残暑お見舞い!
ここ最近、パノニカ男爵夫人やドリス・デュークといったリッチ・ガールズの話題が続きました。今日は、今回は身の丈に合ったテーマ、貧乏っぽくてやるせない歌の話を。
もうすぐTVドラマで始まるのがうれしい、上方を代表する文学者、織田作之助原作「夫婦善哉」の主人公、柳吉のテーマソングみたいな歌。
<ビター・スイートなラブ・ソング>
”She’s Funny That Way”という味わい深い古い歌曲(1928)を御存知ですか?大恐慌勃発の年(1929)に、ジーン・オースティンという歌手で大ヒット、エロール・ガーナー(p)、コールマン・ホーキンス(ts)など多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げました。が、なんといってもビリー・ホリディの十八番として有名な歌。ホリディは1937年、レスター・ヤングを擁するOrch.とVocalionに初録音して以来、度々歌詞を変更しながら何度もレコーディングしています。
ビリー・ホリディの忠実なフォロワーといえるアート・ファーマー(flh)が1979年にトミー・フラナガン3と来日公演したときに大阪サンケイ・ホールで演奏していたのを思い出します。もちろん、ビリー・ホリディが歌うときは、”He’s Funny That Way”となり、歌詞もそれなりに変わります。オースティンのノスタルジックなヴァージョンはここに。
この歌は風変わりなラブ・ソングで、実らぬ恋のトーチ・ソングでも、燃えるような情熱の歌でもない。この”That Way”は「そんな風に」と「大好きで」のダブル・ミーニング、力づくで日本語にすると「おかしなほど私に惚れている」という感じ。自慢話のようなのですが、歌が進むに連れ、だんだん哀しく切なくなってくる。
自分は愛される値打ちのない人間、相手がダメになっていくのは、”私”が足を引っ張っているせいなんだ。だけどもう身を引くことなんて出来るもんか!歌の主人公は、まるで”Sex and the City”で流行語になった”フレネミー”(friend +enemy)だ。でもこの歌はTVドラマより、ずっとずっと甘くて苦い。その稀有な味わいゆえに、映画の挿入歌として効果的に使われています。例えば、ウディ・アレンの『地球は女で回ってる』とか、エド・ハリスが精神を病んでいくアーティスト、ジャクソン・ポロックを演じた『ポロック 2人だけのアトリエ』とか・・・・
作詞 リチャード・ホワイティング(1891 – 1938)、作曲 ニール・モレット(1878 – 1943)、作詞のホワイティングは作曲家として”Too Marvelous for Words”や”Miss Brown to You”などのヒット曲を作った。ヴォーカル通ならマーガレット・ホワイティングの父としてお馴染みかもしれません。かれが生涯で作詞したのはこの一曲だけ!こんなに味わい深い歌詞が書けるのなら、もっと書けばよかったのにと思ったら、それには理由があったんです。
マーガレット・ホワイティングが父の書いた歌詞について面白い逸話を語ってる。(”They’re Playing Our Song” Max Wilk著)
イリノイ州出身のホワイティングは元々デトロイトを拠点に充実した作曲活動をしていた。ところが彼の所属する音楽出版社から、ハリウッドで映画音楽の仕事をするよう要請されます。仕事も順調で、住み慣れたデトロイトから遠く離れた西海岸に移るのは外国に挑戦しに行くようなもの。当たらなければお終いだ。きっと妻のエレノアは反対するだろうな・・・そこでホワイティングは、この歌詞に、「着いてきて!」という願いを込めた。だから、三コーラス目の歌詞にこんな言葉がある。
“僕は凡人、せいぜい臆病者がいいところ、
だけど僕が西部に行くなら
きっと彼女は着いてくる”
聡明な娘、マーガレットは本の中でこう語ってる。
「父は、母が西海岸に着いてこないと、本気で心配をしていたわけではなかったでしょう。ただ、父は母のことをとても愛していたんだと思います。その気持が、父に唯一の歌詞を書かせた理由です。」
SHE’S FUNNY THAT WAY
(I GOT A WOMAN, CRAZY FOR ME)原歌詞はこちら(Verseなし)
作詞:Richard A.Whiting / 作曲: Neil Moret
<Verse>
昔はたいそうめかし込み、
ロールスロイスまで持っていた。それが今じゃ落ちぶれて
堕ちる風情は流れ星。
いったなんで惚れてくれたのか?
じっくり考えてみなくては。
<Chorus①>
見栄えも悪く、深みもない
生きてるだけがとりえの男、
なのに幸運なのは、
恋人がいる、
おまけに私に夢中、
それがあの女のおかしなところ。
1セントの貯金もできぬ、
価値の無い男、それが私、
でも、彼女は嘆きもせず
テント暮らしも厭わない。
この女、
私に首ったけ、
そんなおかしな女。彼女は私の為に、
毎日進んで働く。
もし私が身を引けば
ずっとましな暮らしができるだろうに。だけどわざわざ自分から、
何でこの身を引かねばならぬ?きっと私がいなければ、
不幸せになるにきまってる。
私の女、 私に夢中、
そんなおかしな女。(②中略)
<Chorus③>
財産もなく、身内もない、
私にしては身に余る、
私の彼女、私に夢中、
それほど変な女、
ときおり彼女の心を傷つける、
それでも笑顔で答える女、
私の彼女、私に夢中、
それほど変な女。
思うに最善の方法は
別れて自由にしてやって、
ましな男に添わせること、
だけど私は凡人、
いいとこ ただの臆病者、
これだけは言える、
私が西に行くならば
彼女は私についてくる!
私の彼女、私に夢中、
それほど変な女。
<夫婦愛から曽根崎心中まで>
この作詞が功を奏したのか、翌1929年、一家はロスアンジェルスに移住し、映画界で成功した。ホワイティング家には、音楽サロンとして、アート・テイタム始めさまざまなミュージシャンが出入りしました。美しき哉、夫婦善哉!
でも、ビリー・ホリディの歌唱を聴くと、そんなアット・ホームな歌の世界をはるかに超越してしまってる。ホリディが歌うのは、「夫婦善哉」どころじゃない!同じ上方ものでも、近松門左衛門の曽根崎心中だ!レディ・ディって和事だなあ!その「解釈」の力、卓抜な演出力に感服です。
ポピュラー・ソングを隅々までメティキュラスな批評してみせたうるさ型系音楽家アレック・ワイルダーでさえ、歌詞を絶賛し、サビへの移り変わりを「革新的」とまで評しています。
“He(She)’s Funny That Way”、あなたは近松派?それとも夫婦愛系ヒューマン派?どちらがお好きですか?
「夫婦善哉」で検索してこのブログにたどり着きました。映画&音楽のファンです。私のブログで紹介させていただきましたが、不都合ならばご連絡ください。
白楽さま、ブログにご紹介くださってありがとうございます!コメントいただいてから「夫婦善哉」で検索してみましたが、全然自分の書いたものは出てこなかったので「ようおこし!」ってかんじです。
ほんとの大阪弁で綴られる恋の物語、映画では塩昆布炊くシーンが忘れられません。ありがとうございました。