“The Cats” トミー・フラナガンの青春グラフィティ

The_cats.jpg  演奏者:Tommy Flanagan, John Coltrane(ts),  Idrees Sulieman(tp),Kenny Burrell,(g) Doug Watkins(b), Louis Hayes(ds)   =録音日:1957 4/18=

  

今日のテーマは有名アルバム『The Cats』(LP New Jazz 8217)、OverSeasの「新トミー・フラナガンの足跡を辿る」で、寺井尚之が徹底的に演奏内容を検証しているので書きたくなりました。


『The Cats』、タイトルそのままのネコ・ジャケットは、MuseやXanaduなど、多くのレコード・レーベルを創った名プロデューサー、ドン・シュリッテン作。”Cat”というスラングは、’20年代に黒人達が、「ジャズ・ミュージシャン」の意味で使い始めたそうですが、アルバムが録音された’50年代には、かっこいい男、「イケメン」の意味になっていた。最近は性別関係なく使っていいみたい


<フラナガンの不思議なMC>

 

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 1984年12月、トミー・フラナガンがOverSeasで初めてコンサートをした時のMCは謎めいたものだった。

 「1957年に私はジョン・コルトレーン達と共に『ザ・キャッツ』というアルバムを録音いたしました。次の曲はアルバム中の”マイナー・ミスハップ”であります…」(大喝采)

 ダイアナ夫人は、この曲を知ってるんだ!と喜んでいましたが、フラナガンの言い方は、なんとなく引っかかるものだった。”Minor Mishap”は、「小さな災難」とか「小事故」を意味する言葉。(英語サイトには、例えば、雨上がりの道で、水たまりを踏んでしまい、靴下までびしょびしょになって、気持ちワル~というような時、大怪我したわけじゃないけど、へこむなあ・・・って時に使うとありました。)だから、フラナガンのMCは、「アルバムの中には、バツの悪いこと」が、なにかあったとほのめかしているようにも取れたのです。

  <マイナー・ミスハップはどこ?>

それは今月の足跡講座で、寺井尚之が、バッサリ明瞭に解説した。なにしろ、ドラム=各プレイヤーの4バース交換は8小節が欠落する想定外の事態、どさくさに紛れてフラナガンのソロの後ろでは、ケニー・バレルがせっせと四つ切りをやっている。バーラインを越える流れるようなフレーズが身上のデトロイト・ハードバップで、四つ切りやリムショットはご法度。それにしても、バレルの四つ切りが聴けるのはとても珍しい。ギタリストの末宗俊郎さんにお伺いしたところ、「後年もう少しゆるーい感じでスポット的に使う例はありますが、バレルがまともに四つ切してるのはこれしか知りません。」とのことでした。

でも、何故そんな事に?


<名門レーベル:プレスティッジ>

 

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 このアルバムを制作した”プレスティッジ”は、Blue Noteと並び称される名門ジャズ・レーベル、創業者のボブ・ワインストックは、15才の時から通信販売で稼ぎ、18才で”Jazz Record Corner”というレコード屋店を開業、ジャズ好きが高じて”プレスティッジ”を創設したのが弱冠20才というベンチャー起業家。小さなことからコツコツと儲けたワインストックの製作姿勢は「即興演奏というジャズ本来の姿を捉えるブロウイング・セッション形式のレコーディング」・・・語感はカッコいいけど、平たく言えば低予算。Blue Noteがアルバム・コンセプトをしっかり作り、ミュージシャンに2日間のリハーサル・ギャラを支払ったのとはかなり違う。それにも拘らず名盤が多いのは、ジャズ界に天才が多かったから?

<Overseas前夜の初リーダー作>

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 『The Cats』は、新進ジャズメンをフィーチュアした”ニュー・ジャズ”というレーベル用に録音された。収録曲全5曲中4曲がトミー・フラナガンのオリジナル、残りのスタンダード1曲(How Long Has Been Going On?)がピアノ・トリオですから、リーダーは明らかにフラナガン。他のメンバーは、ベテランでワインストックの信望厚いトランペット奏者、イドレス・スーレマンとフィラデルフィア党のジョン・コルトレーン、フロントを除く全員が、気心知れたデトロイト出身者でした。ドラムのルイス・ヘイズは当時まだ19歳!デトロイトの”ブルーバード・イン”の窓からエルヴィン・ジョーンズのプレイを盗み聞きして育ち、ダグ・ワトキンス(b)を通じて、ホレス・シルヴァー(ds)の目に止まり、NYに出てきて僅か数ヶ月の録音です。

 

 フラナガンは27才、髪もふさふさ大きな瞳、インディアンの血統を受け継ぐ精悍な顔立ちの”キャット”、この2か月後には、世界的トロンボーン奏者、J.J.ジョンソン・クインテットのピアニストとして初ヨーロッパ楽旅、滞在地のスェーデンでは自己トリオでのレコーディングも決まっていた。それが名盤『Overseas』!つまり上り調子だ!そこに飛び込んで来たリーダーの役まわり、きっとフラナガンは張り切ったんだ!

 録音の依頼を受け、フラナガンは大好きなテナー奏者、コルトレーンに自ら電話をかけて共演を頼んでいます。

<ジョン・コルトレーンのミスハップ>

 

blue_trane_francis_wolf.jpg 一方、共演を頼まれたジョン・コルトレーンは、その時ドツボ、苦境のまっただ中だった。最大手コロンビア・レコードがバックアップするマイルズ・デイヴィスのバンドを「ドラッグとアルコールによる不始末」でクビになったのが録音の4日前!野良猫にならないために、プレスティッジと不利な専属契約を交わしたばかりだったのです。プレスティッジは、ミュージシャンがきちんと仕事をする限り、ジャンキーに寛容だったし、ギャラは即金、問題を抱えるアーティストには何かとありがたかったのです。 

 そんなコルトレーンを救ったのがセロニアス・モンク。表向きは不可思議な言動で皆を煙に巻く「バップの高僧」、でも仲間内では、先輩に礼儀正しく、後輩にとっては誠実な「師」として敬愛されていた。デトロイト時代からバップの原理主義者として有名だったフラナガンは、尊敬するモンクに「選ばれた弟子」コルトレーンに大きな魅力を感じ、お互いの家を行き来しては、一緒に練習を重ねていたのです。だからコルトレーンにだけは『ザ・キャッツ』の録音予定曲も、見てもらっていたかもしれません。オリジナル曲の録音を推奨するプレスティッジの意向に添って自作曲を揃えた。上述の“Minor Mishap”そして、月に因む”Eclypso”と、太陽に因む ”Solacium”を対にして並べたところもフラナガン流!ブルースの”Tommy’s Tune”以外のこの3曲は、どれもこれも目まぐるしくキーの変わる難曲で、ワン・テイク・オンリーのレコーディングでは、到底、パーフェクトな仕上がりになる題材ではなかった。でも、フラナガンは強気で押し通す。信頼の置ける実力者がフロントで、同郷デトロイト出身者でバックを固めれば、一発勝負でもなんとかなる!フラナガンはそう思って賭けに出た。 

 でもフラナガンは知らなかった。コルトレーンが、ヘロインと決別を試みて、非常に体調が悪かったことを…その結果、出来上がりは厳しいものになってしまった。

 

 <やっぱりフラナガンも若かった!>

 たとえ共演者が親しい仲間でも、リーダーと同じ熱意と気合でがんばってくれるとは限らない。でもフラナガンは若く、そこまでは思い至らなかったんだ。

 ”Minor Mishap”というタイトルは、トミー・フラナガンが得意とする自虐的ユーモアに違いない!元のタイトルは何だったのだろう?生きているうちに分っていれば訊いておけたのに・・・後悔先に立たずです。

 結局、この録音は2年間お蔵入りのままで、リリースされたのは、コルトレーン人気が高まった1959年になってからです。

 それ以降、フラナガンが同じ過ちを繰り返すことは二度となかった。でも、イチかバチかの強気な性格は終生、そのプレイに反映されていたと思います。

 『The Cat』の録音スタジオで、もう1テイク録音することが許されていれば、どんな演奏に、どんなアルバムになったろう?あの時のフラナガンのMCは、血気盛んな青春へのほろ苦い思いが込められていたのかも知れませんね。

 『The Cats』初演の3曲のオリジナル(ブルース以外)は、フラナガン終生の愛奏曲となっています。

=収録曲=

1. Minor Mishap (トミー・フラナガン作)

2. How Long Has This Been Going On? (ジョージ・ガーシュイン作)

3. Eclypso (トミー・フラナガン作)

4. Solacium (トミー・フラナガン作)

5. Tommy’s Time (Blues:トミー・フラナガン作)

参考文献:

  John Coltrane: His Life and Music(Lewis Porter著)Univ of Michigan Press刊

  The John Coltrane Reference  (Lewis Porter, Chris DeVito, David Wild, Yasuhiro Fujioka, Wolf Schmaler共著)  Routledge刊

   Kenny Burrell Interview from Smithonian National Museum of American History

  Before Motown A History of Jazz in Detroit, 1920-60 (Lars Bjorn.
Jim Gallert
共著) University of Michigan Press

     「トミー・フラナガンの足跡を辿る」第1巻(寺井尚之著)Jazz Club OverSeas刊 

「“The Cats” トミー・フラナガンの青春グラフィティ」への2件のフィードバック

  1. 大変興味深い逸話。
    寺井家でしか聞き出せないトミーさんの真意と、コルトレーンのヘロヘロ状態と、一発勝負のPrestigeという三者の絡みが初めて繋がり、このアルバムの裏側が見えました。
    ありがとうございます。

  2. 匿名さま、こんにちは!
     トミー・フラナガンには「謎」の言葉が多く、凡人には、何年も経ってから「ああ、そうだったんだ」と思い膝を打つことが多いのです。
     ジョン・コルトレーンの分厚い資料に、謎を解くヒントがありました。
     励ましのコメントに感謝です。これからもよろしくお願いします♪

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