演奏:寺井尚之ピアノ・トリオ 宮本在浩-bass、岡部潤也-drums
2020年11月21日 於:Jazz Club OverSeas
唯一の弟子としてフラナガン音楽を守ることに人生を捧げる寺井尚之。今回は絶対的パートナー、宮本在浩(b)に加え、新メンバー、岡部潤也(ds)を迎え9月に結成した寺井尚之(p)新トリオによる初めてのトリビュート・コンサートは、37回というトリビュートの楽歴に新たな章の幕開けを告げる節目になりました。コロナ禍の中駆けつけてくださったフラナガンの音楽を愛し、OverSeasを贔屓にしてくださるお客様の歓声が、この日のサウンドとともに、今も心の中に熱く響いています。寺井珠重
=1st set=
1.Beats Up (Tommy Flanagan)
トミー・フラナガン初期のオリジナル。リズム・チェンジの軽快なリフ・チューンで、1957年、『OVERSEAS』に収録された。フラナガンによれば、レコーディングが行われたスウェーデン、ストックホルムのメトロノーム・スタジオは、浸水被害の直後でひどい状態だったが、差し入れのビールをたっぷり飲みながらのゴキゲンなセッションだったそうだ。フラナガンはそれから40年後、『Sea Changes』(’97)に再録音している。
トリビュート・コンサートのオープニングにふさわしい心躍るスイング感を新トリオが再現。
2. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)
1.と対照的に、これはフラナガン晩年のオリジナル曲。デトロイト時代のフラナガンが若い頃に切磋琢磨した地元の名クラブ 《ブルーバード・イン》に因んだ名曲。自己トリオに、同郷デトロイトの幼馴染、ケニー・バレル(g)をフィーチュアしたアルバム(’90)のタイトル曲で、デトロイトで送った青春時代へのノスタルジーが感じられる。
寺井は、このアルバムのリリース前にNYでフラナガンにこの譜面の写譜を許され、帰国後すぐに自分のレパートリーに加えた。さりげないけれど目まぐるしく続く転調によって品格と奥行きを醸し出す作風はフラナガン・ミュージックの特徴だ。《ブルーバード・イン》関連ブログ
3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
フラナガンが長女レイチェルに捧げたオリジナル曲。レイチェルの写真はフラナガンのアパートに飾られていて、明るい躍動感に溢れる曲想は、彼女の美しさに相応しい。トミー・フラナガンの録音はレッド・ミッチェル(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)とのアルバム『Super Session』だけだ。現在この曲を愛奏するのは寺井尚之だけかもしれないが、OverSeasではとても親しまれているナンバー。
4. Medley: Embraceable You (George Gershwin) – Quasimodo (Charlie Parker)
〈Ellingtonia(エリントン・メドレー)〉や〈モンク・メドレー〉など、ライブで盛んにメドレーを演奏したフラナガンの音楽スタイルは、メドレーなしに語ることは出来ない。しかし、楽曲の版権コストがかさむことから、録音リリースされているメドレーはとても少ない。
これはガーシュインの名バラードと、その進行を基にしたチャーリー・パーカー(写真)のオリジナルを併せたメドレー。ビバップ作品+その元になるスタンダード・ナンバーの組み合わせは異例中の異例だ。フラナガンは、敢えてそうすることによってパーカーの芸術的真意を伝えたのだろう。
ライブでしか聴くことの出来なかった屈指のメドレーをトリビュートで再現する。
*関連ブログ
5. If You Could See Me Now (Tadd Damaeron)
ジャズ・ヴォーカルを代表する名シンガー、サラ・ヴォーンのために、タッド・ダメロンが書きおろした感動的なバラード。フラナガンは’90年代初めに盛んに演奏していた。
6. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
ハードバップ・チューン。名盤『Overseas』の録音直前、初リーダー作としてレコーディングした『Cats』(’57)に収録した初期のオリジナル曲。”minor mishap”は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディングのほろ苦い顛末に隠されている。以降、〈Eclypso〉と並び、フラナガンが最も長期間愛奏したオリジナル作品だ。
*関連ブログ
7. Dalarna (Tommy Flanagan)
『Overseas』を録音したスウエーデンのリゾート地をタイトルにした初期の代表作で、彼が心酔したビリー・ストレイホーンの影響が色濃く感じられる。厳しい転調をさりげなく用いることによって洗練された美しさを生み出すフラナガン独特の感覚がよく出た作品だ。
『Overseas』以降、フラナガン自身が愛奏することはなかったが、寺井尚之のCD『ダラーナ』(’95)に触発され、『Sea Changes』(’96)には、寺井のアレンジを使って再録した。演奏する寺井尚之の胸中には、「ダラーナを録音したぞ!」と電話で伝えてきたフラナガンの弾んだ声が響いている。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
第一部のクロージングは、ディジー・ガレスピー(写真)が牽引したアフロキューバン・ジャズの代表曲、フラナガンがライブのラストに好んでプレイしたナンバーだ。
フラナガンのアレンジには、キューバのリズムと哀愁を帯びたメロディの土臭い魅力を残しながら、洗練された気品が漂う。
同時に、ビッグバンドの演目を、ピアノ・トリオでさらにダイナミックにやってのけるフラナガンの演奏スタイルをよく表す演目だ。
作曲者のチャノ・ポゾはキューバ、ハバナのスラム街に生まれ、少年院で音楽を習得した天才パーカッション奏者。大戦後渡米し、ディジー・ガレスピーOrch.に参加、アフロ・キューバン・ジャズの発展に寄与した。チャノ・ポゾは、ハーレムの酒場で買ったマリワナの質が粗悪だったことから売人と喧嘩になり33歳の若さで殺害されている。
=2nd set=
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
作曲者マット・デニスは〈エンジェル・アイズ〉など、フランク・シナトラのヒットソングの作者であり、自らも粋な弾き語りの名手として定評があった。デニスがクラブ出演するときには、好んで一流ジャズメンをゲストに招き共演した。J. J. ジョンソンは’55年、NYセレブ御用達の超高級ナイト・クラブ”チ・チ”でデニスのショウにゲスト出演した後、フラナガン参加アルバム《First Place》にこの曲を収録している。約30年後、フラナガンは名盤《Jazz Poet》(’89)に収録、録音後にもライブで愛奏し、数年後には録音から大きくヴァージョン・アップしたアレンジに進化、寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏し続けている。
寺井は《Anatommy》(’93)に収録。
2. Smooth As the Wind (Tadd Dameron)
チャーリー・パーカー&ディジー・ガレスピーと並ぶビバップ運動の推進者、タッド・ダメロン(ピアニスト、作編曲家)が麻薬更生施設に服役中、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバムのタイトル曲として書き下ろした。このアルバムにもフラナガンが参加している。
爽やかなオープニングのモチーフから、吹き去る風のようなエンディングまで、さまざまな色合いに変化して、文字通りそよ風のような名曲だ。
フラナガンはダメロンの耽美的な作風を愛し、「ダメロンの作品には、オーケストラが内包されているから、とても弾きやすい。」と言い、さまざまな編成で愛奏している。
3. Mean What You Say (Thad Jones)
フラナガンがデューク・エリントンに匹敵する天才と評価するサド・ジョーンズによる、デトロイト・ハードバップの魅力いっぱいの作品。タイトルはサド・ジョーンズの口癖で「本音をズバリ言え。」という意味だが、プレイの信条とも解釈することができる。ゆったりとしたテンポでありながら颯爽としたスピード感があり、ドラムをフィーチャーするフラナガンのアレンジが、サド・ジョーンズ的な”粋”の世界を楽しく聴かせてくれる。
フラナガンはLet’s (’93)に収録。寺井尚之は『ECHOES of OverSeas』(’02)に収録。
4. Eclypso (Tommy Flanagan)
恐らく最も有名なフラナガン作品。”Eclypso”は「Eclypse(日食、月食)と「Calypso(カリプソ)」の合成語。トミー・フラナガンはこんな言葉遊びが好きだった。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、ヴィレッジ・ヴァンガードで、フラナガンが「ヒサユキのために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲でもある。
5. Lament (J. J. Johnson)
フラナガンが’50年代後半にクインテットの一員を務めたトロンボーンの神様、J.J.ジョンソンの代表曲。 フラナガンのJ.J.ジョンソン評は「とにかくミスをしない。先の読めるクールな人」であった。
ラメントは『嘆きの曲』でありながら、ウエットになりすぎず品格をがある。それがフラナガンの好みだったのか、〈ラメント〉を聴くと《Bradley’s》で演奏するフラナガンを思い出すというNYのファンがいるほど愛奏した。’89年に、名盤《Jazz Poet》に収録しているが、本コンサートでは、《Jazz Poet》以降にフラナガンが創作したセカンド・リフ入りの進化ヴァージョンで演奏している。
6. Mean Streets (Tommy Flanagan)
もともと、この曲は『Overseas』(’57)に〈Verdandi(ヴァーダンディ)〉というタイトルで収録、エルヴィン・ジョーンズ(ds)のブラッシュ・ワークが鮮烈な印象を残す。それから30年後、トミー・フラナガンが自己トリオにケニー・ワシントンを抜擢した際、彼のニックネームである〈ミーン・ストリーツ〉に改題し、ワシントンのフィーチュア・ナンバーとした。トリビュートの夜は岡部潤也(ds)の秀逸なドラム・ソロが客席を大いに沸かせ、新メンバーを歓迎する拍手と歓声が溢れた。
7. Easy Living (Ralph Rainger)
「恋に溺れて、生きることが楽になる。私の人生はあなただけ」…〈イージー・リヴィング〉はビリー・ホリディ(写真)の名唱で知られる切ない愛の歌。フラナガンは自他ともに認めるホリディの崇拝者で、彼女の歌い方を自らの演奏に取り入れ、寺井にもビリー・ホリディを聴くよう強く勧めた。フラナガンが亡くなった夜に、寺井尚之が涙で演奏したのが忘れられない。
8. Our Delight (Tadd Dameron)
ビバップ全盛期’40年代半ば、ディジー・ガレスピー楽団でヒットしたタッド・ダメロンの作品。ビッグバンドのダイナミズムを、ピアノ・トリオでやってのけるフラナガン独特の演奏スタイルで、ピアノとベース、ドラムが入れ替わり立ち代りフィーチュアされたピアノ・トリオの醍醐味が味わえる。この夜の寺井トリオによる三位一体となったスイング感も素晴らしかった。
「ビバップはビートルズ以前の音楽、そしてビートルズ以後の音楽である!」というのがダメロンを演奏するときのフラナガンの決まり文句だった。
Encore
1. With Malice Towards None (Tom McIntosh)
フラナガンージョージ・ムラーツのデュオの名盤、『バラッズ&ブルース』収録。寺井尚之の十八番としても知られている。
この作品は、フラナガンの友人であるトロンボーン奏者、トム・マッキントッシュ(tb)の処女作。作曲当時、二人は住まいが近所で親しく行き来しており、フラナガンはこの曲の創作過程に立ち会い、自分のアイデアをふんだんに盛り込んだ。フラナガンは、マッキントッシュの作品を数多く演奏しているが、この曲は極めつけの名演目となっている。
スピリチュアルなメロディーは讃美歌「主イエス我を愛す」が元で、「誰にも悪意を向けずに」という曲名は、エイブラハム・リンカーンが南北戦争後の、演説で口にした名言だ。
美しく強いメッセージを感じるたびに、生前のフラナガンの感動的なステージを思い出す。
2.Ellingtonia (デューク・エリントン・メドレー)
Chelsea Bridge(’41)
〈チェルシーの橋〉はフラナガンが敬愛したエリントンの共作者、ビリー・ストレイホーンの傑作で、フラナガンは『Overseas』(’57)、『Tokyo Ricital』(’75)と繰り返し録音し、ライヴでも愛奏した。晩年のフラナガンは「ビリー・ストレイホーン集」の録音プロジェクトを進めていたが、実現を待たずに亡くなってしまったことが残念だ。
Passion Flower(’44)
〈パッション・フラワー〉もビリー・ストレイホーン作品、日本ではトケイソウと呼ばれているが、欧米では磔刑のキリストに例えられている。フラナガンのライブではジョージ・ムラーツのフィーチャー・ナンバーだった。トリビュートでは宮本在浩が弓の妙技で聴かせる演目で、この夜も端正な弓の妙技が客席を魅了した。 ストレイホーン関連ブログ
Black and Tan Fantasy(’27)
ラスト・チューン〈黒と茶の幻想〉は、エリントン初期に遡る。晩年のフラナガンは、BeBop以前のこういった楽曲を精力的に開拓し、自分のルーツを辿ろうとしていた。その意味でも、エリントン楽団初期の代表曲「ブラック&タン・ファンタジー」は非常に重要なナンバーだ。
フラナガンがOverSeasを来訪したとき、寺井が「Black & Tan Fantasy」を演奏すると、フラナガンが珍しく絶賛してくれた思い出の曲でもある。