽しく盛り上げてくれる予定!

 講座やOverSeasにお越しになったことのないお客様も、EVERYBODY  WELCOME! フレンドリーな仲間がお迎えいたします!

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<足跡Jazz PARTY>

10月13日(土) 6:30pm-9pm (予定)
会費: ビュッフェ形式飲食 4,000yen

写真左から:伊藤、寺井、あやめ(敬称略)

どんなごちそうを作ろうかなあ…いろいろ楽しく計画中です!

ご参加お申込みはOverSeasまで!

CU

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知っておきたい裏ジャズ史 その①

 阪神タイガース背番号6番、金本知憲選手の引退が、とてもさびしいです。私よりずっと若いけど「アニキ」と呼ぶことのできるヒーローだった。哀しい秋の気配の中、私は11月から始まる「新・トミー・フラナガンの足跡を辿る」(仮題)の為に、色んな本を読みながら資料収集中!トミー・フラナガンというアーティストのレコーディングを丁寧に辿って行くと、ジャズ史の変遷と共に、音楽以外の社会や文化の様相が見えてくるから面白いですね!
<ナット・ヘントフを知っていますか?>
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nat74896.jpg コルトレーンの”Giant Steps”やバド・パウエルの”Blues in the Closet”などなど、数えきれないジャズ名盤のライナーノートの末尾にNat Hentoffという署名をご覧になったことがおありでしょう。これまで私が最もよく読んだ「ジャズ評論」は、ナット・ヘントフのものかもしれません。英語を読み始めた大昔、定期購読していた週間新聞”The Village Voice”にヘントフが書いたジャズや政治のコラムは、”Down Beat”よりもずっと言葉が難しかった。でも、ヘントフ自身の生の体験をベースに、思いがけない切り口で考察する彼の文章は、NYの香りとインテリっぽい魅力があり、ミーハー気分で、辞書を引くのももどかしく、夢中で読みふけりました。
nat1060196_p.jpg ナット・ヘントフ、1925年,ボストン生まれ、ジャズ批評だけでなく、自ら”Candid”というジャズ・レーベルを主催、ジャズに深くコミットしながら、小説家、ジャーナリストとして多面的に活動、80才を越えた今も、論議を巻き起こすようなコメントをどんどん発信しています。ヘントフにとって、ジャズとは「強烈な主張と個性を持つミュージシャン達が、お互いの言葉(プレイ)を誠実に聴き合うことによって、音楽と言う素晴らしい調和を作り上げる」アート!それはアメリカの唱導してきた自由民主主義そのものなのです。彼は時代の風向きに動じず、堂々と人工中絶に反対を唱え、「誇り高き時代遅れ、石頭で不信心なユダヤ人」を自称している日本にないタイプのジャーナリストです。
<ジャズ雑誌のジム・クロウ>
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 少年時代からジャズに魅せられたヘントフは、僅か10代で、ボストンのラジオ局のジャズ番組のホストを担当してから、ジャズ評論家への道を歩むのですが、「師と仰ぎ尊敬する人」とヘントフが挙げるのは、先輩評論家ではなく、音楽だけでなく、人間的な触れ合いから色々学ぶことのできたという、デューク・エリントンやジョー・ジョーンズ、チャーリー・ミンガスやコールマン・ホーキンスなどのジャズメンばかりです。ひょっとすると、それがダウンビートに解雇される一因だったのかも知れません。
 1952年、JATPを主催するノーマン・グランツの推薦で、レナード・フェザーの後任として、憧れていた”ダウンビート”マガジンの共同編集者としてNYで勤務。毎夜ジャズ・クラブで演奏を聴き、尊敬するミュージシャンの話を聞きながら、嬉々として執筆活動を続けます。
 現在の”ダウンビート”は月刊誌ですが、当時は週刊誌として相当な発行部数を誇っていました。本社はシカゴで、NYやLAに支所があり、黒人の芸術であるジャズのニュースを発信していたのです。まだ公民権法は成立していなくとも、「ジャズ・ジャーナリズムに、人種の隔離はありうべからざるもの。」少なくともヘントフは固く信じていました。
でも、”ダウンビート”社の隅から隅まで探しても、黒人の従業員はいなかったのです。
 1957年、ヘントフの勤務するNY支社で、「受付」やその他の秘書的な業務をしてくれるスタッフが欠員となり、新人を募集することになりました。会社の規則には「スタッフの雇用は事前に社長の許可が必要」という項目があり、ヘントフがその理由を聞いてもはっきりしなかった。とにかく人手不足で困っていたので、面接の結果、一番経歴が優秀で、頭脳も性格もよさそうな候補者は、たまたま黒人女性でした。黒人の音楽で利益を得ている会社なんだからと、ヘントフの一存で採用決定!ところが、その直後にシカゴ本社の社長がNYにやってきて、受付に黒人が座っているのを発見されてしまいます。
 週明けにヘントフが、レビューするレコードや原稿一式を抱えて出社すると、彼のデスクはなくなっていました。ヘントフは、その黒人女性とともに名門ジャズ雑誌、”ダウンビート”を解雇されてしまったのです。
 後に、その女性が黒人ではなくエジプト系アメリカ人であったと判ったのですが、有色人種であることには変わりありません。あなたが、どんなにジャズを愛し、聡明でシックな人であったとしても、有色人種である限り、1957年代のダウンビート黄金時代のスタッフにはなれないのです。
nat9a970c-320wi.jpg 1957年といえば奇しくもトミー・フラナガンのOverseas録音の年、余談ですが、この年のNYには、三島由紀夫が長期滞在していました。自作の戯曲でブロードウェイを征服したいという野望を持って意気揚々とやって来ましたが、色々な努力も徒労に終わってしまいました。時代が早過ぎたんですね。
 さて、ジャズ誌をクビになったことで、ヘントフはタイム・マガジンや全米の一流誌のコラムニストとして、活動の幅を広げたわけですから、人生は不思議です。私としては、解雇されたエジプト系の女性が、その後どのような人生を送ったのかを知りたいのですが…
 というわけで、毎月第二土曜の新講座、ヘントフ以上に率直に、ジャズへの愛情をこめて、寺井尚之が、皆さんの聴きなれた名盤の、まったく新しい切り口をお見せしていきます。どうぞよろしく!

寺井尚之より: “新”講座のお知らせ

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 毎月第二土曜日に催してきた「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は。8年11か月の年月を要しましたが、無事辿りつけました。
  ひとえに、皆さまのご協力と応援あってこそと。誠に感謝しております。
  ’12 11/10(土)からは、新シリーズとして「再びトミー・フラナガンの足跡を辿る」を開催いたします。
  弟子として、師匠の足跡は巡礼のように何度でも辿り、さらなる発見を図り、勉強する所存です。
  講座本の誤字脱字を訂正し、新たな発見、感動を、より判りやすく、皆さまにご説明したいと思います。
  再び皆様に師匠の足跡を紹介できることを、誰よりも楽しみに思ってわくわくしております。
 
 どうぞご参加ください!
寺井尚之

「トミー・フラナガンの足跡を辿る」千秋楽

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 「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、寺井尚之が、毎月第二土曜日、師匠フラナガンのディスコグラフィーを年代順に聴きながら解説してきました。2003年秋、ケニー・バレル(g)との”Get Happy”(Kenny Burrell Vol.2)から始まった講座も、9月8日(土)、第107回を持って、グラミー賞 最優秀インストルメンタル・ソロイスト賞にノミネートされた”Sunset and the Mockingbird”(ライブ盤 A Great Night in Harlem)、亡くなる約2か月前の録音をもって千秋楽となります。
 大学の授業ならいざ知らず、寺井尚之が、315セットのアルバム内容を、徹底的に解析し、定説を覆すびっくりの真実、レパートリーの組み合わせの妙や、アルバムの聴きどころなど、毎月お伝えし続けることができたのは、何と言ってもご出席のお客様、そして、様々な資料を提供してくださったジャズ批評家、後藤誠氏をはじめ、音源その他の資料、映写機器など、ソフト、ハードの両面でご協力いただいた方々のおかげ!心より感謝しています。
<晩年のトミー・フラナガン>
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 フラナガンは、心臓に大動脈瘤という爆弾を、長い間抱え、亡くなる前の数年間は、今は日本でも流行しているマクロビオティックという食事療法を心がけ、ワンナイターのハードな楽旅は避けていました。飛行機での旅行は禁じられていましたが、仕事柄、そういう訳にもいかず、演奏中にペースメーカーが止まって、大騒ぎになるというようなこともありました。生活のためというよりも、やはり生涯現役として、命を縮めても弾き続けたかったのではないかと思います。
 最後の来日は、2000年の春の”ブルーノート”での公演(bass ピーター・ワシントン、drums ケニー・ワシントン)でした。その時OverSeasにやって来たときのことは、HPに寺井尚之が書いています。
 “ブルーノート”大阪で、すっかり痩せてしまったフラナガンがハードな曲を演奏すると、首の後ろの静脈が浮き上がって見えて、晩年のレスター・ヤングの演奏を観に行ったズート・シムズのように、オイオイ泣きそうになりましたが、演奏自体はじつに美しく、素晴らしいものでした。
 後日、電子版の朝日新聞を読むと、アンコールに応えなかったフラナガンを傲慢と批判する記事が掲載されていました。本当は、アンコールしたくともできないほど体調が悪かったのです。
<千秋楽は多彩なアルバムで>
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 さて、土曜日の講座は、特別ゲスト待遇で、スポット的に参加したアルバム群と、ヤマハの自動演奏ピアノのための音源として収録された素晴らしいソロピアノなど、全6枚の多才なレコーディングで、賑やかにお送りする予定です。
 なお、「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、11月から内容をリニューアルして、より充実したジャズ講座として新たに開講予定。
 最近、日本文学と日本文化研究の第一人者であるドナルド・キーン先生の自伝で、とても興味深い話を読みました。NYブルックリン生まれの彼は(ジャズには見向きもせず)、日本の文化を追求、コロンビア大、ケンブリッジ、ハーバード大を「編参」し、日本学の第一人者と言われている様々な教授の講義に、感動と失望を繰り返しながら、自分の講義のポリシーを確立した。それは、「(図書館などで調べれば判るような無味乾燥なデータを教えるのでなく)私自身の日本文学に対する情熱を伝えたい。」ということでした。
 「日本文学」というのところを、「トミー・フラナガン」に置き換えれば、寺井尚之のジャズ講座と同じです。キーン先生の英訳した「曽根崎心中」に匹敵するような、ジャズ歌詞の対訳を作ることは、この脳みそが100個あっても不可能ですが、私も資料の翻訳をがんばります!
 これからも、トミー・フラナガンの楽しさ、ジャズの楽しさを講座で伝えて行けるよう、寺井尚之とJazz Club OverSeasを応援していただけますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
「トミー・フラナガンの足跡を辿る」<その107>
9月8日(土)6:30pm-
受講料 2,625yen

 おすすめ料理は「黒毛和牛の赤ワイン煮込」にします。
CU!

寺井尚之ジャズピアノ教室 第23回発表会

 寺井尚之ジャズピアノ教室第23回発表会、日曜日に無事終了。初出場のnaoさんの初々しさ一杯のAnother Youから、大トリあやめ会長のLotus Blossomまで。演奏者達が日ごろの成果を発揮して、素晴らしい演奏を楽しむことが出来ました。
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 あやめ会長に続くライブ予備軍ピアニストたちも着々と育っています。楽器の習得は、何と言ってもコツコツと日々の練習が不可欠なもの。弾く、聴く、読む、書くと言った様々な練習を「楽しむ」ことが上達への一番の近道のように思えます。
 様々な楽曲を、自分だけのアレンジで仕上げた出演者たちを尊敬するのみ!
hamo.JPG また、今回は、ピアノ教室と併設のジャズ理論教室から、クロマチック・ハーモニカ奏者、はもかなさんが記念すべき初出場!寺井門下の可能性がさらに大きく広がっています。
 演奏者をサポートしてくれたThe Mainstemのベーシスト:宮本在浩、ドラマー:菅一平のお二人。発表会の写真撮影や録音のお世話をしてくださったYou-non氏、生徒たちのピアノの悩みを解決し、記念品提供してくださった名調律師 川端さん、同じく極上スイーツを差し入れてくださった常連、山口さま、ご協力いただいた皆さまに心より感謝です。
 今回、やむを得ない事情で欠場した生徒会副会長、むなぞう君の演奏も、近いうちに聴きたいです!
 発表会レポートをHPにUPしました。寺井尚之ジャズピアノ教室にご興味のある方はぜひどうぞ!
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