第3回Tribute to Sir Roland Hanna 曲説

Sir Roland Hanna (1932-2002)

 寺井尚之とOverSeasに大きな恩恵をくださったピアノの巨匠、サー・ローランド・ハナを、私たちは親しみを込めて「ハナさん」と呼んでいます。子供のころからクラシック・ピアノの英才教育を受けていたハナさんがジャズを志したのは、デトロイト市立ノーザン・ハイスクール時代、2年先輩のトミー・フラナガンが講堂のピアノでバド・パウエルを練習しているのを目の当たりにしたことがきっかけだった。
 没後24年、今宵のトリビュートはデトロイト・ハードバップ・ロマン派の情熱と、音楽に境界なしという一途な信念を見せてくださったハナさんが日本で作曲、録音した『プレリュード集』などのオリジナル曲と、生前の愛奏曲を、ピアニスト、寺井尚之と、ベーシスト、宮本在浩が心を込めて演奏しました。

Hisayuki Terai-piano, Zaiko Miyamoto-bass

=1st Set=

1. Yours Is My Heart Alone (Franz Lehár)

ユアーズ・イズ・マイ・ハート・アローン:ドイツの作曲家フランツ・レハールがオペレッタのために作曲したアリア。ハナさんはソロ『Sir Elf』、ジョージ・ムラーツ(b)とのデュオ『Romanesque』で繰り返し録音した。邦題は〈君はわが心のすべて〉-ハナさんの熱い血潮が迸るプレイを、寺井はデトロイト・ハードバップ・ロマン派と呼ぶ。

2. Enigma (Sir Roland Hanna)
エニグマ:エニグマは「謎」という意味で、その言葉どおり、神秘的な無調のオリジナル、リチャード・デイヴィス(b)、アンドリュー・シリル(ds)とのトリオによる『Three Black Kings』(’97 JFP)他、ハナさんは何度も録音した。寺井は2002年に鷲見和広(b)と“Echoes of OverSeas”に収録、現在は宮本在浩とのデュオで、ヴァージョン・アップを続けている。

3. Quietude (Thad Jones)
クワイエチュード:タイトルは「静謐」という意味。ハナさんは1967-74の間、サド・ジョーンズ‐メル・ルイスOrchに在籍し、ピアノのフィーチャー曲として盛んに演奏した。デトロイト・ハードバップならではの洗練と品格が薫るサド・ジョーンズ作品。

4. This Time It’s Real (Sir Roland Hanna)
ジス・タイム イッツ・リアル:幸福感と切なさが入り混じったオリジナル曲。ハナさんの盟友で、作詞家、歌手兼ピアニスト、メル・ダンシーに提供した作品。ハナさんが寺井尚之に語ったところでは、何度となく恋をして失敗するフレンチホルン奏者の友人が呟いた言葉ー「今度こそ本物よ! (This time it’s real) 」ーで閃いた曲だという。

5. Prelude No.14 in Cm (Sir Roland Hanna)
ジョージ・ムラーツとのデュオによる『24のプレリュード集- Book2』 (’78, Salvation)に収録された、メランコリックで可憐なワルツ。

24Preludes Book1

6. Prelude No. 2 in G△, Blue, Green, Brown & Black (Sir Roland Hanna)
ルー、グリーン、ブラウン&ブラック:同じく『24のプレリュード集- Book1』より。「青、緑、茶色、黒」は多様な人種の瞳の色を指し、いかなる人種も神の前では平等という、ハナさんの強いメッセージがこもる。ちなみにハナさんの父親は教会の宣教師である。

7. What Does It Matter? (George Mraz)
 ホワット・ダズ・イット・マター?:ジョージ・ムラーツ作のソフトで官能的なボサノバ。デュオ『Sir Elf Plus 1』(’78, Choice)ハナさんが創設メンバーだったニューヨーク・ジャズ・カルテット(NYJQ)のアルバム『Surge』(’76, Enja)に収録。NYJQの来日コンサートでも演奏された。
 ムラーツによれば、録音スタジオで彼が何気なく発した言葉-「それがどうしたんだ?(What Does It Matter? )」が、なぜか曲名としてクレジットされていたという。今夜のコンサートでは、宮本在浩によるベースの美技が喝采を浴びた。

=2nd Set=

1.  Ode to a Potato Plant (Sir Roland Hanna)
オード・トゥ・ア・ポテトプラント:日本語にすれば「ジャガイモ賛歌」というところだろうか?凡人にとっては些細なことにも大きな感動を見出すハナさんらしいタイトル。70年代の清涼感溢れる作品。
 ジョージ・ムラーツ(b)、リチー・プラット(ds)とのトリオによるアルバム『Time for the Dancers』(’77, Progressive)に収録。

2. A Child Is Born (Sir Roland Hanna, Thad Jones)
ア・チャイルド・イズ・ボーン:「最も人気のあるサド・ジョーンズ作品」として知られるが、実はサド・メル時代にハナさんが作った曲だという。子供への慈愛に満ちたメロディーとハーモニーの品格は、いつの時代にも愛される。

3. Prelude No. 4 in Cm, München (Sir Roland Hanna)
ミュンヘン:『24のプレリュード集- Book1』に収録、初めて訪れたドイツの印象を表現した作品。これらのプレリュード曲は、日本側との打ち合わせの行き違いによって、来日してから、僅か1週間で書き上げたものだ。ハナさんの想像力と集中力がどれほどすごいものだったか想像も及ばない。

4. Two Cute (Sir Roland Hanna)
トゥー・キュート:ヴァイオリンの巨匠、ステファン・グラッペリが、ハナ+ムラーツ+メル・ルイス(ds)と組んだアルバム『Stephane Grappelli Meets the Rhythm Section』(Black Lion, ‘75)に収録。軽やかで気品にあふれる作品。ピアノとベースのユニゾンが心地よい。

5. Prelude No.10 in E△, Small Red Piano (Sir Roland Hanna)
スモール・レッド・ピアノ:愛らしさと気品が同居する珠玉のプレリュード。
ハナさんがピアノを始めたきっかけは、5歳の冬、雪に覆われた道で拾ったピアノの教則本だった。幼児の弾くおもちゃのピアノの音が、壮大なグランドピアノの変貌していく、というのが寺井+ザイコウの演奏解釈だ。

6.  A Story Often Told Seldom Heard (Sir Roland Hanna)
ストーリー・オッフン・トールド・セルダム・ハード:「何度語っても、滅多に聴いてもらえない物語」という、少し自虐的なタイトルの美しい作品。
 ハナさんは1962年、NYのジャズクラブ《ファイヴ・スポット》で、時代の寵児として注目を集めるセロニアス・モンクの幕間のピアノ演奏を務め、モンク以外の演奏に無関心の客が立てる騒音の中で演奏する辛酸をなめた。だが、そんな体験が、強烈な説得力を持つハナさんスタイルの原動力になったのかもしれない。ハナさんはこの曲の決定版となる名演を、ソロ・アルバム『Round Midnight』(Town Crier, ‘87)に収録し、寺井に送ってくれた。

7. Summertime (George Gershwin)
サマータイム:ハナさんとジョージ・ムラーツのデュオ・アルバム『Porgy and Bess』(’76 Trio Records)の印象的なオープニング曲。寺井は2000年頃、長らく共演のなかったハナ+ムラーツのコンビを復活させようと尽力したが、あと一歩のところで、ハナさんが肺がんで急逝してしまったことが悔やまれてならない。

Time for the Dancers-Sir Roland Hanna

7. Time for the Dancers (Sir Roland Hanna)
タイム・フォー・ザ・ダンサーズ:ハナさんの愛奏曲で、トリオによる同名アルバム(Progressive, ‘77)他多数の録音があり、OverSeasでも演奏された。
この曲はどんなダンサーをイメージすればよいのですか?」と寺井が尋ねると、「どんなダンサーでもいい。ヒサユキちゃんの好きなイメージで演奏しなさい。」とハナさんは答えた。「じゃあ、ハナさんが白鳥の湖を踊っているところを…」というとハナさんは苦笑していたが、エンディングにチャイコフスキーの一節を入れるのが寺井流。

8. Mediterranean Seascape (Sir Roland Hanna)
地中海の情景:アフリカ~中近東~ヨーロッパと、人やモノが往来する地中海、潮風や海流の変化や、多様な音楽文化が融合する様子が見事に描かれた壮大な作品。
 寺井がこの曲を演奏したきっかけは、ハナさんがそのプレイを自分で採譜し、寺井にプレゼントしてくれたことだ。NYJQの日本公演アルバム『In Concert in Japan』(Salvation, ‘75)やソロ『Round Midnight』に収録されている。OverSeasでは夏のスタンダードとして毎年、寺井+ザイコウのプレイを楽しむことができる。

Encore: Souvenir (Sir Roland Hanna)
スーヴェニール:ハナさんは、’60年代と’70年代に、サラ・ヴォーンの伴奏者を務めた。’90年、癌のため、この不世出の歌手が先立ったときに捧げた追悼曲。寺井+ザイコウは、ハナさんへの想いを込めて、コンサートの締めくくりとした。

 

第3回Tribute to SirRoland Hanna

演奏:寺井尚之-piano
宮本在浩-bass

本コンサートにお越しくださったお客様、応援してくださった皆様に心より感謝します。

Text: 寺井珠重(てらい たまえ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です