対訳ノート(31)Don’t Explain

 皆様、お元気ですか?先週はGW講座で連日名唱を聴きました!ビリー・ホリディ、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエ、のべ100曲が登場したことになります!
 スタンダード曲やブルースは言うに及ばず、ビバップ、シャンソン、ボサノバ、ステファン・ソンドハイムまで!ビリー・ホリディ、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエという3人の歌手を取り上げて、寺井尚之が絶好調の解説を聞かせました。(解説書があります。
 3人ともデビュー当時は美人歌手、でもきれいなだけでは終わらない。年齢を重ねるにつれ、それぞれのスタンスで、歌に新しい命を吹き込む姿に感動!聴きながら目を真っ赤にしているお客様が多く、私もウルウル・・・やっぱり皆で一緒に聴くといいなあ。講座やってよかった!
 今も、私の頭の中では、GWに聴いた色んな歌が響いています。「幸せ」にも「不幸せ」にも、本当に色んな切り口や表情があるんだ!
 今日は、講座で聴いた歌の中で、日本の歌謡曲と一番似ていた歌、ビリー・ホリディとカーメン・マクレエで聴いた“Don’t Explain”のことを書いてみたいと思います。
<私小説的ソング>
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  レディ・デイは、僅か44年間の壮絶な人生と歌が同一視されることによって、カリスマ化された。“My Man”では「何人もの女を操り、金を絞り上げ、時には殴るヒモ男でも、抱かれるだけで苦労を忘れる」可愛い女、”Fine and Mellow”では「恋をすると、賭け事や深酒に溺れる」破滅型の女・・・ビリー・ホリディには、歌の主人公と実像の境目が見つけられません。現実は必ずしもか弱い女性ではなかったとしても、それが名人芸!
 “Don’t Explain”は、男運に恵まれなかったホリデイを象徴する歌。ホリディの夫、ジミー・モンローが帰宅すると、ワイシャツの襟に口紅がついていたという実際の出来事を元にしてビリー・ホリディ自身が作った歌です。
 ホリディは”Don’t Explain”誕生秘話についてこんな風に語っています。
 「夫の襟についた口紅が目にとまった。すると夫が私の視線に気づき、延々と弁解を始めたの。私が最も耐え難いのは“嘘”、嘘をつかれるくらいなら、浮気されるほうがずっとまし!だから「風呂にお入んなさい!」と話をさえぎって言ったのよ。「Don’t Explain(言い訳はやめなさい)」って。
 その言葉(Don’t Explain)が、ずっと私のへっぽこ頭の中で響き続けていた・・・何とかこのいやな科白を忘れてしまいたい!そう思いつめるうち、醜い思い出が悲しい歌に変身して、知らず知らずに口づさんでいた。あっという間に歌が出来上がったのよ。それから、作曲家でブレーンだったアーサー・ヘルツォグが、私の歌うのを聴きながら、ピアノで音を拾い、歌詞を書きとめた。そして2,3箇所のフレーズを修正して、ソフトな感じに仕上げてくれた。」

 こういう現象を哲学者は「昇華」と呼ぶんですね!
HolidayMonroe.jpg ビリー・ホリディとジミー・モンローは1941年から44年まで結婚しています。モンローはトロンボーン奏者で、兄はハーレムのクラブ、ビバップの生地、”モンローズ”の経営者、クラーク・モンロー。ジミーは兄の店で演奏活動をしていましたが、ヘロインの密売容疑で逮捕され、ホリデイが多額の弁護費用を払う羽目になりました。男で苦労する彼女の姿と歌がシンクロして、この歌も大ヒットしたんですね。森進一の「おふくろさん」とか、昭和の歌謡曲もそういうのが多かった・・・
 「女を作ってもいい、一緒にいてくれるなら・・・」という切ない切ない歌、ホリディの歌には、男なしには生きていけない女の弱さや哀しさが漂います。
 「いい、悪いはどうでもいい。私にはあなたしかいない。」殿方は、そう言うホリデイに観音菩薩を観る。男性でなくても、「赦し」を感じるのは、私だけではないでしょう。歌詞はいくつかヴァージョンがありますが、要約するとこんな感じ。原歌詞を読みたい方はこちらをご参照ください。
ネット上で聴くことも出来ます。

<Don’t Explain>
Billie Holiday, Arthur Herzog
言い訳はいいの、
ただ、このまま一緒と言って。
帰ってくれて嬉しいの、
だから言い訳は止めて。
静かにして、
言い訳しても何もならない、
口紅の話はよしましょう、
言い訳は止めて。
人の噂に泣かされて、
あなたの浮気はお見通し、
いい悪いはどうでもいい!
一緒に居てさえくれるなら。
・・・
あなたは私の喜び、そして苦しみ
私の命はあなたのもの、
だから言い訳はやめて。

 しかし現実は違っていて、ビリー・ホリディ自身、夫がありながら、トランペット奏者のジョー・ガイと関係していた。この彼氏もモンロー同様、ヘロイン中毒、ホリディ自身がヘロインの虜になったのもこの時期でした。
 ビリー・ホリディは、トラブルを起こすホットな男ばかりを選んで付き合ってた。相手をわざと挑発して、自分からなぐられるような状況を作り出す癖があったと、伝記では言われています。
「恋すると、いけないことと、判っているのにしてしまう・・・」”Fine and Mellow”より。
<マクレエの凄み>
Carmen+McRae.jpg
 一方、カーメン・マクレエ晩年の”Don’t Explain”は、歌の印象が激変します。NYブルーノートのライブ盤“For Lady Day Vol1,2″はマクレエの最高作と言えるかもしれません。
 63歳のマクレエが歌う”Don’t Explain”に「女性のか弱さ」や「菩薩」の姿は、これっぽっちも感じられません。淡々としながら、恋に命を賭けた「覚悟」というか「凄み」が出ています。この歌が終わったら、主人公は夫をズドンと一発で殺して、自分も一緒に死のうとしているんだ!と、聞き手に確信させる瀬戸際の迫力があります。殆ど同じ歌詞を歌っているのに「女の性」が影を潜めて、人生の「覚悟」がクローズアップされるんです。
 マクレエはビリー・ホリディを愛して尊敬して、一挙一動をみつめながら成長した歌手、その結果、全く違う歌の世界を作り出した。本当に凄いことです。
 寺井尚之がトミー・フラナガンを見つめ続け、自分のスタイルで演奏していることを思うと、二つの『言い訳しないで』は、とても興味深く思えて仕方がありません。
CU

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