<寺井珠重の対訳ノート(12)>
前回のテーマ、“Star Crossed Lovers”では、ご感想や、ストレイホーン作品にまつわる体験談など、いろいろありがとうございました!名曲は、国や時代を超え、聴く者の心を捉えるものなんですね。
「夏の夜空」と言えば、もうひとつ絶対はずせない曲があります。先日、寺井尚之がThe Mainstemで演奏した“Moon and Sand” の事を書かずにはいられない。決して有名スタンダードではないけれど、たった一度聴いただけで、映画の名シーンのように心に余韻が残る。
これは、ロイ・ヘインズ(ds)、ロン・カーター(b)とトミー・フラナガン(p)の組み合わせ『Suger Roy』。フラナガンは、録音直前に手をタクシーのドアで挟んで怪我したフィニアス・ニューボーンJr.の代役ですから、この曲も自分のレパートリーではないのでしょうが、砂に打ち寄せる波の様にうねりのあるピアノのダイナミズム、疾風のようなロイ・ヘインズのドラミング、ロン・カーターらしい個性あるビートで、鮮烈なヴァージョンに仕上げています。
フラナガンと同じデトロイト出身のギターの巨匠、ケニー・バレルにも、これををタイトルにした名盤があって、ロイ・マッカーディ(ds)のブラッシュ・ワークが最高です。
『Moon and Sand/ Kenny Burrell』
ジャケットはすごくお洒落だけど、海でなく「月と砂漠」のイラスト。
Moon and Sandは、’41年の作品で、クラシック、ポップスのジャンル関係なく、自分自身に正直な創作活動を行った作曲家、アレック・ワイルダーと、40年間に渡ってコンビを組んだ作詞家、ウィリアム・エングヴィックの作品です。ワイルダーは、ボストンの銀行家の御曹司でありながら、ビジネスでなく、音楽の道に進みました。変人だらけのNY文化人の中でも、傑出した変人として知られ、一生独身、ごく少数の友人とだけ付き合い、ミッドタウンの文人宿アルゴンキン・ホテルに住み、気ままな汽車の旅や、マリアン・マクパートランド(p)達ジャズ・プレイヤーの『瞬間的作曲』を愛した。
変人に魅かれる私は、Aワイルダーに関する色んな本を読んだ…面白いエピソードがいっぱいあるのだけど、ザッツ・アナザー・ストーリー…
Aワイルダー存命中は、殆ど彼のためだけに作詞をしたエングヴィックですから、彼の付けた歌詞を読むと、この曲の一体どこに魅力があるのかが納得できます。倒置法を使って判りやすく作った詞はこんなにシンプルで神秘的…ゴシック!エドガー・アラン・ポーのアナベル・リーか?こんな詞です。
“Moon and Sand” — William Engvick詞
Deep is the midnight sea,
Warm is the fragrant night,
Sweet are you lips to me,
Soft as the moon and sand.
Oh, when shall we meet again
When the night has left us ?
Will the spell remain?
The waves invade the shore
Though we may kiss no more
Night is at our command
Moon and sand
And the magic of love.
真夜中の海深く、
薫る砂浜温かく、
重なる君の唇は甘い、
その柔らかさは、
まるで今宵の月と砂。
いつまた逢えるだろう?
夜が去っても、
この夢の恋は残っているのか?
浜辺に打ち寄せる満ち潮、
最後の口づけでも、
夜は僕達のもの、
月も砂も
この恋の魔法も。
魔力に満ちた満月の下、砂浜で愛を交わす恋人達は幻か? 柔らかな肌のぬくもりと、潮の香り…、静寂の中、大潮は無情にも、愛の砂浜を刻一刻と波の下に沈めていく…東の空が白み月が消える時、幻想の恋人達も海の底に沈んでいるのだろうか…
この曲の本当のよさは、夜の情景が、潮の満干と共に変化する”うねり”のマジックにあります。寺井尚之は、”ヴァンプ(Vamp)”と呼ばれる間奏フレーズを巧みに使い、コーラス毎に情景を変えていく。ラストテーマのターンバックで、いかにも切ない音色を出して、一夜の終わりを予感させます。
腕の覚えのあるプレイヤーから、単にボサノバとして歌いたいだけの歌手に至るまで、色々聴いてみたけど、The Mainstemのヴァージョンは出色! ぜひOverSeasで聴いてみて欲しい。
’50、バリトンの貴公子として人気を博したアラン・デイルのヴァージョンは、エド・ウッドのホラー映画を思わせるレトロな出来栄えだけど、ちょっとなあ… やはり、Moon and Sandは、デトロイト・バップ・ロマン派の寺井尚之で聴きたい!こういう愛の題材は、光源氏の昔から日本人の得意なのだ!
夏の夜は まだ宵ながらあけぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ
(清原深養父 :きよはらのふかやぶ 小倉百人一首)
(夏の夜は、まだ宵のうちと思っている間にもう明けてしまった。
月はまだ、西の山の端まで行きつくことは出来ぬだろうに、
一体雲のどのあたりに宿っているのだろう…)
CU
(このエントリーは、2010 8/16 歌詞について加筆修正しました。 Interlude)