当店と寺井尚之に多大な恩恵を与えてくださったピアニスト、サー・ローランド・ハナ没後22年、寺井尚之がベーシスト、宮本在浩とともに、デトロイト・ハードバップ・ロマン派の巨匠の情熱と、音楽に境界なしという一途な精神がみなぎる作品群を演奏しました。以下はコンサートの演奏曲目解説です
1st Set
1.Ode to a Potato Plant (Sir Roland Hanna) オード・トゥ・ア・ポテト・プラント
日本語にすれば「ジャガイモ賛歌」というところだろうか?凡人にとっては些細なことにも大きな感動を見出すハナさんらしいオリジナルで、清涼感溢れる70年代の作品。
ジョージ・ムラーツ(b)、リチー・プラット(ds)とのトリオによるアルバム『Time for the Dancers』 (’77, Progressive)に収録。
2. Enigma (Sir Roland Hanna) エニグマ
神秘的な無調のオリジナル、リチャード・デイヴィス(b)、アンドリュー・シリル(ds)とのトリオによる『Three Black Kings』 (’97 JFP)他、ハナさんは何度も録音している。寺井は2002年に鷲見和広(b)と“Echoes of OverSeas”に収録。
3. Quietude (Thad Jones) クワイエチュード
「静けさ」という意味のサド・ジョーンズ作曲、気品と愛らしさを兼ね備えた作品。ハナさんはサド・ジョーンズ‐メル・ルイスOrchで1967年から74 年までレギュラー活動したが、その時期の楽団でピアノをフィーチャーして演奏された。
4. This Time It’s Real (Sir Roland Hanna) ディス・タイム・イッツ・リアル
2001年、青森善雄(b)、英明(as,ss,cl)、クリス・ロゼリ(ds)のカルテットで来演した時に演奏された。曲の由来をハナさんに訊いたところ、ハナさんの友人で恋多きフレンチホルン奏者が、また新しい恋をしたときに言った言葉-「今度こそ本物よ!-This time it’s real」に触発されたという。その恋の顛末は定かでない。恋は盲目、美しいメロディーに幸せと切なさが入り混じる。同メンバーでの青森英明名義のアルバムや、デンマークの名テナー奏者、ジェスパー・シロとの共演盤がある。
5. Prelude No.14 in Cm (Sir Roland Hanna)
メランコリックで可憐なワルツ。 ハナさんのオリジナル・プレリュードで、ジョージ・ムラーツとの名コンビによる幻の名盤『24のプレリュード集- Book2』 (’78, Salvation)に収録。『24のプレリュード集』はCTIの傍系レーベルが一対のアルバムとして、日本で録音し日本のみの限定リリース盤として制作した。そのため広く知られないままだったが、近年、再評価の動きが高まっている。
6. Prelude No. 2 in Gmajor, Blue, Green, Brown & Black (Sir Roland Hanna)
同じく『24のプレリュード集- Book1』 (’78, Salvation)に収録。副題〈ブルー、グリーン、ブラウン&ブラック〉はさまざまな人種の瞳の色を意味し、どんな人種も、神の前では平等というハナさんのゆるぎないメッセージがこもっている。ちなみにハナさんの父親は教会の宣教師である。
7. What Does It Matter? (George Mraz) ホワット・ダズ・イット・マター?
‘70年代にコンビを組んで多数の録音を遺したベーシスト、ジョージ・ムラーツ作のソフトで官能的なボサノバ曲、今夜は宮本在浩によるベースの美技をフィーチャー。フランク・ウエス(ts,fl)とハナさんを中軸にしたユニット、ニューヨーク・ジャズ・カルテット(NYJQ)のアルバム『Surge』(’76, Enja)、ムラーツとのデュオ『Sir Elf Plus 1』(’78, Choice)に収録。
作曲したムラーツによれば、レコーディング時に、録音ブースとのやりとりで、「だからどうだっていうのさ?(What Does It Matter? )」とムラーツが言った言葉だったが、なぜか曲名としてクレジットされていたという。
2nd Set
1.Colors from a Giant’s Kit (Sir Roland Hanna) カラーズ・フロム・ア・ジャイアンツ・キット
ハナさんの没後リリースされた未発表ソロ・アルバム(IPO, 2011)のタイトル曲。サー・ローランド・ハナというピアノの巨人が遺した絵具箱を開けると、色彩豊かな音が一気にあふれ出る爽快感がある。このセットのオープニングに相応しい曲だ。
2. A Child Is Born (Sir Roland Hanna, Thad Jones)
最も人気のあるサド・ジョーンズ作品とされるが、実はサドメル時代にハナさんが作った曲だという。キリストの生誕を想起させる慈愛に満ちた高潔なメロディーとハーモニーで、いつの時代も愛される作品。2002年6月、トミー・フラナガンへの追悼盤『Tributaries: Reflections on Tommy Flanagan』(IPO)に収録。録音の5か月後、ハナさんもフラナガンの後を追うように、この世を去った。
3.Prelude No. 4 in Cm, München (Sir Roland Hanna) ミュンヘン
『24のプレリュード集- Book1』に収録、初めて訪れたドイツの印象を表現した作品。これらのプレリュード曲は、日本側との打ち合わせの行き違いによって、来日してから、僅か1週間で書き上げたものだ。ハナさんの想像力と集中力がどれほどすごいものだったか想像も及ばない。
4.Two Cute (Sir Roland Hanna) トゥー・キュート
ヴァイオリンの巨匠、ステファン・グラッペリが、ハナ+ムラーツ+メル・ルイス(ds)と組んだアルバム『Stephane Grappelli Meets the Rhythm Section』(Black Lion, ‘75)に収録。軽やかで気品漂う作品で、ピアノと弦楽器のユニゾンが心地よい。
5. A Story Often Told Seldom Heard (Sir Roland Hanna) ア・ストーリー・オッフン・トールド・セルダム・ハード
タイトルは「しょっちゅう語られるのに、滅多に聞かれることのない話」という意。ハナさんは1962年、NYのジャズクラブ《ファイヴ・スポット》で、時代の寵児として注目を集めたセロニアス・モンクの演奏の合間の時間つなぎ、いわゆる対バンとして出演し、モンクしか聴く気のない聴衆の前で演奏するという辛酸をなめた。そんな体験がもとになっているのかもしれない、憂愁と高潔さに心を打たれる。後に、ハナさんはソロ・アルバム『Round Midnight』(Town Crier, ‘87)に名演を録音し、寺井にそのCDを送ってくれた。
6.Time Dust Gathered (Sir Roland Hanna) タイム・ダスト・ギャザード
モントルー・ジャズフェスティバルのソロ・ライブ、『Perugia』(Arista ‘76)に収録のオリジナル。
ハナさんの口癖は「タイム・イズ・マネー」だったから、「無駄になった時間をかき集めて、有効なものにする、という意味。」と、寺井は言う。
7.Time for the Dancers (Sir Roland Hanna) タイム・フォー・ザ・ダンサーズ
ピアノ・トリオによる同名アルバム(Progressive, ‘77)やNYJQ(ニューヨーク・ジャズ・カルテット)、中山英二(b)とのデュオなどの録音やコンサートで、愛奏された美しい曲。
「この曲はどんなダンサーをイメージして演奏すればよいのですか?」と寺井が尋ねたことがある。すると、ハナさんは「どんなダンサーでもいいんだ。ヒサユキちゃんの好きなイメージで演奏しなさい。」と答えた。「それじゃあ、ハナさんが白鳥の湖を踊っているところを…」というとハナさんは苦笑していた。その思い出とともに、今日もエンディングにチャイコフスキーの一節が入った。
8. Mediterranean Seascape (Sir Roland Hanna) 地中海の情景
アフリカ、中近東、ヨーロッパの人やモノが行き来する地中海の情景、潮風や海流にの乗って多様な音楽文化が融合する様子が見事に描かれた壮大な作品。
寺井がこの曲を演奏したきっかけは、ハナさんが自身の録音をわざわざ自分で採譜して、寺井にプレゼントしてくれたことだった。年月を経た今は寺井-宮本デュオの夏の名演目になっている。 NYJQの日本公演アルバム『In Concert in Japan』(Salvation, ‘75)やソロ・アルバム『Round Midnight』に収録。
Encore: Souvenir (Sir Roland Hanna)
ハナさんは’60年代と’70年代の一時期、サラ・ヴォーンの伴奏者を務めていた。この不世出の歌手が癌で亡くなったときに捧げた追悼曲。-「今夜はこの曲をハナさんに捧げます。」という言葉とともに感動的な演奏でコンサートを締めくくった。