先週お話したビターなスプリング・ソングと違い、<They Say It’s Spring>はパステルカラーの春の歌、ブロッサム・ディアリーという歌手のおハコでした。
フラナガンによれば、名盤<Ballads & Blues>を録音した’78当時には、NYのクラブで彼女が歌うのをよく聴いていたらしい。
ディアリーの歌はこんな感じです。
もし英語がよく判らなくても、歌詞に頻繁に出てくる、”L”とか”M”とか”F”の可愛い響きを、ディアリーはとってもうまく表現して、恋する女の可愛らしさに仕立てているのがわかりますよね。英語の歌詞はこちらにありました。
They Say It’s Spring
Marty Clark/Bob Haymes<ヴァース>
夢見る少女だった頃、
ありそうもない伝説やおとぎ話、
私は想像の世界で暮らしてた。
正直言えば、
大人になった今でも、
現代人が声高に叫ぶ皮肉っぽい意見には、
どうも疑問を感じるの…
<コーラス>
春だってね、
だから、羽のように
浮き浮きするんだって。
春だってね、
私たちがかかった魔法も
この季節はよくあることなんだって。五月のせいなんだって、
ヒナゲシみたいに
チリチリ熱く燃えるのは。
五月はね、
世の中をクレイジーにして、
ぼんやりさせるんだって、今の私は、
空を舞うヒバリや、
チカチカ光って踊る蛍みたいな気分、
だけど、私には、
この気持ちが、
単なる季節の産物とは
決して思えない。春のせいだってね、
ウエディングベルが聞こえるのは。
そりゃ、今は春でしょうよ、
だけど、コマドリがさえずりを止め
この季節が終わっても、
私はずっとあなたと一緒。
皆は春のせいだって言うけど、
本当は、愛するあなたのおかげなの。…
どうですか?春らしい可愛い歌詞でしょう!
トミー・フラナガンが演奏するときには、必ず「ボブ・ヘイムズの曲…ゼイ・セイ・イッツ・スプリングを」>とアナウンスして演奏していました。
ところで、若い皆さん、ブロッサム・ディアリーって知ってます?
白人女性ジャズヴォーカルの一人ですが、Interludeを読んで下さっている方には、J.J.ジョンソン5のテナーサックス、フルート奏者、ボビー・ジャスパーの奥さんと言った方が判りやすいかも知れません。旧友の未亡人だから、フラナガンもディアリーの歌を良く聴きに行っていたのかも知れない。
好き嫌いは別として、一度聴いたら忘れられない声をしてますよね。だから今でもカルト的な人気があるシンガーなんだそうです。
’70年代のNYの香りがプンプンする、ウッディ・アレンの恋愛コメディ『アニー・ホール』という映画を見たことがありますか?
お笑い芸人と歌手、どちらも余り売れてない二人の、私小説的なラブ・ストーリーなんですが、ヒロインの歌手、アニーの歌を、もっと可愛く、うまく、洗練させたら、ブロッサム・ディアリーになるように思いました。アニー・ホールを演じるダイアン・キートン(実はキートンの本名がアニー・ホールなんだけど…)もディアリーがよく出演していたNYのキャバレー、『レノ・スウィーニーズ』に歌手として出演していました。
ディアリーは、歌手に留まらず、この声と演技力で、アニメの声優をしたり、CMソングでヒットを飛ばしたりしました。ジャズというよりは、むしろシャンソン的な味わい深い詞の語り方で、NYではとっても評価が高いシンガーなんです。
とはいえ、彼女の歌うThey Say It’s Springは、アメリカのケーキみたいにお砂糖を固めたアイシングがべったり付いた感じで、私にはちょっと甘すぎる。一方、フラナガンのプレイには、彼女の歌に滲み出る無邪気さや可愛さはそのままに、甘さを抑え、曲と歌唱解釈のエッセンスだけが抽出されているように感じるのです。「素材の持つ一番良いところを見抜き、最大限に引き出す。」のがトミー・フラナガン流なのだ!(エヘン)
先週からお話してきたスプリング・ソングス、フラナガンが、その年に演奏した春の歌は、もっと色々あっただろうけど、これらの曲を聴くと、フラナガンと過ごしたNYの春の香りが甦ります。
心臓に爆弾を抱えたトミーは、「後何回、自分は春を迎えられるだろうか…」と思いながら渾身のプレイを、毎年披露したのだろうか…
追憶に浸る私とは違い、寺井尚之は、あの春にフラナガンから盗んだものを、20年近く熟成発酵させ、自分自身のものにしている。そして、毎年、春になると上の曲に加えて、<How High the Moon>とか<All the Things You Are>など、寺井的な色々なスプリング・ソングを聴かせてくれます。だって、春に2週間しかライブをしないトミーと違って、寺井尚之は春夏秋冬毎週4日演奏しなければならないんですから、色んな春のレパートリーが出来ました。
土曜日はトリビュート・コンサート!フラナガンの雄姿を心に思い浮かべながら、「春」を満喫しよう!
CU