PIANO談義:トミー・フラナガン&ロジャー・ケラウエイ 連載(3)完結篇

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トミー・フラナガン(以下TF) (前回より続き) 私はわざわざ出かけていって、色々調べて、どうのこうの指図はしない。彼等は、そうしたいと思ってやっているのだからね。それが間違っていると助言するために生きているわけじゃない。もし本当に情熱があるなら、自分で道を見つけるはずだ。
<歴史に学べ>
(司):「道」ということをおっしゃいましたが、ジャズの見地から、ファッツ・ウオーラーやバド・パウエル、トミー・フラナガンを知らずして、正しい「道」は見つかるとお思いですか?
ロジャー・ケラウェイ (以下RK):「歴史の重要性」ということだね。僕は、やはり歴史を知る必要はあると思う。というのは、それはその人間の「演奏の深み」に関ってくるからだ。それがない人を聴いているから、そう言っている。どう説明してよいか判らないが、歴史を知らない人は、常に何かが足りない。ただし、歴史について完璧な知識があっても、演奏能力がないプレイヤーもいるがね。
(司):両方必要ということですね。
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RK:歴史を知って損はないよ。だから勉強なさい。私自身がジャズを演る上で、本当に深い教訓は、先人のスタイルから学んだものばかりだ。ただ腰掛けて、ルイ・アームストロングみたいにシンプルに、意味をもって演奏することができれば、どんなにいいだろう!僕は今でも、そうしようと努力している。ただ単に「伝統は必要だ」と云うだけでは、意味がない。
 「ポップ界では、音楽の事をよく知らなくとも何億と稼いでいるのだからそんなことは必要ない。」という社会と我々はずうっと戦ってきた。社会の判断はそういうもんだ。それが彼等の演奏の仕方だ。そして彼等は若い連中にこういう。「つまらないことに時間を掛ける必要はない。」と。
 ここで論じていることは、何に時間を費やすべきか?ということだろう。歴史を学ぶのに時間を費やせば、演奏の深みとなって報われる。本当の意味でピアノを演奏したいと思うのなら、楽器と演奏方法の関係を理解するため、クラシックもある程度勉強したほうがよいと僕は思う。即興演奏はそれからだ。お楽しみの前に仕事だよ。(笑)クラシックが楽しくないという意味ではないけれどね。
TF:シリアスなジャズメンはみんなクラシックが大好きだよ。ファッツ・ナバロも然り、バド・パウエル然り、我々も、昔はバッハなんか演ったものだ。音楽の歴史を知らずに、偉大なプレイヤーには成れない。それは間違いない。音楽は巡り巡っているから。良い音楽全てを愛せなければ本当に音楽を愛したことにはならない。それは、とてもためになることだ。
(司):私が十代後半の頃、ハービー・ハンコックがアイドルでした。彼は、当時25歳くらいだったと思うんですが、「良いジャズプレイヤーに成るにはどうしたらよいか?」と助言を求めたことがあるんです。そうしたら「時間がかかる、というくらいしかアドバイスできない。」と言われました。
RK:25歳にしては、かなり知的な言い方だなあ(笑)余り物事がわからない年頃なのに! 今のハンコックに同じ質問を一度してくれないかい?
TF:25年経っても、きっと答えは同じだよ!(笑)
RK:時間の長さより、中身の問題だ。人生とは経験だから。個人の体験、精神の旅路だ。経験を積めば積むほど、そのことについての知識は深まる。人間関係、ピアノ、料理・・・なんでもそうだよ。
<アート・テイタム礼賛>
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(司):理想や手本にする音楽家を持つことは必要でしょうか? 例えば、誰かをコピーしたりして、目標にする方がよいと思われますか?
TF:私は余りコピーというのをしたことがない。むしろ音楽的なコンセプトを見つける方に興味があった。最初はテディ・ウィルソンのファーストレコーディング、それからアート・テイタムに感動し、彼らの演奏を判断基準にした。そして、自分の目標を目一杯高くして、自分が完璧だと納得できるように努力した。昔も今も、アート・テイタムこそパーフェクトだと思っている。
RK:全く同感です。ピアニストたちに、お気に入りのピアニストのアンケートを取ったとしても、テイタムは「お気に入り」なんて範厨を超えた存在だ。超絶テクニックだけの問題じゃない、それはほんの一面で、演奏方法全体が完璧なんだよ。耳に聞こえることが信じられないほどだ。
TF:全く、何もかも、全てのものがそこにあるんだ!
RK:全てのハーモニー、あらゆるテクニックがどんなキーでも満ち溢れている。それに彼は、指を立てては弾かない。一度、彼が弾いているのを見たが、指を寝かせて弾いていた。どうやっているのか全く訳が判らなかった、どうやってあんなに澄み切った音が出せるのかも判らない。一度、ボストンのストリービルで弾いていたのを見たが、運指の指は平らだった。そして彼は盲目ですらあった。
TF:私は子供のとき、テイタムを間近で、丹念に観察したことがある。アフターアワーズの店(正規なナイトクラブ閉店後、朝まで営業する酒場)でね。子供はそんなところへ出入り禁止なんだが、今でもそこに行って、生で観れて良かったとつくづく思う。彼の弾いていたのは、ほとんどガラクタと言ってよいほどボロのアップライトだった。テイタムの前に彼の友人が弾いたとき、そのピアノがどれほどボロかということはよく判った。次に、テイタムがピアノの前に座ると、
ガラクタが瞬く間にグランドピアノのようにサウンドした。ピアノを変身させる事ができたんだ。凄かった。彼は大変音楽的だった。本当にひどい楽器からでも音楽を弾き出して見せた。
(司):しかし、伴奏者としてはどうでしょう?
tatum_artta_legendary_101b.jpgTF:彼は自分を聴く為に、チューニングを絞り込みすぎていて、演奏中、他の人の音が聞こえなかったんだよ。(笑)
RK:スラム・スチュワート(b)は、よくあれほど長く一緒に演っていたと思う。だって、ずっとイン・ツーで弾かなきゃいけないだろう。ベース奏者は演りようがないよね。四つで弾けないでしょ。ベースが何を演っているかすら判らない。
TF:でも彼はテイタムにとって完璧だったんだ。邪魔になることは一切しなかった。そこにベン・ウエブスター(ts)は、メロディだけを吹いた。
RK:我々はピアノから音楽を創造するテイタムのやり方全部が好きなんだろうね。思ったこともなかったが、私は彼のソロの方が好きだ。もし彼とピアノ2台で共演したとしても、テイタムは楽しめなかったろう。共演者を葬り去ったろうね。私はただ聴きたいと思うだけ。「伴奏」というのは、いい考えじゃない。伴奏はギブ・アンド・テイクだ。
TF:最近、テイタムが歌っているテープをある人がくれたんだ。
RK:テイタムが歌ってる、だって?
TF:うん、正に”アート・テイタムは歌う”さ。そこでは自分をとても上手に伴奏してるんだよ。(笑)ブルースを歌ってる、とってもシンプルで猥褻な歌詞のブルースを。歌の余白をピアノでうまく埋めている。他人のバックのようにせわしなくないんだ。彼の歌がうまく引き立つ様に、上手に綺麗にオブリガードを入れてる。だからそういうことも彼はちゃんとわかってたんだ。
(司):それでは、テイタムは自分の最もお気に入りの伴奏者であり、ソロイストであったわけですね。
RK:多分そうだ。テイタムは正にオールマイティだったんだ。
TF:同感だね!

(’95 7/20 ノルウェイ、モルデにて)
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teddy_wilson_billie_holiday.jpg ピアノの巨匠達の「ピアノ談義」いかがでしたか?アート・テイタムのことを知りたい方はこちらのエントリーにどうぞ!
 「歴史」を勉強する話が出てきましたが、トミー・フラナガン自体がすでに「歴史」になっているのですから感無量です。
 話題に上ったトミーのアイドル、テディ・ウイルソン(p)は、5月3日のビリー・ホリディ講座に登場しますよ。
roger_tommy_2.JPG トミーがロジャー・ケラウエイさんやデューク・ジョーダンさんを誘ってOverSeasに遊びに来たとき(左の写真)、皆がピアノを弾いて下さったのですが、その時ケラウエイさんは、OverSeasのヤマハを弾いて、こんな風におっしゃったのを覚えています。
 「たまげたな!この小さなグランドは、何て良く鳴るんだろう!もっと大きなピアノみたいだ。」
 そうするとトミーはわが意を得たりという風に、ちょっと鼻を膨らませて、寺井尚之を指差して、社長みたいに言ったものです。
 「そうさ、こいつがちゃんとピアノのお守りをしとるからな。」

 あなたも「歴史」に倣うため、休日はGW講座にお越しになりませんか?
ぜひお待ちしていますね!
CU

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