<1st Set>
1. Thadrack (Thad Jones)
〈サドラック〉:フラナガンが、 “真の天才”と賞賛したサド・ジョーンズの作品で、ゴスペルソング“Shadrack”(シャドラック)に因んだタイトル。シャドラックは、旧約聖書に登場する聖人で、信仰を曲げずに火刑にされたが、神の加護で火傷ひとつしなかったという信念の人。つまりこの曲は、サド・ジョーンズのBop宣言なのかもしれない。
初演『The Magnificent Thad Jones Vol.3』(57)から30余年、フラナガンはジャズパー賞の賞金で自費製作したサド・ジョーンズ集《Let’s》(93)にピアノ・トリオの名演を残した。
“Shadrack”のメロディを引用したセカンド・リフは、トミー・フラナガンがライヴで用いたもの。
2. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)
〈ビヨンド・ザ・ブルーバード〉:《ブルーバード》 は、デトロイトの黒人居住区にあった伝説のジャズ・クラブで、フラナガンは1953~54年の間、ここでサド・ジョーンズ(cor.tp)たちとハウスバンドを組み、一流ゲスト・プレイヤーと白熱のライヴを繰り広げた。《ブルーバード》の客層は、自動車産業に従事する黒人労働者で、ジャズを愛し、若手ミュージシャンを応援するアット・ホームな店だったと語ってくれたことがある。
親しみやすいメロディながら転調が多い難曲であることと、”返し”と呼ばれる左手のカウンター・メロディは、デトロイト・バップの特徴。寺井はアルバム(写真)のリリース前、フラナガンから譜面を授かり演奏を許された。
3. Rachel’s Rondo (Tommy Flanagan)
〈レイチェルのロンド〉:フラナガンと最初の妻、アンとの間に生まれた美しい長女レイチェルに捧げたオリジナル曲。フラナガンは『Super Session』(’80)に収録したが、ライヴで余り演奏することはなかった。
一方、寺井はこの曲を大切にして長年愛奏し、『Flanagania』(’94)に収録。冴え渡るピアノのサウンドを活かす気品溢れる秀作で、OverSeasの人気曲。
4.Madley: Embraceable You (George Gershwin)
~Quasimodo(Charlie Parker)
〈メドレー: エンブレイサブル・ユー~カジモド〉:フラナガンはライヴでメドレーを盛んにプレイしたが、大半がレコーディングされていない。このメドレーも、レギュラー・トリオによる録音はなく、今はトリビュート・コンサートで素晴らしさを偲ぶしかない。
チャーリー・パーカーは、ガーシュイン作〈エンブレイサブル・ユー(抱きしめたくなるほど愛らしい君)〉のコード進行を基にバップ・チューンを作り、原曲と正反対の、醜い「ノートルダムのせむし男」の名(カジモド)をつけた。そこには、白人社会の価値観に対する反骨精神が見え隠れする。
フラナガンは、この2曲を絶妙な転調で結び、パーカーへのアンサー・ソングとした。
5. Sunset and the Mockingbird (Duke Ellington, Billy Strayhorn)
〈サンセット&モッキンバード〉:フラナガンが敬愛したデューク・エリントン-ビリー・ストレイホーン作品で、フラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ・アルバムのタイトル曲。(写真)
エリントンがフロリダ半島で聴いたモッキンバードの鳴き声に触発され瞬く間に書き上げた作品で、エリザベス女王に献上したアルバム『女王組曲』に収録した。
トリビュート・コンサートでは、フラナガン直伝のピアノタッチの至芸で聴かせる。
6. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
〈マイナー・ミスハップ〉:デトロイト・ハードバップ特有の疾走感が味わえるオリジナル。初演はジョン・コルトレーンやケニー・バレルとの初リーダー作『The Cats』(Prestige ’57)。Minor Mishapは「小さな災難」という意味で、『The Cats』の録り直しがきかない低予算レコーディングでの失敗に由来したタイトルと思われる。
7. Dalarna (Tommy Flanagan)
〈ダーラナ〉:『Overseas』(’57)に収録された美しいバラード。印象派的な曲想にビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。“ダーラナ地方”は、『Overseas』を録音地であるスウェーデンの風光明媚な観光地の名前だ。
フラナガンは『Overseas』以来、めったに演奏しなかったが、寺井尚之のアルバム『ダーラナ』(’95)の演奏にインスパイアされ、そのままのアレンジで『Sea Changes』(’96)に再収録した。
8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller Dizzy Gillespie)
〈ティン・ティン・デオ〉:円熟期のフラナガンは、ビッグバンドの演目をコンパクトなピアノ・トリオ編成でダイナミックに演奏した。これは、ディジー・ガレスピー楽団のヒット曲で、キューバ人パーカッション奏者、チャノ・ポゾの口ずさむメロディがもとになっている。哀愁に満ちたキューバの黒人音楽と、ビバップの洗練されたイディオムが融合した作品。
ディジー・ガレスピー楽団がこの曲を初録音したのはデトロイト(’51)で、まだ学生だった盟友ケニー・バレル(g)が参加している。フラナガンにはその当時の特別な思い出があったのかもしれない。秀逸なアレンジは寺井尚之が今もしっかりと受け継いでいる。
<2nd Set>
1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
〈ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラブ〉: 作曲者マット・デニス(写真)は〈エンジェル・アイズ〉を始め、フランク・シナトラのヒットソングを数多く作曲。洗練された作風に魅了され、多くのジャズメンが演奏している。
フラナガンはJ.J.ジョンソンの『First Place』(’57)で初録音し、約30年後、フラナガン自身の名盤『Jazz Poet』(’89)に収録。その後もライヴで愛奏し、数年後には録音ヴァージョンを遥かに凌ぐアレンジに仕上がっていた、現在は寺井尚之がそれを引き継いでいる。
寺井はデビュー盤『Anatommy』(’93)に収録。
2. They Say It’s Spring (Bob Haymes)
〈ゼイ・セイ・イッツ・スプリング〉:フラナガンが 春に愛奏した“スプリング・ソングス”の一曲。
現在も人気のある歌手ブロッサム・ディアリーのヒット曲。ディアリーは、J.J.ジョンソンのバンド仲間、ボビー・ジャスパー夫人であったことから、フラナガンはディアリーをよく聴きに行き、この曲を覚えた。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に名演を遺した。
3. A Sleepin’ Bee (Harold Arlen)
〈スリーピン・ビー〉:これも、フラナガンが愛奏したスプリング・ソング。A♭ペダルの軽快なヴァンプが春の浮き浮きした気分にぴったりだ。カリブの可愛い娼婦の恋と冒険を描いたT.カポーティ原作のブロードウェイ・ミュージカル「A House of Flowers」の劇中歌。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソングだ。
生前のフラナガンは、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジを大いに褒めてくれた。トリビュートではそのアレンジで演奏。
4. Beats Up (Tommy Flanagan)
フラナガン初期の名盤『OVERSEAS』(57)に収められたリズム・チェンジのリフ・チューンで、アルバムでは、冒頭のピアノ⇔ベース、ピアノ⇔ドラムスの2小節交換に心がときめく。それから40年後、フラナガンは『Sea Changes』に再録音した。今回もデュオの演奏でありながら、トリオに負けないダイナミックなプレイを展開。
5. Passion Flower (Billy Strayhorn)
〈パッション・フラワー〉:ジョージ・ムラーツがフラナガン・トリオ在籍時代の名演目。弓の妙技をフィーチャーしてほとんど毎夜演奏された。トリビュートでは宮本在浩(b)のベースが素晴らしい。ムラーツはフラナガンの許を独立した後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart(’95)』に収録した。寺井にとって兄貴のような存在だったムラーツも2021年に他界、昨年OverSeasで追悼コンサートを行った。
6. Eclypso (Tommy Flanagan)
〈エクリプソ〉:フラナガンのオリジナル中、最も有名な曲。『OVERSEAS』(Metronome, Prestige,57)や『Eclypso(写真)』(Enja, 75)など、何度も録音している。“Eclypso”は「Eclipse(日食、月食)」と「Calypso (カリプソ)」の合成語。バッパーは言葉遊びが好きで、私生活のフラナガンは、ユーモア溢れる会話の達人だった。
寺井尚之がフラナガンに招かれ、初めてのNYで様々なことを学んだ最後の夜《ヴィレッジ・ヴァンガード》で寺井をコールして演奏してくれた思い出の曲でもある。
7. I’ll Keep Loving You (Bud Powell)
〈アイル・キープ・ラヴィング・ユー〉: バド・パウエルが友人の歌手のために書いたと言われる静謐な硬派バラード。パウエルの作品をフラナガンが演奏すると、曲の持ち味を損なわず、一層美しく洗練された曲想になった。今夜は、寺井のフラナガンに対する変わらぬ想いを込めて。
8. Our Delight (Tadd Dameron)
〈アワ・デライト〉:ビバップの立役者の一人、ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロンの代表作。フラナガンは、ダメロンの作品は「オーケストラの要素が内蔵されているので非常に演りやすい。」と言い、この曲をラスト・チューンとして盛んに愛奏した。だが、ハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか録音が残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井しかいない。
Encore:
With Malice Toward None (Tom McIntosh)
〈ウィズ・マリス・トワーズ・ノン〉: フラナガンが、真の「ブラック・ミュージック」として愛奏したトム・マッキントッシュ(トロンボーン奏者 写真)の作品。「誰にも悪意を向けずに」という題名はエイブラハム・リンカーンの名言から、メロディは賛美歌が基になっている。かつてマッキントッシュとフラナガンはアップタウンの近所同士で、この曲の創作過程には、フラナガンが立ち合い、自分のアイデアを隅々に盛り込んだとマッキントッシュは証言している。さまざまなジャズメンの録音ヴァージョンがある中、フラナガンのスピリチュアルな演奏解釈は傑出している。
Like Old Times (Thad Jones)
〈ライク・オールド・タイムズ〉:サド・ジョーンズ名義の『Motor City Scene』(’59)に収録されたデトロイト時代の曲。フラナガンがアンコールで頻繁に演奏した作品。ご機嫌なときはポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出し、ここぞのタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。 今夜のコンサートでは、やはり寺井も隠し持っていたホイッスルを鳴らし大喝采。トミー・フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。 フラナガン・トリオの演奏は『Nights at the Vanguard』(Uptown)に収録されている。
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動画は近日Peatixで配信。
「第42回Tribute to Tommy Flanagan 曲目解説」への2件のフィードバック