エディ・ロック(1930-2009)告別式のお知らせ

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2008年6月の雄姿 撮影:John Herr
ドラマー、エディ・ロック(ds)告別式のお知らせ
日時: 11月22日(日)7pm-
場所:聖ピーターズ教会
St. Peter’s Church: 619 Lexington Avenue at 54th Street, NY.NEW YORK
tel : 212-935-2200

 エディ・ロックさんの告別式の詳細が決まりましたので、Interludeに告知させていただきます。場所は、昨年4月のジャズ講座で楽しんだライブ盤『Eddie Locke(ds)&Friends Live at St. Peter’s Church』の舞台となった聖ピーターズ教会。この教会で盛んに演奏されていたエディさんにとって文字通り「ゆかりの地」でのお別れになりました。演奏者は先日OverSeasに出演してくれたショーン・スミス(b)、ショーンと同じようにエディさんに師事したビル・シャーラップ(p)、ジョン・ゴードン(as)その他の予定です。残念ながら私たちは行くことができませんが、NYにいらっしゃる方は、ぜひ参加して、エディ・ロックというドラマーが、NYのジャズ・コミュニティでどれほど敬愛されたかを偲んでいただきたいと思います。

 レコードが少ないため、確かに日本で知名度が低く、正しい評価を頂けなかったかも知れませんが、エディ・ロックのCaravanを知らずに、NYジャズ・ミュージシャンのはしくれとは言えないでしょう。
 評論家ナット・ヘントフは、エディ・ロックについて『”活力溢れるジャズライフ”そのままの生き様だった。』と語っています。
 これを機会に、トミー・フラナガン(p)、エディ・ロック(ds)、メジャー・ホリー(b)の黄金カルテットによる一連のコールマン・ホーキンスを聴いてみて欲しいものです。

 息子代わりのショーン・スミス(b)は、先日のコンサートの後、このカルテットについて、こう言っていました。「レギュラー・バンドで、しかもプライベートでも家族同然に付き合う関係は、本当に稀なものだし、一連の共演盤には、そういうコミュニケーションがすごくよく表れているよなあ・・・。」
 ドラマー、エディ・ロックを、まだご存じない皆さんのために、ここに彼の経歴を簡単に書いておきますね。
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 エディ・ロック Edward “Eddie” Lockeは 1930年8月2日デトロイト生まれ、デトロイト育ち。子供時代の経験については、ジャズ講座の本「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第5巻の附録に肉声が載っていますので読んでみてください。
 6才頃からドラムを始め、殆ど独学で腕を磨き、オリバー・ジャクソン(ds)とヴォードビル・チーム「Bop & Locke」を結成して人気を博した。’54年、巨匠、コージー・コール(ds)の薦めでNYに進出し、アポロシアターにデビュー以後NYに留まる。当初は、パパ・ジョー・ジョーンズの住み込み”弟子”として楽器運びをしながら、舞台の袖から師匠を観て学びました。

   ロックは師匠パパ・ジョーについてナット・ヘントフにこのように語っています。
「ジョー・ジョーンズは、今まで観た全ドラマーのうち、最もクリエイティブだった。他の誰もがしていない技を次々と創り出した。彼のようなブラシュ・ワークは、他に観たことがない。」
 その他にロックが影響を受けたドラマーにはソニー・グリアー、ジミー・クロフォード、ジーン・クルーパがいる。NYでのブレイクは、’50年代、NYジャズ・クラブのメジャー・リーグとも言えるメトロポール・ジャズ・クラブだった。’58年にロイ・エルドリッジにレギュラーとして雇われ、長年に渡り共演、”Eldridge’s Swingin’ on the Town”( Verve’60録音)を始めとして数多くのレコーディングや「ジミー・ライアンズ」で共演。同時にコールマン・ホーキンス(ts)ともレギュラー活動し、’69年、ホーキンスの死去まで公私ともに親しく付き合った。 Good Old Broadway, The Jazz Version Of No Strings ( Prestige )Hawkins! Alive! At The Village Gate(Verve) Today And Now (Impulse)など数多くの共演盤を残す。 
 ロックは最高のサイドマンでしたが、’80年代にはサー・ローランド・ハナ(p)を擁した自己バンドを率いて活動し、晩年もたびたびリーダーとして演奏を続けていました。  NYのファースト・コール・ドラマーとして、ホークやエルドリッジ以外にもテディ・ウイルソン(p)ケニー・バレル(g)アール・ハインズ(p)など共演者は書ききれません。またTonight Showなど多くのTV番組のピット・オーケストラでも演奏していました。
 ジャズ評論家、故スタンリー・ダンスはスイング時代についての著作で、エディ・ロックについて次のように述べています。「ロイ・エルドリッジとコールマン・ホーキンスという2人の大巨匠の音楽を理解し、それぞれの高度な音楽的要求に応える逸材である。」

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 ロックはまた、ジャズ史上極めて有名なエスクワイヤ誌に掲載された写真、「グレイト・デイ・イン・ハーレム(1958 アート・ケイン撮影)」に映る著名ジャズメンの数少ない生き残りでした。当時28歳で、最も最年少のジャズメンのひとりとして、歴史的瞬間に参加しています。きっと師匠のジョー・ジョーンズが弟子のエディをひっぱって一緒に映ったのでしょうね。もうあの写真の中で現存するミュージシャンはソニー・ロリンズ、マリアン・マクパートランド、ハンク・ジョーンズ、ベニー・ゴルソン、そしてホレス・シルバーの5人しか残っていません。
 また、ロックさんは、コールマン・ホーキンスなど巨匠たち(たぶん、トミー・フラナガンも!)の膨大な写真のコレクションを所有していましたが、現在はコロンビア大学の図書館が買いあげ所蔵しているそうなので、チャンスがあれば、ぜひ閲覧してみたいものです。
 多忙な演奏活動の合間を縫って、ロックは、音楽教師としても活動し敬愛されました。その中には現在プロで活躍している人も多く、先日OverSeasに出演したショーン・スミスやビル・シャーラップ(p)もロック門下です。
 ロックさんの遺族は、二人の息子さんと二人のお孫さんで全員ハワイ在住。昨年初めに心臓発作で救急治療を受け、ペースメーカーを装着していたものの、病院での治療を頑なに拒否し2009年 9月7日、NJの知人宅で亡くなられたということです。
左からフラナガン、コールマン・ホーキンス、メジャー・ホリー(b)、エディ・ロック(ds)
エディ・ロック:「教師としての私の役目は、若い人たちを正しく成長させること。今流の音楽を演る場合も、偉大な先人やジャズの歴史を踏まえた上で演るのと、演らないのでは、全く違った出来になる。若い人に、そういう基本を伝えたい。」

合掌

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