
演奏:寺井尚之‐piano、宮本在浩-bass

=1st Set=

1. When Lights Are Low (Benny Carter)
ホエン・ライツ・ア・ロウ:第一線で80年以上活躍し、その音楽性と人格から“ザ・キング”と呼ばれたベニー・カーター(as.tp.comp.arr)の作品。デトロイトを本拠に活躍したカーター(1907-2003)は幼いフラナガンのヒーローだった。
’80年代、カーネギー・ホールで催されたカーターのスペシャル・コンサートで共演を請われ、意気に感じたフラナガンはこの曲を愛奏、今夜のように〈ボタンとリボン〉を引用して楽しさを盛り上げる趣向だった。

2. Beyond the Blue Bird (Tommy Flanagan)
ビヨンド・ザ・ブルーバード:《ブルーバード》 は、デトロイトの黒人居住区にあった伝説のジャズ・クラブ、フラナガンは1953~54年、ここでサド・ジョーンズ(cor.tp)たちとハウスバンドを組み、ソニー・スティットやマイルスなど、一流ゲスト・プレイヤーと白熱のライヴを繰り広げた。《ブルーバード》の客層は、自動車産業に従事する黒人労働者で、ジャズを愛し、若手ミュージシャンを応援するアット・ホームな店だったと語ってくれたことがある。
親しみやすいメロディながら転調が多い難曲であることと、”返し”と呼ばれる左手のカウンター・メロディは、デトロイト・バップの特徴。寺井はアルバム(写真)のリリース前、フラナガンから譜面を授かり演奏を許された。

3. Smooth as the Wind (Tadd Dameron)
スムーズ・アズ・ザ・ウィンド:フラナガンが愛奏した作曲家、タッド・ダメロン(ピアニスト、作編曲家)の作品。力強く優美な「美バップ」の黄金比率を持ち、次々と美しい花が開花していくようなハーモニーの華麗さに目を見張る。
この曲は、麻薬刑務所服役中のダメロンがブルー・ミッチェル(tp)のアルバム「Smooth as the Wind」(Riverside, ’61)の為に書き下ろしたもので、アルバムにはフラナガンも参加している。
一編の詩のような曲の展開、吹き去る風のように余韻を残すエンディングまで、完成度の高いアレンジを寺井が伝え続けている。

4. Sunset and the Mockingbird (Duke Ellington, Billy Strayhorn)
サンセット・アンド・ザ・モッキンバード:≪ヴィレッジ・ヴァンガード≫で行われたフラナガン67才のバースデイ・コンサートのライヴ・アルバム(Blue Note, 1997年)のタイトル曲。もとはエリントンが自費で1枚だけプレスし、エリザベス女王に献上した『女王組曲』中の作品で、1970年代にNYのラジオ番組のテーマソングとして放送されるのを聴き覚え、レパートリーにしたという。 寺井にとっても宮本にとっても会心の演奏になった。

5. Minor Mishap (Tommy Flanagan)
マイナー・ミスハップ:人気盤『The Cats』(Prestige, 1957)で初演されたフラナガンのオリジナル。他のメンバーにとっては初見の難曲、しかもワンテイク録りだった。その演奏内容のせいでMinor Mishap(ささやかなアクシデント)という曲名がついたのかもしれない。以来フラナガンは、初演をリヴェンジするかのように愛奏を続け、デトロイト・ハードバップの芳香を発散させた。寺井尚之の名演目でもある。

6. Dalarna (Tommy Flanagan)
ダーラナ:陰影のある美しいバラード。ダーラナ地方は、森と湖が美しいスウェーデンのリゾート地。J.J.ジョンソン・クインテットの一員としてスウエーデン各地をツアーした際に録音した『Overseas』(Metronome, 1957年)の収録曲。当時フラナガンが心酔した印象派音楽とビリー・ストレイホーンの影響とともに、厳しい転調を繰り返しながら洗練の美を生み出すフラナガン独特の作風が光る。
録音後は長らく演奏することがなかったものの、寺井尚之の同名CDに触発され寺井のアレンジで『Sea Changes』 (Alfa, 1996年)に再録。録音直後、フラナガンは寺井に「ダーラナを録音したぞ!」と電話をしてきた。その弾んだ声は、寺井の胸に今も響く。

8. Tin Tin Deo (Chano Pozo, Gill Fuller, Dizzy Gillespie)
ティン・ティン・デオ:キューバ人コンガ奏者、チャノ・ポゾが口ずさむメロディとリズムを基に作られディジー・ガレスピー楽団がヒットさせたアフロ・キューバン・ジャズの代表曲。
ビッグバンドのマテリアルを、コンパクトなピアノ・トリオ編成で表現するのがフラナガン音楽のもうひとつの特徴で、哀愁に満ちたキューバ音楽と、ビバップのイディオムを見事に融合させたアレンジが素晴らしい。

=2nd Set=

1. That Tired Routine Called Love (Matt Dennis)
ザット・タイヤード・ルーティーン・コールド・ラヴ: 作曲者マット・デニスは粋な弾き語りの名手で、TV時代になると “マット・デニス・ショウ”で人気を博した。作曲では、フランク・シナトラに、数多くのヒットソングを提供、その斬新なメロディとハーモニーは、ジャズメンにも好まれた。-「恋という名の、うんざりするようなお決まりパターン、なのに君のような人に出会うと、またまた…」というユーモラスな歌詞に沿うメロディは親しみやすいが、実は転調が果てしなく続く難曲だ。フラナガンはJ.J.ジョンソン・クインテット時代に初録音(『First Place』 Columbia, 1957)、その後、自身のリーダー作『Jazz Poet』 (Timeless, 1989)に収録し、録音後もライヴで演奏するにつれ、アレンジがアップグレードしていった。その進化型を受け継ぐのは寺井だけだ。

2. They Say It’s Spring (Bob Haymes)
ゼイ・セイ・イッツ・スプリング:フラナガンが、NYに春が来るとライヴで “スプリング・ソング”と呼んで愛奏した曲の一つ。これは浮き浮きする春の歌。もともとJ.J.ジョンソン時代のバンド仲間、ボビー・ジャスパーの妻だったブロッサム・ディアリーのヒット曲で、フラナガンは彼女のライヴで聴き覚えたという。

3. A Sleepin’ Bee (Harold Arlen)
スリーピン・ビー:これも楽しいスプリング・ソング、カリブを舞台にしたファンタジックなミュージカル“A House of Flowers” (トルーマン・カポーティ原作、ハロルド・アーレン音楽)の挿入歌。「蜂が手の中で眠ったら、あなたの恋は本物」というヴードゥー教の言い伝えを元にしたラヴソングだ。フラナガンは「ダイアン・キャロルが主演したミュージカルの曲」と紹介をしていたから、きっとキャロルのファンだったのだろう。フラナガン・ヴァージョンを、さらに切り詰めすっきりさせた寺井のアレンジをフラナガンは大いに褒めてくれた。

4. Passion Flower (Billy Strayhorn)
パッション・フラワー:作曲者ビリー・ストレイホーン自身も愛奏した作品(’44)で、フラナガン・トリオのベーシスト、ジョージ・ムラーツの十八番。今夜は、大手術を受け今月復帰した宮本在浩が、以前にもまして素晴らしい弓の妙技で会場を魅了した。パッション・フラワーの一風変わった幾何学的な形は、磔刑のキリストに例えられる。黒人でゲイだったストレイホーンは、エリントンの陰に甘んじた苦悩を、この花に例えたのかもしれない。

5. Eclypso (Tommy Flanagan)
エクリプソ:フラナガンのオリジナル中、最も人気のあるカリプソ・ムードの作品。寺井はこの曲の元はバド・パウエル作曲〈So Sorry Please〉だと推測する。フラナガンの招きで長期NY滞在した最後の夜、フラナガンが《ヴィレッジ・ヴァンガード》で「ヒサユキのために」とスピーチして演奏してくれた思い出の曲。

6. Someone to Watch Over Me (George Gershwin)
サムワン・トゥー・ウォッチ・オーヴァー・ミー:トリビュート・コンサートに初登場の曲。1993年、10人のピアニストを集めたコンサート‐100 Gold Fingersでフラナガンが披露した名演が忘れられない。「私を見守ってくれる人」-今は、寺井がフラナガンの音楽を見守り続けている。

7. Our Delight (Tadd Dameron)
アワー・デライト:ビバップの代表曲で、フラナガンはライヴのラストにトリオで愛奏したものの、レコーディングはハンク・ジョーンズやジャッキー・バイアードとのピアノ・デュオしか残っていない。現在、バップの醍醐味が炸裂するスリリングなフラナガンのアレンジを再現できるのは寺井だけだ。寺井と宮本在浩のプレイは、ドラムレスであることを忘れるほどダイナミックで素晴らしい。
Encore

1. With Malice Towards None (Tom McIntosh)
ウィズ・マリス・トワード・ノン: 当店の大スタンダード曲。「誰にも悪意を向けず」という曲名は南北戦争後のエイブラハム・リンカーンの名言、メロディは讃美歌「主イエス我を愛す」が元になっていて、まさに今の世界に必要な曲かもしれない。
トム・マッキントッシュ(tb. comp. arr.)はこの曲の創作過程で、友人フラナガンのアドバイスをたくさん盛り込んだと語っている。マッキントッシュのみならず、多くの録音があるが、フラナガンのヴァージョンが群を抜いて感動的なのは、そのせいかもしれない。

2. Like Old Times (Thad Jones)
ライク・オールド・タイムズ:フラナガンがアンコールでよく演奏した作品で、作曲者サド・ジョーンズは自己名義の『Motor City Scene』 (United Artist, 1959)に収録。デトロイト時代、 “ブルーバード・イン”で、夜が更けて雰囲気が最高潮になると、サド・ジョーンズたちとプレイしたナンバーだという。フラナガンは、小さなホイッスルをポケットに忍ばせ、この曲の最高のタイミングで、ピューッと一吹きして会場を湧かせた。フラナガンはそういうユーモアのある巨匠だった。寺井もトリビュートで同じ作戦を敢行。
フラナガンと一緒に生きた“昔のように”…