名盤と男はジャケットより中身
トミー・フラナガンは来日中、大阪ステイの機会があると、ブランチから仕事に出る夕方まで、OverSeasでゆっくり寺井尚之と過ごすことがありました。そんな時はレコードを一緒に聴きながら、今ジャズ講座で話している原型のようなことを、演奏していた本人に講釈するので、トミーは、たいそう面白がって聞いていたものです。
例えば、フランク・ウエス(ts.fl)と録音した『Moodsville-8』(写真①)のBut Beautufulがかかっていると、こんな具合…
寺井:「このBut Beautifulのこのイントロは、もうジャズ史上最高のイントロですわ!」
師匠:「なんでや?こんなん普通のイントロやないか? ハンク・ジョーンズでも誰でも出来るやろう。」
寺井:「いいえ、出来ません!綺麗なゆったりした流れるようなルバートから、最後の瞬間にさりげなくきちっとイン・テンポにしてフランク・ウエスに渡すでしょう?こんな自然で美しいイントロを、他に誰ができますか?Huh?・・・」
師匠:「…ふーん…そうかな? まあ、そりゃよかった・・ザッツ・グッド」
そして、”あー、こんな奴の話に付き合ってられんなー”みたいに、斜め30゜を見上げ、どこ吹く風の素振りです。でも、この会話の直後、フラナガンはジャズパー賞(デンマークで’90年から始まったジャズのノーベル賞みたいな賞)受賞記念CD、 『Flanagan’s Shenanigans』(“フラナガンズ・シェナニガンズ”写真②)で、この曲を録音し、寺井や私をあっと驚かせました。
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① ②
ある午後、『Overseas』の“Willow Weep for Me”が流れて来ると、トミーは寺井にこう言いました。
「アート・テイタムのこれは、本当に凄かったぞ。お前もアート・テイタムを聴いて勉強せにゃならんな。」
「何言うてはりますのん?このトミーのWillow Weep for Meの方がずっといいじゃないですか!」
「何言うとんねん、お前、テイタム聴いたことあるんか?」
「もちろん、レコードは持ってます。でも…」
「アート・テイタム以上のピアニストはおらん!もっと聴いてみろ! 第一、お前は生のテイタムを聴いたことあんのか? Huh!? (あるわけない…)
わしは若い時はずーっとテイタムを一生懸命聴いて来たんや!
もっとちゃんと勉強せい!」
アート・テイタム(1909-56)はフラナガンだけでなくサー・ローランド・ハナ、ウォルター・ノリスなど、OverSeasゆかりの全てのピアニスト達の崇拝の的。
最初は柔らかな語調が、最後にはフォルテッシモ、トミーは議論になると、ピアノ同様にダイナミクスが物凄かった。そして、あの大きな瞳の迫力…でもこの一言が、後に、寺井尚之のプレイを大きくしたと言えます。現在、寺井は演奏前には必ずと言ってよいほどアート・テイタムを聴いています。
このレコードは未発表テイクの入ったコンプリート盤だったので、次に、“Dalarna”のtake2が流れて来ると、トミーが眉をひそめました。
「これはなんや?」
「オルタネイトが入ってるコンプリートCDです。」
「どこのレコード会社や? わしには何の断りもなかったぞ。こんなもんくっつけて出して何が面白い?何の意味もないわい!Nonsence!ナーンセンス!」
フラナガンが怒ったのも無理はありません。Overseasは、決してツアー中のバイトとして場当たりに録音したアルバムではなく、入念にレパートリーを選び、キーや構成を考え抜いて丹精込めて作ったものなんですから。
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ジャズ講座では、名コメンテイター、G先生との対話を通して、これまでEP、LP、CDと、様々な形でリリースされて来た様々な『Overseas』を検証しました。その過程で、現在市販されているCDで「別テイク」としておまけについている全トラックが、マスター・テイクと同一であるという、驚愕の事実が明らかになります。今のジャズファンが入手できる唯一の『Overseas』がこれでは困ったものです。
さらに、現在廃盤のDIW盤の「真正」別テイクを聴き、マスター・テイクとの違いや、そこに潜む深い意味などを勉強できました。講座なら別テイクも有益です。
当店の常連様でもある、ヨコハマ・ピープル(フラナガン夫妻はこう呼ぶ)「トミー・フラナガン愛好会」のHPに、『OverSeas』の詳細な聴き比べデータが掲載されているので、どうぞご一読を!
OVERSEASは有名盤だけあり、WEB上でも数え切れないほどのサイトやブログで言及されていますね。
何故か、色々あるジャケットについての論議が多い。現在市販されている、オヤジギャグっぽいC並びのジャケットはおおむね好評みたい。でも上に書いたような、別テイクのエラーは、ジャケットに免じてなのか、殆んど見過ごされている。
肝心の内容については、『普段“サイドマン”のトミー・フラナガンが、思わず、エルヴィン・ジョーンズのパワーに煽られて…』とか『主役の器でないフラナガンが、エルヴィンに主役をバトンタッチして成功したアルバム』という意見があるようですが、それは全くあり得ません。先ず第一に、フラナガンは終生、自分を『サイドマン専門』とは思っていなかった。繰り返して言いますが、決して思っていません。それどころか、「私は良い伴奏者じゃなかった。伴奏の専門家には普通のピアニストととは全く違う技術が必要なんだ。良い伴奏者というのは、エリス・ラーキンスやジミー・ジョーンズの事を言う。あるいは、ホーンのバッキングならバド・パウエルが誰よりもすごい。」とよく言ってました。
(寺井が「エラの伴奏をしているトミーの方がずっと上や。」と言い返すと、「お前生でジミー・ジョーンズが伴奏するサラ・ヴォーンを聴いたことあるんか?」と突っ込み返されていました。)
このあたりは、今後のジャズ講座でどんどん明らかになるでしょう。
ドラムのエルヴィン・ジョーンズとは、二人の高校時代からずっと共演している間柄で、親友同士でもあります。高校時代、ポンティアックのジョーンズ家の自宅では、しょっちゅうジャムセッションをわいわいとやっていて、フラナガンやケニー・バレル達はデトロイトから車を飛ばして参戦していました。フラナガンによれば、その頃から彼のドラムスタイルは全く同じであったそうです。『OVERSEAS』録音以前’57年には、グリニッジ・ヴィレッジのカフェ・ボヘミアだけでも、2月と5月に、J.J.ジョンソン5で、のべ2週間共演しています。ですから、“あのパワー、あのスピード”は、トミーにとって最も耳慣れた演り易いものであったはず。トミー・フラナガンがエルヴィンの迫力に圧倒されるなんて、絶対ありえないことなのです。
1956年、トミー・フラナガンがNYに出てきて僅か数週間で名店バードランドにバド・パウエルの代役として出演できたのは、一足早くこちらでパウエルの共演者として活躍していたエルヴィンの推薦だった。
フラナガン弱冠27歳の名演『OVERSEAS』は、確かに当時のトミー・フラナガン音楽の集大成、文句なしの名盤だけど、お楽しみはこれからだよ。
オーバーシーズに通い始めたころはフラナガンと寺井さんの違うところばかり耳に入れてしまいましたがその後同じところが耳に入り、そして今はフラナガンなのか寺井さんなのかわからなくなっていることが多くなってます。私たちは進歩しているのかと話してます。
館長さま、横で寺井尚之が「本質が判ったということや」と、つぶやいてます。
また近々OverSeasで聴き比べてみてくださいね。
楽しみにしてます。