2月20日、ナンシー・ウィルソンの誕生日ということで、SNSには懐かしいナンシーの写真や動画が溢れてましたが、中でもこの歌に鳥肌が立ちました。
ジャズを聴き始めた高校時代、ナンシー・ウィルソンのセクシーなメロディ・フェイクが大好きだった。でも、あの頃はうわべのカッコよさだけで、本当のすごさは分かってなかった。女優系シンガーといわれる彼女の十八番〈Guess Who I Saw Today〉は、偶然、夫の浮気の現場目撃した妻が、何食わぬ顔で帰宅した夫に語りかける趣向ですが、なぜそうなったのか?の状況は歌詞の中でしっかり説明されています。それと対照的に、この〈I Was Telling You About You〉という歌は、主人公の独白のみで、前後の状況説明がほとんどありません。余白が多いところが、ナンシーの腕の見せどころ!
ナンシーの演じる主人公は、ある男性としっぽりチークダンスをしている。ちょうどそのとき運悪く、彼女が心を寄せる別の男性が通りすがり、目と目が合うが、彼は背を向け、無言で去っていった。「違うの!この人とは何でもない、ダンスしながらあなたのことを話していただけ…」と言い訳をする、という歌。歌詞の中に、ダンスの相手は、夫なのか、元カレなのか?去っていった恋人は何者なのか?どれほど深い仲なのか、詳しいことは一切語られない。
ナンシーがここで描き出す主人公は、甘えや狡さを併せ持つ、成熟した女性だ。失った恋を惜しむ惨めさを必死で隠そうとする女の可愛さと哀れさがストレートに響いてきます。動画は1987年、カーネギーホールのコンサートで、指揮は佐藤充彦さん。初録音『I Know I Love Him』(Capitol, 1973)より、磨かれた表現に舌を巻きます。
素肌にまとったイヴニングドレスが素晴らしくゴージャスでセクシーだったナンシーは、一方では熱心な公民権運動の支持者であり、アメリカ公共放送ラジオNPRのジャズ番組のナレーターとしての話しぶりは明瞭な発音と知的な語り口は、私にとって最高の英語教材でした。
巨匠ベーシスト、ルーファス・リードは、若い頃ナンシー・ウィルソンの伴奏者として一緒にツアーしたそうです。譜面の読めないナンシーはミュージシャンに対していつも敬意を持っていて、本来ならスターはリムジン、バックバンドはバス、といった感じで移動も別にするのですが、ナンシーだけは自分のリムジンにバンドを一緒に乗せて移動をした、素晴らしい人だったと語ってくれたことがあります。
ナンシー・ウィルソンは、女の出し方が最高に上手な歌手だった!

=I Was Telling You About You=
(曲:Moose Charlap, 歌詞:Don George)
オリジナル歌詞はこちら
彼の身体に手を回し、私の瞳が輝く、
甘いムードで静かな音楽が流れる
でも、わかってほしいの、私たちはダンスしながら
あなたのことを話していたの。
彼が体を寄せると、ムードが高まり、
人目につくほどの表情で、
ロマンチックに見えたかも…でもダーリン、誓って言うけど
あなたのことを話していたの。
そこにあなたが通りがかり、目と目が合った、
あなたは何も言わず、
背を向けて立ち去った
その沈黙は、どんな音より大きく響く。
ダーリン、戻ってきて、どうかわかってほしい、
見かけと真実はいつも同じじゃない、
腕の中にいる人は、何でもないの、
あなたのことをいろいろと、
あなたのことを話していただけ。