先週のThe Mainstemライブ、楽しかったですね!
The Mainstemの演奏プログラムは「季節感溢れる懐石料理」と宣言する寺井尚之が、あの夜「先付け」=オープニングに選んだのがTenderlyでした。
Tenderlyはサラ・ヴォーン(vo)ファンにとっても極めつけの名演目、在りし日のサラのコンサートは、私も毎年必ず見に行っていました。サラはコカインを常用しているという噂で、ものすごい汗かき、バスタオルでも首に巻いとけばいいのに、ピアノの中にクリネックスの箱を置いて「スポットライトが熱すぎる」とかブーブー文句を言いながら、汗をぬぐったティッシュを丸めて、ピアノの中にポイポイ…でも、Tenderlyを歌いだすと、見た目と裏腹に、魔法のそよ風が吹いてきた。
整形して美人歌手として売り出した「ミュージックラフト」時代のサラ・ヴォーン
作曲ウォルター・グロス、作詞ジャック・ローレンス、いわゆる「歌モノ」と呼ばれるスタンダードの出所は、大部分が映画やミュージカルですが、Tenderlyは最初からポップ・ソング、初演したのが芳紀22歳のサラ・ヴォーン、この歌が彼女の初ヒットとなりました。
The Mainstemのライブの後、深夜にWebで作詞者ジャック・ローレンスのサイトを発見、そこでTenderlyにまつわる秘話も発見、作詞家自身が書いた逸話から、「曲」が「歌」に変わるとき、作曲家は複雑な心境になるんだと知って面白かった。要約するとこんなことが書いてありました。
ジャック・ローレンス(1912-2001)はロシア系ユダヤ人、長期にわたって活躍した作詞家、”Tenderly”の他、”All or Nothing at All”や、映画のタイトルにもなった“Beyond the Sea“も彼の詞、本業のほかブロードウェイのプロデューサー、劇場主としても手腕を発揮した。
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1946年のある日、私(Jack Lawrence)は、NYの音楽出版社でハリウッド時代の旧友、歌手のマーガレット・ホワイティング、マギーと久しぶりに再会した。
ひとしきり昔話をした後で、マギーは「ウォルター・グロスを知ってる?」と私に尋ねた。個人的には知らないが、優れたピアニストだという噂は聞いていた。彼はミュージクラフト”という小さなレコード会社の音楽監督としても仕事をしていた。
「ウォルターが物凄く良い曲を書いたのだけど、良い歌詞に恵まれなくて困ってるのよ。あなたならきっと書けると思うの。」そう言うなり、彼女はウォルターに電話をして、私を彼のオフィスに同行した。
マーガレット・ホワイティングの父は作曲家のリチャード・ホワイティング、天才歌手としてこどもの時から芸能界で活躍しており、アート・テイタムなど知己多し。
”ミュージクラフト”の事務所は歩いて行ける場所だった。マギーはウォルターに、例のメロディをピアノで弾いてと言い、私はたちまちその曲に惚れ込んでしまった。「歌詞を書くから譜面が欲しい」と頼むと、ウォルターは、しぶしぶといった様子で走り書きした五線紙を私にくれた。その時の彼の顔といったら、まるで体の一番大切な部分ををもぎ取られるようだったよ。
そのメロディは私の頭にこびりついて離れなかった。滅多にそんなことはないのだが、自分の中で歌詞が勝手に出来上がって行くような感じだった。私はたった2-3日で、Tenderlyという題名も歌詞も一気に仕上げた。それで非常に興奮していたが、ウォルター・グロスに報告するのは、しばらく我慢することにした。何故なら、すぐに出来たと言えば、きっと”やっつけ仕事”だと思われ、断られるに決まっているからだ。
ウォルター・グロス(1909-67) ピアニストとしても有名、変人作曲家アレック・ワイルダーのお気に入りだ。
結局、10日間我慢した後、私はおもむろにグロスに電話した。そして今までの興奮をありったけ声に込めて言ったんだ。
「ウォルター、出来たよ!」
しばらく沈黙があり、彼は尋ねた。「題名は?」
「”Tenderly”だよ!」テンダリー♪ 私はあのメロディを受話器で口ずさんだ。
すると、さっきより長い沈黙が流れ、ウォルターは吐き捨てるようにこう言った。
「“Tenderly”?!そんなの歌の題名じゃないよ!“Tenderly”なんて、譜面の上のほうに書く注釈じゃないか!”Play tenderly (優しく情感豊かに演奏せよ)”ってな。 」 明らかに、私の歌詞は、その時点でボツにされたのだ。郵送するから、歌詞を読んでもう一度考えて欲しいと頼んで、その時は電話を切った。
何ヶ月経っても、ウォルター・グロスからは何の連絡もなかった。やがて、あの曲に挑戦した作詞家が大勢いたこと、全ての歌詞がボツにされたこともわかった。
きっとあの曲は、ウォルターにとって「一番可愛いこども」だったんだ。どんな作詞家とも「こども」を共有したくないんだ…私はそう思った。
だがその頃、私の書いた”Linda”という曲が大ヒットしていたので、Tenderlyを売り込む機会に恵まれていた。ある大手出版社の社長が、「これはいい!」と気に入ってくれて、すったもんだの末に出版することになったのだ。
サラ・ヴォーンの初レコーディングをきっかけに、じわじわと曲の人気が上がり、Tenderlyは沢山のミュージシャンが取り上げるジャズ・スタンダードになっていった。
思い出すのは、ウォルター・グロスがピアノで出演していたイーストサイドのクラブに立ち寄った夜のことだ。店は超満員でウォルターが登場すると、お客が口々に”Tenderlyを演ってくれ!”と声をかけた。ウォルターがリクエストに対して一礼した時、私はバーから手を振った。だが、彼は見ないふりをして、無視したよ。ヒットしても、彼の一番好きなメロディを他人と分け合うのが余程いやだったのだろう。…
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結局、ローレンスとグロスにとっては、マイナーレーベルのサラ・ヴォーンのささやかなヒットよりも、大スター、ローズマリー・クルーニー(今では「オーシャンズ12」のジョージ・クルーニーの叔母さんとしての方が有名?)が、メジャー・レーベル、コロンビアレコードから飛ばしたミリオン・セラーの方がずっと大きな意味があったのでしょうが、私にとっては、The Mainstemの軽快な演奏解釈や、まるで和音のように響くサラ・ヴォーンの歌が無比なんです。以前の生徒会講座でも、サー・ローランド・ハナがバックで聴かせるアルバム、『Soft and Sassy』の名唱を聴きましたよね。
最愛のメロディに渋々歌詞を受け容れたウォルター・グロス、箱入り娘を嫁にやる心境だったのかな? でも、彼の作品のうちで、現在もスタンダード曲として演奏されているのはTenderlyだけ、曲の運命というのはわからないものですね。
Tenderly
Jack Lawrence/ Walter Gross
The evening breeze
Caressed the trees
Tenderly.
The trembling trees
Embraced the breeze
Tenderly.
Then you and I
Came wandering by
And lost in a sigh
Were we.
The shore was kissed
By sea and mist
Tenderly.
I can’t forget
How two hearts met
Breathlessly.
Your arms opened wide
And closed me inside-
You took my lips,
You took my love
So tenderly.
夕暮れのそよ風は、
木々を撫でた、
優しくね。
そよぐ木立は
そよ風にキスをした、
優しくね。
ちょうどそこに、
あなたと私が通りがかり、
ため息の中
夢中で我を忘れたの。
砂浜は
大波小波にキスされた、
優しくね。
二人の心が触れ合って
息が止まりそうだったあのときを、
どうしても忘れられないの。
あなたは腕を大きく開き、
私を包み込んでくれた、
そして私のくちびるも、
私の愛も奪ったの、
とても優しくね。
明日は色んなスタンダード曲が楽しめる鉄人デュオ!ピアノは寺井尚之、ベースは中嶋明彦(b)でお送りします。
私は、おいしいチキン・ローストやトマトソースを仕込んで待ってます!
CU