大阪は昨夜もバケツをひっくり返したような豪雨が降り、傘を指せどびしょ濡れになって来られたお客様も。ありがとうございます!
おかげで、しばしば”エコーズ”で自然発生するアドリブのお題は『雨』となり、笑いと涙を引き出す”エコーズ”ならではの演奏が聴けました。
この夜、一番好評だったのは、やはり”エコーズ”十八番“I Loves You Porgy”(I Wants to Stay Here)。二人のプレイを、来日時に立ち寄った名ベーシスト、アール・メイ(2008年没)が聴いて、「ぜひレコーディングしておくべきだ!」と強く薦めてくれなければ、エコーズのCDも生まれていなかったかもしれません。
繰り返し演奏しても、手垢のつかない情感がある”エコーズ”の“I Loves You Porgy”は凄いな!日曜セミナーのおかげなのか、演奏後に『ポーギー&ベス』やこの曲の由来など、鷲見さんが質問攻めに合っていたので、『ポーギー&ベス』のことを少し書いておきたくなりました。
<フォーク・オペラ『ポーギー&ベス』>
<ポーギー&ベス>は元来、オール黒人キャストの『フォーク・オペラ』と呼ばれる形式のアメリカ的オペラでした。ご存知のように作曲はジョージ・ガーシュイン、原作、台本はデュボース・へイワード、作詞はへイワードと、ジョージの兄、アイラ・ガーシュインが担当。1935年に初演された時は興行的にはパッとしませんでしたが、’52にミュージカルとしてリバイバルし、ヨーロッパで好評を博したのが幸いし、ブロードウェイでもヒットしています。
映画『Porgy and Bess』(’59)のスチール写真、中央がドロシー・ダンドリッジ演ずるベス。左はスポーティン・ライフ役のサミー・デイヴィスJr.
物語の舞台であるサウス・キャロライナ州の漁村チャールストンで綿密な取材を行い、ジャズやブルース、ガーシュインのルーツであるユダヤ音楽の哀愁を取り入れた音楽はガーシュインが自らの最高傑作と呼んでいますが、アメリカがこの作品をオペラとして評価するのは’70年代になってからのことでした。
<あらすじ>
舞台は、’30年頃のアメリカ南部、サウス・キャロライナ州の漁師町、季節は夏、船着き場で漁師の妻クララが赤ん坊を抱きながら歌う “Summertime”から物語が始まります。
町のナマズ横町(Catfish Row)に賭場があり、仕事が終わった住人はサイコロ賭博に夢中。そこにいるのが足の不自由な乞食のポーギーです。賭場に荒くれ者のクラウンが情婦のベスをつれてやって来る。ヤクの売人スポーティン・ライフから麻薬とウィスキーを手に入れてギャンブルを始めますが、負けてカッとしたクラウンは、相手の男を殺し、ベスを置いて逃走。残されたベスはポーギーの家に逃げ込み、危うく追っ手を逃れます。
情婦のベスと、乞食のポーギー、不釣合いに見える二人は、いつの間にか愛し合うようになります。ところがヤクの売人、スポーティン・ライフも、美貌のベスを狙っている。でもベスはもうヤクザ者には興味がありません。ブロードウェイの初演では、キャブ・キャロウエィがジャイブなキャラクターでスポーティン・ライフを演じ、当たり役になりました。
ポーギー&ベスの幸せは長く続きません。住民が近くの小島へピクニックに行くことになり、足の不自由なポーギーは、ベスに一人で楽しんでおいでと優しく送り出します。それが運の尽き、その島でベスは逃げた男のクラウンに再会してしまうのです。クラウンはベスに無理やりキスをして、「お前は俺の女だ!離れられないぞ!」と脅します。
ベスはショックで病気になり、事情を察したポーギーはベスに問いただします。「もうクラウンの所には帰らない。私はポーギーと一緒にいたいの…」その場面でポーギーとベスが歌うのが、あの“I Loves You Porgy”なんです。
ポーギーは、ベスを取り戻そうとうろつくクラウンと対決して彼を殺します。警察に事情聴取されている間に、悪賢いスポーティン・ライフはベスに麻薬を与えて、ポーギーはもう戻ってこないと、言葉巧みにベスに言い寄り、彼女を連れてNY行きの船に乗って逃げてしまうのです。
警察から放免されたポーギーはベスにドレスを買って意気揚々と戻ってきますが、家はもぬけのから。ポーギーはベスの逃避行を知ると、ヤギに引かせた小さな台車に乗り、ベスを取り戻すため町を旅立っていくシーンで物語は幕を閉じます。
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映画やオペラで多少ストーリーは違っていますが、婀娜(あだ)な男や女ばかりの刃傷沙汰は、どこか江戸時代の歌舞伎と似てる。
初演当時、貧しい黒人社会を舞台に、単純な嘘が悲劇を招くという、白人が創作したストーリーは『人種差別的』だと、黒人サイドから大きな批判を受けたそうです。
デューク・エリントンは「顔に炭を塗りつけたようなわざとらしい黒人の姿は、虚偽のものだ!」と猛然とガーシュインを非難しました。また各地の黒人俳優組合も、激しい拒否反応を示したそうです。公民権運動以前の時代、黒人の立場だったら確かに憤懣やるかたない思いがあっても当然かもしれませんね。アパルトヘイト時代の南アフリカでは、抗議運動の一環として「ポーギー&ベス」をオール白人キャストで公演する企画が持ち上がり、ガーシュイン財団から待ったがかかったというゴタゴタもあったそうです。時代が大きく変わり、黒人の大統領がアメリカをリードする現在の方が、素直にこの物語を楽しめるかも…。
“I Loves You Porgy”は、オペラの中で、”I Wants to Stay Here”とタイトルを替えて2度登場するアリアです。この曲以外にも、『ポーギー&ベス』には、前述の”Summertime”や、”Bess, You Is My Woman, Now”(『白熱』/Tommy Flanagan Trio)”や、”It Ain’t Necessarily So(そうとは限らない)”それに沢山の「物売り」の歌など、忘れがたい曲が一杯。
ジョージ・ムラーツとサー・ローランド・ハナの『Porgy & Bess』や、サラ・ヴォーンの『ガーシュイン・ライブ!』など色んなポーギーやベスたちを聴いてみれば、さらにエコーズを楽しめるかも。
私が”I Loves You Porgy”を初めて聴いたのは、高校時代自分のお小遣いで初めて買ったジャズのレコード、ビリー・ホリディのデッカ盤、“Lover Man”でした。その頃は英語もそんなに判りませんでしたが、何ともいえないビリー・ホリディの節回しに、いい女だけどカタギじゃないな・・きっとねんごろになった男に歌ってるんだ!と妙にマセた納得をしたのを覚えてます。
I Loves You Porgy
Ira and George Gershwin
=Bess=
ずっとここにいたいの、
でも私はそんな値打ちのない女。
まともなあんたにはわからない。
あいつに会ったらもう終わり、
私は丸め込まれちゃう。
あいつはきっと舞い戻り、
私を捕えにやって来る。
そうなりゃ私は死んだも同然、
心の深いところで死んでしまう。
でも、あいつが迎えに来たら、
行かないわけにはいかないの。
=Porgy=
もしクラウンがいなければ、
もしお前と俺しかいなければどうだい?
=Bess=
愛してる、ポーギー、
連れていかれないよう守ってね。
あいつが私を狂わせないようにしてよ。
あんたがしっかり守ってくれりゃ、
ずっと一緒にいれるのに、
それなら嬉しいことだけど
・・・
エコーズのプレイを聴いていると、寺井のピアノからは、『傷だらけの天使』みたいなベスの表情が、鷲見和広さんのベースからは、『あいつを消して』と囁くファム・ファタルな女の情念が聴こえ、ぞくぞくするような色気を感じますよ。
エコーズは毎週水曜日!ぜひ一度どうぞ!
明日は皆が知ってるジャズのスタンダードでお腹一杯楽しめる鉄人デュオ!
私は加茂なすグラタンを仕込んでおきます。
CU