Let’s (Thad Jones) トミー・フラナガンは自動車産業で繁栄するデトロイトで生まれ、兵役を挟み26才まで地元で活動した。この作品は、フラナガンが作曲者の天才コルネット奏者、サド・ジョーンズとともに19才のころから演奏していた作品。通常のAABA形式に、ファンファーレのようなインタールード(16小節)がついた、スリリングなデトロイト・ハードバップ作品。NY進出後、ジョーンズのアルバム『The Magnificent Thad Jones Vol.3』(1957, Blue Note)で初録音。その後1993年、デンマークの“ジャズパー賞”を受賞した際、その賞金でサド・ジョーンズ曲集を自費録音し、この〈Let’s〉をタイトル曲とした。
2. Beyond the Bluebird (Tommy Flanagan) フラナガンとサド・ジョーンズが3年間、ほぼ毎晩一緒に演奏した場所は、デトロイトの黒人居住地にあった《ブルーバード・イン》というクラブだった。この〈Beyond the Blue Bird(ブルーバードの彼方に)〉は’89年作品、毎夜火花の散るようなプレイで切磋琢磨した青春時代への郷愁がこもる。デトロイト・ハードバップのお家芸である左手の“返し”が印象的、親しみやすいメロディと裏腹に、目まぐるしい転調を忍ばせるところは、ジョーンズの影響だ。寺井尚之はこの作品発表前に、フラナガンの譜面を写し、演奏することを許されたことを誇りにしている。
4. Embraceable You (George Gershwin)- Quasimodo (Charlie Parker) フラナガンがライブで演奏するメドレーには定評があり、これは数あるメドレーの内でも、伝説の名演目。チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作の有名曲〈エンブレイサブル・ユー〉(抱きしめたくなるほど愛しい君)のコード進行を基にバップ・チューンを作り、抱きしめたいどころか、ホラー映画に登場するほど醜い「ノートルダムのせむし男」の名前、カジモドと名付けた。原曲とバップ・チューンを絶妙な転調で結ぶ意表をついたメドレーは、本当の「美」は外見ではなく魂の中にある!というパーカーのメタファーの表現だ。残念なことに、レギュラー・トリオでのレコーディングは遺されていない。
フラナガンが引用したサラ・ヴォーンのアルバム
5. If You Could See Me Now (Tadd Dameron) ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンもフラナガン好みの作曲家だ。本作は、売り出し中の新人歌手だったサラ・ヴォーンのために書き下ろしたバラード。 フラナガンは、’46年のオリジナル・レコーディングよりも、’81年にサラ・ヴォーンがカウント・ベイシー楽団とのリメイク・ヴァージョンにインスパイアされ、同じセカンド・リフを用いている。寺井が悔やむのは、師匠よりさきに『Flanagania』に収録してしまったために、フラナガン自身はレコーディングをしなかったことだ。
当店の名前の由来でもある『オーバーシーズ』
6. Beats Up (Tommy Flanagan) フラナガン初期の名盤『OVERSEAS』(1957)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューンで、アルバムでは、冒頭のピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換に心がときめく。それから40年後、フラナガンは『Sea Changes』に再録音した。今回のトリビュートはピアノ‐ベースのデュオで、曲本来のダイナミズムを見事に出し、喝采を得た。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie) 1st Setを締めくくるナンバー、〈ティン・ティン・デオ〉は、キューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさむメロディとリズムを基にしたディジー・ガレスピー楽団の演目で、戦後、大流行したアフロ・キューバン・ジャズの代表曲。 ビッグバンドのマテリアルを、コンパクトなピアノ・トリオ編成で表現するのがフラナガン流。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが見事に融合したアレンジが素晴らしい。
<2nd Set>
マット・デニス
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis) 親しみやすいメロディだが、転調を繰り返す難曲。作曲者マット・デニスは、フランク・シナトラのヒットソングを数多く手がけたが、自身も弾き語りの名手だった。彼がクラブ出演するときには、一流ジャズメンを好んでゲストに招き、ジャズメンもまた彼の作品に挑戦するのを好んだ。トロンボーンの神様、J.J,ジョンソンもその一人で、フラナガンが参加したアルバム『First Place』(’57)に収録。それから約30年後、フラナガンは自己の名盤『Jazz Poet』(’89)に収録後、演奏を重ねるにつれ、録音ヴァージョンを越えるアレンジに進化した。現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。寺井はデビュー・アルバム《Anatommy》(’93)に収録。
フラナガン参加アルバム『Smooth As the Wind』
2. Smooth as the Wind (Tadd Dameron) 1-5同様、ビバップの創始者の一人、タッド・ダメロンの作品。ポエティックで、文字通りそよ風のように爽やかな名曲。 フラナガンはダメロン作品について「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、盛んに演奏した。この作品は、ダメロンが麻薬刑務所に服役中、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバム(右写真)『Smooth As the Wind』(Riverside)の為に書き下ろした作品で、アルバムにはフラナガンも参加している。
3. Out of the Past (Benny Golson) テナー奏者、ベニー・ゴルソンがフィルム・ノワールのイメージで作曲したマイナー・ムードの秀作。 ゴルソンはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズや、自己セクステットで録音。フラナガンはゴルソンの盟友、アート・ファーマー(tp)のリーダー作『Art』、後にリーダー作『Nights at the Vanguard』(写真)他に録音、’80年代には自己トリオで愛奏した。 フラナガンがアレンジした左手のオブリガードが印象的で、OverSeasで大変人気がある曲。
With Malice Towards None (Tom McIntosh) “ウィズ・マリス”は「フラナガン流スピリチュアル」と言える名曲であり、当店不動のスタンダード曲。この夜も演奏に涙する方もいるほど、パワーのある作品だ。 フラナガンージョージ・ムラーツ・デュオによる『バラッズ&ブルース』に収録され、今は寺井尚之の十八番として、遠方から来られるお客様のリクエストが多い曲。メロディは、讃美歌「主イエス我を愛す」を基にし、エイブラハム・リンカーンの名言(誰にも悪意を向けずに)を曲名とした、トロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ(tb)の作品だが、曲の創作段階でフラナガンのアイデアがたくさん取り入れられている。
Chelsea Bridge (Billy Strayhorn) デューク・エリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの作品。1957年、ストレイホーンに心酔していたフラナガンはNYの街で偶然彼に出会った。「もうすぐJ.J.ジョンソンとスウェーデンにツアーして、トリオで、あなたの曲を録音する予定です。」そう挨拶すると、ストレイホーンは彼を自分の音楽出版社に同行し、自作曲の譜面をありったけ与えてくれたという。〈チェルシー・ブリッジ〉もその中の一曲で、初期の名盤『Overseas』に収録された渾身のプレイは、今も私たちを楽しませてくれている。
Black and Tan Fantasy (Duke Ellington) 晩年のフラナガンは、自分が子供時代に親しんだBeBop以前の楽曲を精力的に開拓していた。ひょっとしたら、自分のブラック・ミュージックの道筋をさかのぼるつもりだったのかもしれない。その意味で、エリントン楽団初期、禁酒法時代(’27)の代表曲〈ブラック&タン・ファンタジー(黒と茶の幻想)〉は非常に重要なナンバーだ。 フラナガンが最後にOverSeasを訪問したとき、寺井が演奏すると、珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。