<Sunset and the Mocking Bird>は トミー・フラナガンの『バースデー・コンサート』(’98)のタイトル曲もなった名演目。もうすぐトリビュート・コンサートで演奏する予定の寺井尚之によれば、この曲こそが、デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンの「神コラボ」の白眉!
トミー・フラナガンは’70年代、NYのジャズ系FMの番組のテーマ・ソングに、エリントン楽団のオリジナル・ヴァージョンが使われていたので、自然と聴き覚えてレパートリーになったと言っていて、確か’82年、フラナガンが来日した時( Rufus Reid-bass、Billy Higgins-drums)でも、メドレーとして演奏していましたから、長年の愛奏曲です。
<女王組曲>
この曲の霊感は、フロリダ半島で聴いた不思議な鳥の鳴き声だったそうです。エリントンは、一番の側近である名バリトン奏者、ハリー・カーネイの運転する車に同乗し、次の公演地に向かっていた時、夕暮れの山合いに聞いたその鳴き声の主が、モッキンバード(モノマネドリ)だと聞き、車中で一気に描き上げた、デューク・エリントンの自伝的エッセイ『Music Is My Mistress』には、そのように書かれていますが、真実はエリントンとストレイホーンのみぞ知る…
夕暮れの壮大な大自然の美が、AABA形式の中にすっくり収められた、山水画のような名曲、この作品は、1958年、英国のエリザベス女王に献上した『女王組曲』の冒頭に収められました。
<たった一枚のLP>
1958年、エリントン楽団は、イングランド、ウエストヨークシャーのリーズ音楽祭に出演、リーズ市長が主催するレセプションに招待され、ロイヤルファミリーに謁見することになりました。エリントンは幸運にも、謁見の列の最後尾に居たために、エリザベス女王とフィリップ殿下夫妻と、一番長いおしゃべりを楽しむことになります。
「英国は初めてですか?」と女王に尋ねられたエリントンはすごく緊張したそうですが、「いえ、初めてお邪魔したのは1933年ですから、女王陛下のお生まれになるずっと前です。」と答えたんだそうです。
すると女王陛下は、父君の英国王、ジョージ6世がエリントン楽団の膨大なコレクションを持っていることや、フィリップ殿下も大のエリントン・ファンであることを、とても打ち解けた様子で語ってくれた。感激したエリントンは「それでは、ぜひ陛下の為に音楽をお作りします。」と約束したんだとか。
早速ストレイホーンと共に6つのムーヴメントを作り、ジョニー・ホッジス(as)、ハリー・カーネイ(bs)、ジミー・ハミルトン(cl)、キャット・アンダーソンという錚々たる楽団メンバーを招集し、自費で録音、たった一枚だけその場でプレスし、バッキンガム宮殿の女王陛下に献上して、約束を守ったというのです。そして、その事実は、PRの種に使われることもなく、エリントンが亡くなるまで、全く外部に公表されなかった。
ビリー・ストレイホーンが亡くなって6年、デューク・エリントンが亡くなって2年後、エリントンの子息、マーサー・エリントンが、このテープを売却、他のいくつかの組曲と共に、『Ellington Suites』というアルバム名でリリースされ、私達に聴くことが許されたといういわくつきの組曲です。
トミー・フラナガンは、エリントン+ストレイホーンの神コラボの真髄を本当に上手に捉えて、モッキンバードの鳴き声が、ピアノの神タッチで鮮やかな夕焼けの中に浮かび上がります。大自然を描いたエリントン―ストレイホーンによるビッグバンド作品を、そのままピアノ・トリオのフォーマットで表現してみせたフラナガン円熟期の美学は、大自然を、そのまま庭園として表現したり、小宇宙的な盆栽を作ったりする、私達の芸術感と共通するものを感じずに入られません。
トリビュート・コンサートでは、フラナガン譲りのピアノの色合いも聴きどころ!どうぞご期待ください!
なるほど出だしのポロポロポロ♫というのはサエズリだったのですね。
それにしてもオリジナル盤はたった一枚だけの献呈レコードだったとは初めて知りました。
息子が売らなかったら一般人が耳にすることも無かったわけですね。
ドクトルさま、そうなんです。不思議なエレガンスがありますよね。
マーサー・エリントンにも色々事情があって、音源を売ったのでしょう。或いは、素晴らしい芸術を世に出したかっただけなのかもしれませんが、彼には、実の息子ながらもミュージシャンとして、ストレイホーンほどの信頼を寄せられなかった不幸がありますよね。
企業家でもアーティストでも、その辺りの親子関係が難しいですね~~~