7月にOverSeasで聴ける名曲に、“Star-Crossed Lovers”(不幸な星めぐりで、添い遂げることの出来ない恋人達)という、何とも美しいバラードがあります。
日本人のピアニスト、寺井尚之は、星に阻まれた恋を「七夕」にしか会うことの出来ない姫、彦星に見立て、天の川のように瞬く幻想的なサウンドに乗せて聴かせてくれます。
<Such Sweet Thunder>
“Star-Crossed Lovers”は、今は昔、エリザベス朝時代に出来たせつない言葉。かのシェイクスピアが、戯曲『ロメオとジュリエット』で生んだ造語です。
400年後、デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンのコンビは、カナダの”シェイクスピア祭”の依頼で、“Such Sweet Thunder”というシェイクスピア組曲を作った。それは、マクベスやハムレットなど、シェイクスピアの作品にまつわる12曲から成るもので、もちろん“Star-Crossed Lovers”は、『ロメオとジュリエット』に因んだ曲。
組曲のタイトル・チューン、”Such Sweet Thunder”(かくも甘美なる雷鳴)は、”真夏の夜の夢”のセリフですが、「甘美なる雷」とは、エリントン楽団そのもの!この言い得て妙なネーミングはストレイホーンのアイデアかな…
ビリー・ストレイホーンは、バンド・メンバーから”シェイクスピア”とあだ名を付けられる程の、シェイクスピア・オタク。何しろビリーをちゃんと言うとウィリアム!4世紀前のビリー・シェイクスピアが同性に対して謳った哀切なソネットに共感したのかも・・・、ですからこの組曲のオファーに張り切ったのですが、作曲期間はたったの3週間!その間、デューク・エリントンは楽団と共に”バードランド”に出演中で、演奏の合間に曲のデッサンを書きまくる。それを元に、アパートに缶詰になったストレイホーンが、作曲と組曲の体裁を整えるという自転車操業…おまけに別の大プロジェクトを同時進行させていて、到底締め切りに間に合わない絶体絶命でした。そこで、前に作っていた“Pretty Girl”というタイトルのバラードを、”Star-Crossed Lovers”と改題して使いまわした。
組曲録音中のエリントンとストレイホーン
料亭の「使いまわし」はバッシングにあうけれど、このリサイクルは大成功!キーは D♭メジャー、A(8)-B(4)-C(4)-D(6)、計22小節という優雅な変則小節で奥行きを感じさせ、色気と品格を併せ持つこの作品には、”プリティ・ガール”より”Star-Crossed Lovers”の方がずっとぴったりすると思いませんか?
<村上春樹『国境の南、太陽の西』>
この曲は、日本を代表する文学者、村上春樹のお気に入りでもある。所謂スタンダード曲ではないから、ジャズファンよりハルキストの方がよく知っている曲かもしれませんね。「偶然の旅人」に先んじて、’90年代初めに書いた長編、『国境の南、太陽の西』には色んな曲が登場するけど、テーマ・ソングのように、全編、エリントン楽団の”Star-Crossed Lovers”が聴こえている。というより、作者がジョニー・ホッジスのプレイそのままに、一編の長編小説を作ってみたような印象さえ受けます。
読んだことのない方に簡単にストーリーを説明しておきますね。
1951年という時代には稀な一人っ子として生まれ、何となく屈折した思いを持つハジメという名前の「僕」は、小学生の時、やっぱり一人っ子で、足の不自由な女の子、「島本さん」と出会い、唯一心を通わせるのだけれど、中学に入ると別れ別れになり、別々の人生を歩む。
次に交際したガールフレンドは「イズミ」で気立ての良い魅力的な女の子だったが、「僕」は彼女の従姉妹と同時に肉体関係を持ち、「イズミ」をひどく傷つけてしまう。誰と交際しても、「島本さん」のようには、心を通わせることが出来ない。
30代で「僕」はやっと結婚をし、子供をもうけ、都心の洒落たジャズ・バーのオーナーとして、適当に浮気もしながら、裕福な生活を送っている。
「僕」が経営する店に赴くと、必ずハウス・ピアニストは、彼のお気に入りの曲、”Star-Crossed Lovers”を演奏するのです。そんな彼の店、”ロビンズ・ネスト”に、「島本さん」が不意に訪ねてくる。美しい大人の女性に成長した彼女も同じように、ずっと自分のことを思い続けていたのだ。
「島本さん」は私生活を明かさず、彼の店に通い詰めたかと思えば、数ヶ月姿をくらまし消息を絶ってしまう魔性の女、まるで星の巡行のように、数ヶ月単位で近づいたり離れたりするのです。「僕」は、そんな彼女に、どうしようもなくのめりこみ、とうとう箱根の別荘で一夜を過ごす。「気持ち」だけでなく「肉体」も結ばれるのです。
思いを遂げて幸せになったと思えばさにあらず….
全てを投げ打って、島本さんと人生を再出発しようとする「僕」とは逆に、島本さんは「僕」と心中することを決意していた。「僕」と死ねなかった彼女は結ばれた翌朝、忽然と姿を消してしまう… そして、何も気づいていないと思っていた「僕」の妻も、夫の恋に気づいていて、自殺を考えていた事を知らされる・・・
「島本さん」を失った「僕」は、映画”カサブランカ”のリックのように、店のピアニストに向かって言う、「もう、スター・クロスト・ラバーズは弾かなくてもいいよ。」…
結局、スター・クロスト・ラバーズは、「僕」と「島本さん」だけでなく、登場人物全員のメタファー(隠喩)で、この物語が、様々な「星」の運行を語ったものだったのだと、読んでから判ります。
ギリシャ哲学の「エロス」の概念のように、神に引き裂かれた自分の分身を求め、過ちを犯しながら、喪失感を抱え彷徨うスター・クロスト・ラバーズ…古典的なテーマを、バブル期の東京を舞台に一気に読ませます。
<リリアン・テリーの歌うStar-Crossed Lovers>
前にも書いたように、トミー・フラナガンは、《Tommy Flanagan Trio, Montreux ’77》や、《Encounter!》で演っているのですが、もう一枚、イタリアのジャズ・シンガー、リリアン・テリーとの共演作でも、フラナガンは息を呑むようなソロ・ルバートを聴かせています。このアルバムは、ピアノの役割が、単に「歌伴」というカテゴリーに納まらないほど大きいんです。歌詞は、原型の<Pretty Girl>にストレイホーンが付けた歌詞を、ほんの少し変えて、とってもうまく歌いました。
アルバムのタイトルは《A Dream Comes True》(Soul Note ’82作)、楽曲や共演者に対する尊敬が伝わる、いい感じの作品です!
Star Crossed Lovers
Billy Strayhorn=Duke Ellington
Lover boy, you with a smile,
Come spend awhile with poor little me.
Lover boy, you standing there,
Won’t you come Share my eternity?
You could make me a glad one I long to be
Instead of a sad one that you see.
Let me live for awhile,
Won’t you give just a smile?
Lover boy, you with the eyes,
Won’t you surprise me some fine day.
愛しい人、どうぞ私に微笑みを、
あなたを想う哀れな私と
しばしの間、ご一緒に、
愛しい人、佇むあなたをただ見つめるだけ、
どうぞ永遠の愛を受け入れて。
あなたなら、幸せな夢を叶えてくれる、
寂しい私を変えられる。
しばらくだけでいいんです、
どうぞ私に生命を与えて。
微笑んでくれるだけでいいのです。
愛しい人よ、その美しい瞳で、
いつの日か、思いがけない喜びを下さいな。
”Star-Crossed Lovers”のメロディを胸の中に鳴らしながら、私は、店からの帰り道、夏の夜空を眺める。
小説を読むのもよし、エリントン楽団や、トミー・フラナガン、色々聴くのもいいけれど、私はやっぱりOverSeasで7月に聴くのが好き!
『国境の南、太陽の西』に出てくる”ロビンズ・ネスト”みたいな、一流のバーテンダーはいないし、アルマーニのネクタイを締めたハンサムなオーナーもいないけど、プレイはずっとうちの方がいいと確信しています!
そんなStar Crossed Lovers…寺井尚之Mainstem(宮本在浩-bass 菅一平-drums)の出演は7月19日(土)と26日(土)、ぜひ聴いてみて!
CU