寺井珠重の対訳ノート(1)

何故対訳を作るのか?
budapest.JPG
ワシントンDCスミソニアン博物館にあるブダペストでのエラ・フィッツジェラルド・コンサートのポスター、この前年に同地で開催されたコンサートの模様は次回講座で!
 ジャズ講座が来週に迫って来ました。いよいよトミー・フラナガンのディスコグラフィーが’70年代に入り、しばらくはエラ・フィッツジェラルドとの共演作が続くので、私はサラ金地獄のように、対訳に追われる毎日が続いてます。’97年第2学期のビリー・ホリディ講座以来、今までのジャズ講座の為に、何曲の対訳を作ってきたのか到底数え切れません。今月だけで約35曲は作る予定です。
 現在は書店にジャズのスタンダード曲の出版物や、ネット上に訳詩サイトも数多くあるのに、何故私はいちいち対訳を作っているのでしょうか? 
 第一の理由として、書物やネット上の訳詩は、スタンダード曲の元の形、ブロードウェイや映画などに公開された際のオリジナル歌詞の「意味」を伝えるニュートラルな「情報」となっています。
  
 ジャズであろうとなかろうと、名歌手なら、その歌で何を表現したいのかという「狙い」をドーンと打ち出してくるのですから、ニュートラルな訳では、表現しきれないところが当然出てきます。私はそこのところを、講座のOHPをみてもらいながら一緒に楽しみたいのです!
BH1.JPG CARMEN.JPG
左、フラナガンがこよなく愛した歌手ビリー・ホリディ、右、ホリデイに強い影響を受け独自の境地を作ったカーメン・マクレエ
 例えばビリー・ホリディなら、歌詞の歌いまわし一つで、「可愛さ」や「男の罪を赦す女心」ひいては「自分の罪も聴く者の罪も赦す」観音様のような境地を、歌によって色々と出し方を変え、聴くものの心を揺さぶります。逆にカーメン・マクレエなら、可愛さを隠し、人間の「業」というか、瀬戸際の情感をガチンコでぶつけてくる。歌詞自体を変える場合も変えない場合も同じです。講座の日本語訳では、それを出したい!と思いながら、いつも作っています。
 flanagan_tommy.jpg
 
 さて、来週の講座に登場するエラ・フィッツジェラルドはどうでしょう? 彼女の歌詞解釈は寺井尚之の名解説を聞いていただくのが一番ですが、ジャズ講座で取り上げるフラナガンとのコラボ盤の殆どがライブ盤、故に同じ曲でも彼女の歌う歌詞は、9割以上どこか違っています。ステージの流れや、バックとのやりとりで変わったり、伝説となっている「歌詞を忘れちゃった」現象が、逆に凄いアドリブを生み出したりして、歌詞の聞き取り作業は楽しくて仕方ありません。それに加えて、エラはその時代のヒット曲をどんどん取り上げて、自分の歌のしてしまうところも楽しんで欲しい!
 
 おハコの「マック・ザ・ナイフ」にしても、講座に登場するものは、巷で代表作と言われる『エラ・イン・ベルリン』から10年以上経過し、おまけにトミー・フラナガンがバックなのですから、当然、数段スケールの大きな歌唱になってます。
 また、エラには“メドレー”という伝家の宝刀があります。これはトミー・フラナガンが音楽監督になってから、公演を重ねるたびに、どんどん内容が濃くなっていくのを聴くのがまた楽しい!ボサノバ、コール・ポーターもの、デューク・エリントンものなどメドレーと銘打ったもの以外にも、How High the Moonなど、あれよあれよと言う間に何曲登場するか… 替え歌まで入ってくるエラの歌唱、これも対訳を見ながら楽しんで欲しいところです。
FC0375400818.JPG
 対訳を作る場合に一番参考になるのは、ロバート・ゴットリーブとロバート・キンボールが編纂した『Reading Lyrics』という、ポピュラー・ソングの歌詞集。何がよいかと言うと、歌詞にカンマやピリオドの「句読点」が記されているのです!これがなくては、正しい日本語訳は絶対に出来ません。ジャズの訳詩の書物やサイトに、句読点がないのはちょっと不思議です。それでも判らないところは、アメリカ人の友達に聞くのが一番手っ取り早い。持つべきものは友!東京で、企業の翻訳の仕事をしているバリトン奏者、ジョーイ北村氏と、元ジャズ歌手のダイアナ・フラナガンが私の一番のサポーター。それ以外にチャック・レッド(ds)やウォルター・ノリス(p)先生など、私の質問に悩まされた人は世界中に数多い。
 今回の講座に登場する“The Lady Is a Tramp”の対訳では、ダイアナに1時間以上付き合ってもらいました。“Tramp”も、ほんま日本語に逐語訳しにくいですね。アバズレでも浮浪者でも、しっくり来ないのがコマる。ダイアナにTrampの意味をしつこく追求したら「ともかく、私のことだって思っときゃいいのよ。」なんて言ってましたが、対訳にうまく反映できたらおなぐさみ。
 ベニー・グッドマンは、ホイットニー・バリエットのインタビュー集でこう言っていました。「アドリブの行方に迷ったら、歌詞を読めばいい。歌詞は最高のナビゲーターだ。どう行けば良いか、そこに全てが記されている。」
 エラ・フィッツジェラルドがわんさか登場するジャズ講座は、12月8日(土)から数ヶ月間続きます。CU!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です