寺井珠重の対訳ノート(5)

淑女の一分(いちぶん):Miss Otis Regrets (Cole Porter)

 最近のOverSeasのライブは、とっても充実していて、一昨日は、各方面で引っ張りだこ、長年OverSeasで根強い人気を持つベーシスト、鷲見和広さんの41歳のバースデイ・ライブで、大変充実した演奏が聴けました。(彼は20代初めからOverSeasで寺井とプレイして、フラナガンやムラーツにも注目されていたし、ピアノの巨匠ウォルター・ノリスとも共演した。)
 OverSeaでは、3月末に寺井尚之フラナガニアトリオにより、トミー・フラナガンへのトリビュート・コンサートも控えているし、のんびりできない日々です。
 店を開けてお客様をお迎えするまでは、仕込みや掃除に加え、来週、3月8日のジャズ講座のために、エラ・フィッツジェラルド屈指のライブ盤、『Newport Jazz Festival: Live at Carnegie Hall』の対訳作りで、楽しい悲鳴をあげています。
 でも、自分が作った日本語を読みながら、エラの天才を楽しんでもらえるってスゴい!すごく光栄です。
 
 日曜になると、対訳を使う寺井尚之と近所の喫茶店で進捗状況の報告会。「(私)あの歌、エラはなぜチョイスしたんやろ?」「(私)この歌、この間のサンタモニカ・シヴィックのヴァージョンと歌詞全部変わってるねん、よういわんわ…(私)」「(寺井)この曲は、えらい変則小節や… あのナンバーでドジ踏んどる奴がおるねん…(寺井尚之)」などと、詳細なミーティング(?)を行うのが又楽しい。
 
 今回のテーマ、コール・ポーターが作った、ちょっと風変わりな歌、Miss Otis Regrets も、勿論このコンサートの収録曲。かつてElla Fitzgerald Sings The Cole Porter Songbook(’56)でもピアノとデュオで歌っているのだけれど、言うまでもなく17年後のエラの歌作りは、トミー・フラナガンの力も手伝って、何倍もスケールアップしている。
 
 昔から、なんか気になる歌だった。
 ミス・オーティスと昼食を共にするために訪問した貴婦人に、屋敷の執事が”マダム”と何度も呼びかけながら、女主人を襲った悲劇を徐々に伝えるドラマ仕立て。ビリー・ワイルダーの傑作古典映画「サンセット大通り」を想起させるコワさがあります。
porter-cole21.jpg コール・ポーター(1891~1964)
 
 下の歌詞は、講座用に製作中のものを一部出しました。完成版は来週のジャズ講座でゆっくりご覧ください!
Miss Otis Regrets 詞曲 コール・ポーター


Miss Otis regrets,

  she’s unable to lunch today, madam,

Miss Otis regrets, she’s unable to lunch today.

She is sorry to be delayed,

But last evening down in Lover’s Lane

     she strayed, madam,

Miss Otis regrets, she’s unable to lunch today.



When she woke up and found that her dream

 of love was gone, madam,

She ran to the man who had led her so far astray,

And from under her velvet gown,

She drew a gun and shot her lover down, madam,

Miss Otis regrets, she’s unable to lunch today.



When the mob came and got her

and dragged her from the jail, madam,

They strung her upon the old willow

across the way, far away

And the moment before she died,

She lifted up her lovely head and cried, madam

"Miss Otis regrets, she’s unable to lunch today."

残念なことに、ミス・オーティスは、

本日のお昼をご一緒できません、奥様、

お約束を延期にし、申し訳わけないと

申しております、奥様、

実は、あの方は、昨日の夕方、

恋人の小道で道に迷いました、奥様、

残念ですが、ミス・オーティスは、本日、お昼をご一緒できません。



あの方は、うたかたの夢から目覚め、

恋の終わりに気づかれました、奥様、

そして、自分を絶望させた相手に駆け寄り、

ベルヴットのドレスの下に隠した拳銃で、

恋人を撃ったのです。

ミス・オーティスは、残念なことに

本日のお昼をご一緒できなくなりました。



荒れ狂った群集が

あの方を留置場から引きずり出し、

道のずっと向こうの

あの柳の木に吊るしました、

息絶えるその時、あの方は美しいお顔を上げ、

泣きながらおっしゃいました。

「残念ながら、ミス・オーティスは、

今日のお昼をご一緒できない。」と…



 平明な言葉ばかりで、和訳がなくとも、なんとなく判るでしょう? 瀟洒なお屋敷のロビーで、使用人が穏やかな口調でマダムに語りかけます。ラストの断末魔で、昼食が出来ないことを詫びる顛末は、演劇的に過ぎて…色々揶揄する向きもあるけれど、エラが歌うと、ストーリーを損なわずに、全く自然に聴こえてしまう。
 恋に破れた淑女、ミス・オーティスは恋人を撃ち殺す。純潔を汚された淑女の一分(いちぶん)だ。寺井尚之の大好きな曲、Poor Butterflyで、帰らぬ男性を待ち続け最後に自害する蝶々夫人の悲劇が日本の淑女の一分なら、ミス・オーティスは西洋のカウンターパートだ。女性が男性を殺すと、その逆よりも、ずっと大罪だったその昔、それを知った土地の民衆が暴徒と化し、留置場のミス・オーティスを引きずり出し、町外れの柳の木に吊るして処刑しようとする。ミス・オーティスは息絶える前に、凛と顔を上げてこう言う。「残念だけど、今日の昼食は出来ないの。」
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 この歌は「西部」の感じがすると言う書物もあるけれど、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが着るグリーンのベルベット・ガウンや、「奇妙な果実」のリンチの歌で育った私には、どうもウエスタンの『ハイヨー・シルヴァー!」の世界と言うよりは、「南部」の感じがする。
 
『コール・ポーター・ソングブック』のライナー・ノートによれば、ポーターがレストランで食事をしているとき、他のテーブルから聞えて来たウエイターの応対にピンと来て書いた曲だと言われている。
 「恐れ入りますが、ミス○○はランチにお越しになれないそうです、マダム。」の一言から、こんな刃傷沙汰(にんじょうざた)を連想するコール・ポーターは、第一次大戦中に徴兵を逃れ、パリでジャズエイジに享楽の日々を送った。 自分の生活態度は、アメリカの地方に行けば処刑に値するのではないかという、潜在的な自覚があったのだろうか?
 また、この曲は、ポーターのパリ時代に親交深かったエンタテイナー、ダンサー、シンガー、クラブ・ママでパリ社交界の華と呼ばれたアダ・ブリックトップがショウで歌う為に書かれた。
 
 昨年の秋、英国のTVドラマ、<ミス・マープル:アガサ・クリスティー>の「バートラム・ホテルにて」というエピソードの冒頭シーンに、この歌詞が使われて少し話題になった。1960年代のロンドンで、30年代のエドワード朝時代の懐古的な雰囲気で人気のホテルを舞台にした、おなじみのミステリーなのだけど、ホテルのフロント係りが、電話口で「恐れ入りますが、ミス・オーティスは本日、昼食にお越しになれません。」と話すことで、そんな時代がかったムードを表現したのだった。イギリス人らしいウィットですね!
 この曲本来の姿を探し、「最高のコール・ポーターの歌い手」と賞賛されるボビー・ショートのヴァージョンを聴くととても参考になりました。
 カーネギー・ホールでのエラの歌唱は、おそらくコール・ポーター自身も想像しなかったほど高潔だ。
 「ちょっとソフトな歌を…」と前置きしてから”Miss Otis regrets…” と歌い出すと大拍手が沸く。それほど有名スタンダードではないはずなのだけど、通の多いNYの土地柄を表しているのだろうか?
 エラは、高貴で堂々としていて、決して執事にも女中頭のようにも聴こえない。彼女がベルベットのガウン…と歌うとき、そのドレスの色は、「風と共に去りぬ」のグリーンではなく、深いブルー以外にはないと思えてしまう。私にはMiss Otisの悲劇を語るエラ・フィッツジェラルドは、女中の姿に身を変えたミス・オーティス自身の幻のように聴こえてならないのです。
 寺井尚之のジャズ講座:『Newport Jazz Festival: Live at Carnegie Hall』は3月8日、来週土曜日、お近くの方はぜひどうぞ! 遠くの方はジャズ講座の本で!
 
 CU

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