大阪は久しぶりの雨模様、先週「トミー・フラナガンの足跡を辿る」で”Here’s That Rainy Day”を聴きました。この歌の中の「雨の日」は、「まさかあるまいと思っていた不幸」を表現する決まり文句ですが、今日の雨はカラカラに乾燥しているこの季節への恵みの雨!OverSeasも加湿器2台フル稼働中でした。
さて、先週ジョージ・ムラーツさんのベース嫁入りのご報告をした直後、兄さんから新しいオーナーに宛てた手書きの礼状が届きました。
ジョージ・ムラーツの1コーラスソロのように、達筆で心の籠った文章には、謝辞とともに、このドイツ製のベースをどれほど気に入っていたかということが書かれていました。
手紙によると、そのベースは、歴代チェコ大統領が主催するプラハ城のコンサートで、必ず使っていたものでした。
民主化以降、チェコスロバキアとチェコ共和国の初代大統領を歴任、同時に世界的な劇作家であったヴァーツラフ・ハヴェル前大統領は、チェコ民主化の象徴、左写真のように、ブラピを超知的にしたようなイイ男、チェコの政治と文芸、両方のヒーローです。共産政権下は、文人カフェで芝居をしながらバーテン稼業、同じ店でムラーツが演奏していたという若い頃からの飲み友達でした。
ハベル前大統領のジャズ好きは有名で、ビル・クリントンが米大統領としてチェコを訪問した時はサックスをプレゼントし、一緒にジャズ・ライブを楽しんだとか。
現在のクラウス大統領は、自らピアノをたしなむジャズ・ファンです。大統領府のプラハ城で「Jazz na Hradě (ジャズ アット プラハ城)」と銘打つ定期コンサートを開催し、内外の一流ミュージシャンを招き、自らMCを務めるという徹底ぶりです。
このベースが最後に出演したコンサートは、このプラハ城、共演者はハンク・ジョーンズ(p)でした。
ナチスやソ連占領など、古代から歴史的苦難の多いチェコの人々にとってジャズは、自由と民主主義の象徴!
日本にやってきたベースは、民主化政権の拠点であるプラハ城でスイングしながら、「自由」の幸せ聴衆と共に謳歌した由緒正しい名器だったのです。
1800年代にドイツで製造されたこの楽器は、いわゆる「オールド」と呼ばれるものですが、名工房のラベルはありません。でも、巨匠ムラーツが何千というベースから選び抜き、長らく愛奏することによって、その体を余すところなく震わせて演奏者に応える楽器になったのです。そして、ピアノにせよベースにせよ、木でできた楽器には魂が宿ります。
素晴らしい演奏者に心をこめて演奏されると楽器の魂が輝きます。OverSeasでトミー・フラナガンやサー・ローランド・ハナが演奏した後は、ピアノのサウンドが輝きを増し、ものすごく良く鳴ります。寺井尚之も調律の川端さんもそれを「奇跡」と言います。「ピアノが喜んでいる」としか思えない音色になるんです。逆もまた真なり。大切にすればするほど、楽器の情が深くなり、喜んだり悲しんだりするものです。
ムラーツが故国のお城で演奏する喜び、歴代大統領の感慨、一般市民の楽しさがこもった楽器、今回の嫁入り騒動中、実は嫁入り先を日本に決めたは、ムラーツ兄さんではなくて、この楽器自身だったのでは・・・と思ったこともありました。
新しいベースのオーナーは、何よりもまずムラーツが大好き、これからはムラーツ以上に愛し続けてくれることでしょう。彼は現在、彼女の類い稀なサウンドバランスに惚れ惚れしている様子です。
素晴らしいマッチング、ジョージ・ムラーツも3月にNYでカムバックが決まっています。きっと来日して、このベースに再会する日が来ることでしょう。
どうぞ末永くお幸せに!
CU