第46回Tribute to Tommy Flanagan 曲目解説

コンサート風景 演奏:寺井尚之(p)、宮本在浩(b)

トミー・フラナガン没後24年、OverSeasで誕生月と逝去月に開催する46回目のトリビュート・コンサートを3月15日に開催しました。
 フラナガンの名演目を選りすぐってお聴きいただくトリビュート・コンサート、今回はフラナガンが生涯愛奏しつづけ、自費で『Let’s (Play the Music of Thad Jones)』という作品集を録音しているサド・ジョーンズの作品にスポットを当てたコンサートになりました。
 演奏は、おなじみフラナガン唯一の弟子、寺井尚之(p)と25年来のパートナー、宮本在浩(b)とのデュオ。

 今回も各地から駆けつけた満員のフラナガン・ファンの皆様とトリビュート・コンサートを楽しむことができました。


1st Set

1. 50-21 (Thad Jones)

Thad Jones(1923-86)

 オープニングは、フラナガンが大きな影響を受けたコルネット奏者、作編曲家、サド・ジョーンズ(写真左)のオリジナル。デトロイト・ハードバップ誕生の地であるデトロイトの黒人居住地にあったジャズクラブ《ブルーバード・イン》に因んだ曲。50-21はクラブの番地(5021 Tireman Ave. Detroit)だ。フラナガンとジョーンズは、このクラブのハウスバンドとして活動(1953~54年)、その時期に演奏した多くのサド・ジョーンズ作品は、フラナガン終生の愛奏曲になる。コンサートの客席には、愛車ナンバーが“5021”の常連様が2名もおられるのが誇らしい。
 フラナガンはアルバム《Comfirmation》 (Enja ’77) 、《Beyond the Blue Bird》 (Timeless, ’90) 、寺井尚之は《Fragrant Times》 (Flanagania ’97)に収録。

Beyond the bluebird

2, Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)
ビヨンド・ザ・ブルーバード:フラナガンが《ブルーバード・イン》へのノスタルジーを込めて作った作品で、同じくデトロイトの盟友ギタリスト、ケニー・バレルをゲストに迎えたリーダー作(’90)のタイトル曲とした。
 アルバムのリリース前、フラナガンはNYで寺井尚之にこの譜面を写譜させ、彼に演奏することを許した。めまぐるしい転調によって曲に品格と深みを出す典型的なフラナガン・ミュージックだ。

3. Medley: Embraceable You (George Gershwin) – Quasimodo (Charlie Parker) 

Charlie Parker(1920-55)

メドレー エンブレイサブル・ユー~カジモド:生前のフラナガンはライヴで数多くのメドレーを演奏したが、録音が残っているのはごく一部だ。これは、ガーシュインの「抱きしめたいほど愛らしいあなた」という意味のバラードと、その進行を基にチャーリー・パーカーが作曲し、醜い“ノートルダムの背むし男(カジモド)”の名を付けたビバップ曲の組み合わせだ。フラナガンはこの2曲を組み合わせることによって「魂の“美”は、表面的な美醜や肌の色とは無関係だ」というチャーリー・パーカーの芸術的真意を伝えた。寺井も同じ信念で演奏を続けている。

4. Minor Mishap (Tommy Flanagan)

Cats (Prestige)

マイナー・ミスハップ:フラナガンが終生愛奏した自作のハードバップ・チューンで、初リーダー作『Cats』 (’57)に収録。” minor mishap”は、「ちょっとしたアクシデント」という意味。名前の由来は『Cats』のレコーディングのほろ苦い顛末に由来する。。
 フラナガンは昔気質のジャズ・ミュージシャンで、演奏するとき譜面を用いない流儀だったが、初めての共演者では、そうもいかず譜面が必要になる。そこで、来日時に、寺井の採譜した譜面をコピーして持ち帰っていた。フラナガンのサイン入りのMinor Mishapの譜面は当店の壁に飾られている。

5. Sunset and the Mockingbird (Duke Ellington, Billy Strayhorn)

女王陛下とエリントン

サンセット&ザ・モッキンバード:デューク・エリントンがフロリダ半島で聴いたモッキンバードの鳴き声に触発され瞬く間に書き上げ、エリザベス女王への献上品として、自費で1枚だけプレスしたアルバム『女王組曲』に収録した曲。
 フラナガンならではのピアノ・タッチの妙技が堪能でき、フラナガン67才の『バースデー・コンサート』 (’97 Blue Note) のタイトル曲となっている。
6. Beats Up (Tommy Flanagan)

ビーツ・アップ:1957年『OVERSEAS』と、ほぼ40年後のリメイク盤『Sea Changes』 (’96 Alfa Jazz)に再録したリズム・チェンジのリフ・チューン。 
 元来、トリオ仕様の曲ながら、寺井尚之と宮本在浩とのデュオは、トリオに負けないダイナミックなプレイを聴かせる。


7. Dalarna (Tommy Flanagan)

スウェーデン、ダーラナ県

ダーラナ:『OVERSEAS』に収録されたフラナガン初期の美しい作品、彼が少年期に没頭した印象派音楽や、ビリー・ストレイホーンの影響が感じられる。
 『OVERSEAS』は、1957年、J.J.ジョンソンとの数か月にわたるスウェーデン・ツアーの合間に録音された。スウェーデン文化省の主催で、国の津々浦々まで演奏旅行を行ったJ.J.クインテットの音楽は、後のスウェーデン・ジャズに大きな影響を及ぼし、その縁で、寺井尚之はスウェーデンのジャズ・ミュージシャンと親交が厚い。
 『Overseas』以降、長年演奏しなかったフラナガンだが、寺井尚之のCD『Dalarna』に触発され、寺井のアレンジを用いて『Sea Changes』(’96)に再録。演奏する寺井尚之の胸中には、「ダーラナを録音したぞ!」とNYから電話をかけてきたフラナガンの弾んだ声が響いている。


8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)

チャノ・ポゾ&ディジー・ガレスピー

ティン・ティン・デオ:第一部のクロージングは、フラナガン屈指の名演目、ディジー・ガレスピーが牽引したアフロキューバン・ジャズの代表曲だ。 
 読み書きのできない天才的なキューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさんだメロディとリズムをガレスピー達が採譜し、ビッグバンド用の曲に仕上げた。フラナガンは、曲独特の土臭さと哀愁を保ちながら、ビッグバンドに負けないダイナミクスに、持ち前の気品を加えたヴァージョンを創造した。
 トリビュートでは、さらに切り詰めたデュオ編成で、寺井尚之と宮本在浩が、フラナガン的ダイナミズムを再現してみせる。

NYのフラナガンのアパートで。 (’89)


2nd Set

1.That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)

Matt

 ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ:フランク・シナトラのヒットソングを数多く作曲したマット・デニス(左写真)は、弾き語りの名手としてTVやラジオでも活躍した。彼はクラブ出演する際、一流ジャズメンをゲストに招くのを好み、それがきっかけで、彼の楽曲はジャズ界に伝承された。J.J.ジョンソンも’55年、高級ナイト・クラブでデニスのショウに出演後、フラナガン参加のアルバム『First Place』 (Columbia, ’57)にこの曲を収録。後にフラナガンはリーダー作《Jazz Poet》 (Timeless/Alfa Jazz, ’89 )に収録し、ライヴでも愛奏、数年後には録音ヴァージョンを凌ぐアレンジが完成した。現在は寺井尚之がそれを引き継ぎ演奏している。

2. With Malice Towards None (Tom McIntosh)
 ウィズ・マリス・トワーズ・ノン: フラナガンージョージ・ムラーツ・デ

Tom McIntosh(1927-2017)

ュオよる名盤『Ballads&Blues』(Enja ’78)に収録されたスピリチュアルな名作。作曲者のトム・マッキントッシュ(tb)はフラナガンの友人で、この作品の創作過程には、フラナガンのアドバイスが大きく取り入れられた。
 「誰にも悪意を向けず」というタイトルは、エイブラハム・リンカーンが、多くの犠牲者を出した南北戦争後の演説の名言だが、今の世界が必要とする言葉かもしれない。

3. A Sleepin’ Bee (Harold Arlen)
スリーピン・ビー:フラナガンが“スプリング・ソング”と呼び、春になると愛奏した演目の一つ。カリブを舞台にしたミュージカル「A House of Flowers」(トルーマン・カポーティ原作、ハロルド・アーレン音楽)の挿入歌。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というハイチの言い伝えを元にしたラブ・ソングだ。フラナガン・ヴァージョンを基に、すっきりと切り詰めた寺井尚之のアレンジをフラナガンは大いに褒めてくれたことがある。

4. They Say It’s Spring (Bob Haymes)
ゼイ・セイ・イッツ・スプリング

Bobby Jaspar & Blossom Dearie

 これもフラナガンが愛奏した“スプリング・ソング”で、浮き浮きした春の恋の歌。もともとJ.J.ジョンソン時代のバンド仲間、ボビー・ジャスパーの妻だった歌手、ブロッサム・ディアリーのヒット曲で、フラナガンは彼女のライヴで聞き覚えたという。’70年代にジョージ・ムラーツ(b)との名デュオ・アルバム『Ballads & Blues』に収録している。  

5. Passion Flower (Billy Strayhorn)

OverSeasでプレイするムラーツ(’84)

パッション・フラワー:フラナガンが尊敬したビリー・ストレイホーンの作品(’44)で、フラナガン・トリオでは、ベーシスト、ジョージ・ムラーツをフィーチャーする名演目だった。トリビュートでは宮本在浩(b)が年季の入った弓の妙技を聴かせる。パッション・フラワーは日本でトケイソウと呼ばれ、その一風変わった形は、磔刑のキリストに例えられる。ストレイホーンは、黒人のゲイであり、マイノリティとして、常にエリントンの影武者に甘んじた苦悩を、この花に例えたのかもしれない。
 ムラーツは独立後もこの曲を愛奏し、リーダー作『My Foolish Heart(’95)』に収録した。  

6. Eclypso (Tommy Flanagan)

Eclypso

エクリプソ:フラナガンのオリジナル中、最も人気のあるカリプソ・ムードの作品。寺井尚之がフラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、《ヴィレッジ・ヴァンガード》で、フラナガンが「ヒサユキのために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲。

7. Easy Living (Ralph Ranger)

Billie Holiday (1915-59)

「恋に溺れれば、生きることが楽になる。私の人生はあなただけ」…フラナガンのアイドル、ビリー・ホリディの十八番で、多くのバッパーが演奏した。
 フラナガンが亡くなった夜、寺井尚之が涙で鍵盤を濡らしながら演奏した曲だった。24年経った今の寺井のピアノの響きからは、悲しみを越え、音楽の喜びさえ感じられる。

8. Our Delight (Tadd Dameron)

アワー・デライト:ピアニスト、作編曲家、タッド・ダメロン(写真)の作品で、ライヴを盛り上げるラスト・チューンとしてフラナガンが愛奏した。それにもかかわらず、レコーディングはハンク・ジョーンズとのピアノ・デュオしか残されておらず、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井と宮本在浩しかいない。


Encore:

Thad Jones

1. To You (Thad Jones)

トミー・フラナガン『Let's』

トゥ・ユー:フラナガンのサド・ジョーンズ曲集『Let’s』に収録された美しいバラード、初録音はカウント・ベイシーとデューク・エリントンの二大ビッグバンド唯一の共演盤『First Time! 』(1962)だが、『Let’s』の他の全収録曲がフラナガンがデトロイト時代にジョーンズと演奏したものであることを考えると、おそらくこの作品も同時期の創作と推測される。月の満ち欠けのように位相が変化するサウンドと、余白を生かした独特のリズムが、無駄な装飾を省いた墨絵を思わせるような品格を生み出す。フラナガン譲りのピアノタッチを駆使し、寺井が最近開拓したレパートリーのひとつ。

2. Like Old Times (Thad Jones) 

Motor City Scene/Thad Jones

ライク・オールド・タイムズ:これもフラナガンとサド・ジョーンズがデトロイト時代に演奏した作品。ジョーンズ名義の『Motor City Scene』 (’59 United Artist)に収録。後年フラナガンはアンコールに愛奏した。彼がご機嫌なときは、ポケットの中から小さなホイッスルをこっそり取り出し、絶妙なタイミングで、ピューッと吹いて会場を多いに湧かせた。この夜も、寺井が隠し技のホイッスルを鳴らすと、フラナガンが元気だった「昔のように」楽しい空気が満ち溢れた。         

 

 フラナガンが亡くなった直後は、これほど長らくトリビュート・コンサートを続け、多くの方々にフラナガン・ミュージックを楽しんでいただく機会になるとは、想像もしていませんでした。次回のトリビュートは2025年11月15日(土)を予定しています。次回も皆様のお越しをお待ちしています。
 今回のコンサート開催にあたり、多くの方々に賜ったご支援に改めて感謝申し上げます。
最後に、これまでチイママとして言葉にできないほど応援してくださったあきちゃんに心からの感謝と祈りを捧げます。

Text by 寺井珠重(てらい たまえ)

寺井尚之-piano, 宮本在浩-bass

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