(p) Tommy Flanagan
(b) Jesper Lundgaard
(ds)Lewis Nash
’93 4/4 録音 (Enja)
大阪も凄い雨です。皆様のところは大丈夫ですか?先日は「トミー・フラナガンの足跡を辿る」『Let’s』講座に沢山お越しいただきありがとうございました!プロジェクターも発起人ダラーナ氏のおかげで、新しいものになって心機一転!北海道からグリーン・アスパラの差し入れもいただき、心もお腹もおいしい講座になって、とても嬉しかったです!
トミー・フラナガンが自分で録音費用を払って制作した思い入れのあるサド・ジョーンズ曲集『Let’s』(正確には”Let’s” Play the Music of Thad Jones)、気品と威厳と疾走感、ユーモア、ブルースの心…ピアノ・トリオによるデトロイト・ハードバップの理想型といえるかも知れません。これっきりになるのが名残惜しい。サド・ジョーンズ作品は曲説が少ないので書いて置きたいと思います。
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1.Let’s レッツ
タイトル・チューンのLet’sは、ブルーノート盤『The Magnificent Thad Jones Vol.3』(’57)でフラナガンが共演したのが最初、月日は流れ、’90年代にフラナガン・トリオがライブで頻繁に演奏し、やんやの喝采を浴びていた十八番です。通常のAABA形式(32小節)に、あっと驚くファンファーレのようなインタールード(16小節)がついているのがお楽しみ!手に汗握って最後までドキドキしながら聴いてしまいます。
2.Mean What You Say ミーン・ホワット・ユー・セイ
ルイス・ナッシュのドラム・ソロがタップダンスのように楽しい!なかなか鼻歌にはならないLet’sと対照的に、犬と散歩しながら歌える。”Mean What You Say”はサド・ジョーンズの口癖、「相手にはっきり判るように言え」ってこと。多分プレイヤー達を鼓舞する言葉たったんでしょうね。サドメルOrch.創設時、楽団でも演奏し、楽団員ペッパー・アダムスとの双頭アルバム『Pepper Adams-Thad Jones Quintet』(’66)にも録音しています。
この作品は、ほぼ同時期に録音されたハンク・ジョーンズ3のサド・ジョーンズ集『Upon Reflection』と重複しています。サドメルで録音した時のピアニストがハンクさんでした。
ちなみに寺井尚之は、鷲見和広(b)とのデュオ、『エコーズ』に収録。印象的な左手のオブリガードは、ハンク・ジョーンズ盤でジョージ・ムラーツ(b)が使ったラインです。
3.To You トゥ・ユー
トミー・フラナガンは「サドのバラードは完成度が高くアドリブする必要がない。」とコメントしていましたが、これは気品ある賛美歌のようです。ベイシー楽団時代の作品であり、ベイシー+エリントン二大楽団夢の共演盤『First Time』に収録されています。最近の講座ではマンハッタン・トランスファーのものも聴きました。最初のフレーズは歌詞がなくても”To You”にしか聴こえない。澄み切ったハーモニー、ピアノトリオでもビッグバンドに負けない厚みのあるサウンドに清められるような気がします。
4.Bird Song バード・ソング
チャーリー・パーカーではなく、小鳥がビバップ・フレーズをさえずるとこんな風になるのかと思わせるほど軽やかな曲は、’57年サドが『Mad Sad 』で録音、同年、弟のエルヴィン・ジョーンズ(ds)とフラナガンが参加した名盤、J.J.ジョンソン(tb)の『Dial J.J.5』にも入っていて、ボビー・ジャスパーの一糸乱れぬユニゾンに親しみがあります。本作では、もう少しハードなスインガーで、また違う魅力が感じられます。
5.Scratch スクラッチ
寺井尚之がいつも「めっちゃ難しいわ~」とブルドッグみたいに唸る曲、どこがそんなに難しいのかと尋ねると「なにもかも難しいんやけど、メロディがまず難しい・・・」そうです。トミーは「Easy Song!」と言ってましたけど、反語です。Scratchというのは、「ざっとメモ書きしただけ」という意味だと思いますが、分厚いハーモニーの塊が転がりながらどんどん形を変えて行く、ゆったりしてるのに、スピード感がある不思議な曲です。聴いている方は難しそうに聴こえないので素敵なところ!サド・ジョーンズの初期の名盤『Detroit-New York Junction』に収録されています。
6.Thadrack サドラック
1.Let’s と同じ、『The Magnificent Thad Jones Vol.3』で初演されていますが、おそらくデトロイト時代に作られた作品でしょう。黒人霊歌”Shadrack”をもじったタイトルで、フラナガンは”Shadrack”のフレーズを引用して印象的なヴァージョンに仕立てています。
7.A Child Is Born チャイルド・イズ・ボーン
サド・ジョーンズ作品のうちでも、最も多くのミュージシャンに演奏される美しいバラード。作曲家、文筆家アレック・ワイルダーはサドメルの演奏を聴いて深く感動し、自ら歌詞を書いて献上しました。
ところが、当時サドメルのピアニストであったサー・ローランド・ハナさんが言うには、実はハナさんが作った曲であったのに、サドが勝手に自分の名前にしてしまったということです。ハナさんは憤慨していましたが、演奏を続けるうちに、ハナさんの作品にサド・ジョーンズ音楽の美が融合して、さらに素晴らしい作品になったのかも知れません。
8.Three In One スリー・イン・ワン
元来”Three And One”というタイトルで、ハンク、サド、エルヴィンのジョーンズ兄弟に、同姓でも他人のベーシスト、エディ・ジョーンズが参加したカルテットが、サド・ジョーンズとアイシャム・ジョーンズの作品ばかりを収録したジョーンズずくしのアルバム『 Keepin’ Up With The Joneses 』(’58)で初演された作品です。”Three And One”つまり”三兄弟&他一名”という冗談っぽいタイトルでした。その後、サドメル楽団もよく演奏していました。でも、フラナガンはずっと”Three In One “とタイトルをつけて演奏しています。自分がジョーンズじゃないからかも知れませんね。
9.Quietude クワイエチュード
なんて素敵なタイトルでしょう!ヴィレッジ・ヴァンガードのマンデイ・ナイトで、オープニング・チューンとしてよく演奏さ、繰り返し録音されているから、サドメル・ファンならご存知ですね。元はグレン・ミラーOrch.のナンバーで、バディ・デフランコ(cl)がリーダーをしていた時代に、ジョーンズが依頼されて書いたものです。サド・メルでは、デフランコのクラリネット・パートをサドがコルネットで吹いていました。
10.Zec ゼック
これは、デトロイト時代の作品。トミー・フラナガンにとっても思い出の曲。Zecは”Executive”の略、日本語ならエグゼか・・・。”ブルーバード”のレギュラー・バンドで、サドの「上司」だったビリー・ミッチェル(ts)のために書いた曲、『Detroit-New York Junction』にも収録されています。デトロイトを離れて後、ミッチェルは再びカウント・ベイシー楽団でサドの先輩メンバーでした。
11.Elusive イルーシブ
タイトルどおりまさに「つかみ所のない」ウナギみたいな曲、呆気に取られていると、サド・ジョーンズの高笑いが聴こえてきそう。何とも知れない超モダンなこの作品もデトロイトの”ブルーバード・イン”で頻繁に演奏されていたそうです。サド・ジョーンズはDebut盤『Fabulous』に、デトロイトの盟友かつサドメルのスター奏者ペッパー・アダムス(bs)は名盤『Encounter』に、そして寺井尚之は『エコーズ』に録音しています。色々聞き比べるのもまた楽しいですね。
12.Bitty Ditty ビティ・ディティ
音質が全く異なる日本盤のみ収録のボーナス・トラック。
トミーがこの曲を紹介すると、「ビディディディ」にしか聞こえず呪文みたい。「すごくシンプルな歌」という意味ですが、これまた反語。41小節、奇数の変則サイズはいかにもサド・ジョーンズ!故に実はすごく難しい。だからサド・ジョーンズの作品は、ジャムセッションで愛奏されることもないし知名度が低くB級扱いされるわけですね。ところが聴いていると、楽しくてスイングして難しいなんて思いもしないのが素敵なところ!
マイルズ・デイヴィス(tp)は、ひょっとするとデトロイトに長期滞在中に聴き覚えたのか、『MILES DAVIS AND MILT JACKSON QUINTET – SEXTET』(’55)に収録。でもキーもコードも少し違っているように聞こえます。
トミー・フラナガンはドナルド・バード(tp)+ペッパー・アダムス(bs)の『Motor City Scene』、自己トリオで『Nights At The Vanguard』と計3回録音を残しています。
というわけで、自分の覚書として、古い資料をあれこれ引っ張り出してScratchしてみました。
18日(土)の寺井尚之メインステム・トリオで、サド・ジョーンズの明るく楽しいデトロイト・ハードバップ沢山お聞かせいたしますので、存分にお楽しみください!
CU