寺井珠重の対訳ノート(4)

 My Funny Valentineとシェイクスピアの粋な関係
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ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616) ロジャーズ・ハート・コンビ、右のバーコードの人がロレンツ・ハートです。
 
  寺井尚之のジャズ講座が始まってから足掛け11年、毎月第二土曜は、相変わらず楽しい集い!ビリー・ホリディから始まった私の対訳歴も10年を超えてしまったのですが、今だに名歌手の歌唱解釈、名歌詞に学ぶことが一杯です。
 
  英語の歌詞を日本語に置き換える際には、ごくシンプルな一節でも、その出所や、時代、歌手の歌い方…色んなことを想う。原典の映画や原作、作者の人となりなど、とにかく調べてみる。『スタンダード』と呼ばれる歌は、殆どがジャズ用に書かれたわけでなく、芝居や映画で流行ったもの、俗にティン・パン・アレイと呼ばれるNYの音楽出版の街角が出生地だ。当時の歴史やファッションなど色々調べ回し、全てを一旦ご破算にした上で、歌手の歌唱解釈をもう一度考えてみる。出典とは全く無関係な音楽世界になっているものもあるから、歌の出身ににドップリ浸るのも問題です…
  なーんて言うと大げさですね。ガキの頃から映画好き小説好き。”Sleepin’ Bee”の訳詩の為に、カポーティ短編集一冊読むのも全く苦にならないおっちょこちょいなだけ。
  寄り道好きの私が、このところ気になってしかたないのが、歌詞の後ろに見え隠れするむシェイクスピアの影なんです。クリーム・シチューに白味噌をちょっぴり隠し味として入れるように、バッパーたちがスタンダードを土台にヒップなバップ・チューンを作ったように、フラナガンがアドリブの中にスルっと引用フレーズを織り込むように、シェイクスピアは、幾多のスタンダード・ソングの中にかくれんぼしながらウィンクしているから、発見すると嬉しくてたまらない。
 古典シェイクスピアの戯曲や詩は、著作権がないからか、大部分がネット上で読めるんです。
 
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  シェイクスピアの香り、一番判りやすい例なら、寺井尚之が騒々しい夜に愛奏し、フラナガン3が、『Magnificent』で聴かせてくれる“Speak Low スピーク・ロウ”の歌詞の冒頭部分、

Speak Low
When you speak love,
愛を語るなら小声で囁いて、

  これはシェイクスピアの有名な喜劇「空騒ぎ」第二幕の仮面舞踏会でのくどき文句と同じ。作詞のオグデン・ナッシュが、作曲のクルト・ワイルの口にした名台詞から、一編の歌詞に仕立て上げたと言われている。それ以外にも色々あるのだけど、2月にぴったりのスタンダード曲にも、シェイクスピアの影法師が見えます。
 それはMy Funny Valentine、この歌詞に16世紀の劇作家の影が、もっと巧妙に隠れてました。以前、Interludeで取り上げたThe Lady Is a Tramp同様、”Babes in Arms”の劇中歌、名コンビ、リチャード・ロジャーズ(曲)=ロレンツ・ハート(詞)の作品です。
 ”マイ・ファニー・ヴァレンタイン”は、大スタンダードなのに、とっても誤解されている。
 昔、何かの雑誌で読んだことがあります。「この歌はヴァレンタインという名の恋人へのラブ・ソングで、ヴァレンタイン・デーとは無関係な曲だ。日本人がバレンタインデーにこれを演るのはアホで的外れだ。」と…現在もそういう通念があるみたいです。どうやら”Babes in Arms”の劇中で歌うシチュエーションが、誤解の元になっているのでしょう。
 だけどね、ロバート・キンボール&ゴットリーブ・コンビが編纂したオリジナル歌詞(ランダムハウス社刊:Reading Lyricsより)を見ると、下記のようになってます。訳詩は、以前寺井尚之の生徒達が主催してくれたエラ・フィッツジェラルド講座で使ったものを元にしました。
 エラ・フィッツジェラルドとトミー・フラナガン3が’75の2月14日、東京中野サンプラザでの名唱です。エラもバレンタインデーに歌っていたのです。

My Funny Valentine 曲:リチャード・ロジャーズ、詞:ロレンツ・ハート


My funny valentine,

Sweet comic valentine,

You make me smile with my heart.

Your looks are laughable,

Unphotographable,

Yet, you’re my fav’rite work of art.

Is your figure less than Greek?

Is your mouth a little weak?

When you open it to speak

Are you smart?

But don’t change a hair for me.

Not if you care for me,

Stay, little valentine, stay!

Each day is Valentine’s Day.
私のおかしな恋人さん、

可愛い、楽しい恋人さん、

私を心から微笑ませてくれる人。

あなたのルックスは笑っちゃう、

写真向きじゃない。

それでも、私が一番好きな芸術品。

スタイルはギリシャ彫刻に負けてるかな?

口元が弱い?

その口を開けて話したら、

あなたは野暮ったいんだもの。

でも、私を想ってくれるなら、

どんな些細な所も変えないで。

今のあなたでいて欲しい。

あなたとの毎日が私のヴァレンタインデイ。

 
 
 ほらね、個人の名前なら大文字のValentineだけど、歌詞は小文字のvalentine なんです。「a valentine」というのは、ヴァレンタイン・デーににチョコでなくともカードを送る相手、つまり恋人のこと。決して千葉ロッテ・マリーンズの監督の応援歌ではない。
  この歌は、正真正銘のラヴソングなのに、月も星も、”Love”という言葉すら出てこない。それどころか、「写真向きじゃない」とか「野暮ったい」とか、ネチネチ皮肉っぽいことばかり言う。でも、完璧でない恋人が、却って愛しくてたまらない。どうか、不完全なままでいて欲しい。野暮なままでいい!へんてこなところが好きで堪らないの!と、憎まれ口を言ってから、最後にはとっても切ない気持ちが堰を切ったように溢れる。サラ・ヴォーンが歌うと一層セクシーになって…相手へ官能的な情愛がひしひし伝わるでしょう!
  メロディも”都会的”と言うのかな… 例えば夜更けに、セントラルパークを見下ろす瀟洒なアパートの窓からカーテン越しに見える向かいの部屋の風景。薄暗いNYの照明の下で語らう年齢の離れた男女の姿…『プラダを着た悪魔』に出てくる、最新ファッションでキメたメリル・ストリープみたいな人が年下の恋人に、初老のケーリー・グラントがブラック・ドレスと真珠でキメた太眉のオードリー・ヘップバーンに歌うと、ぴったりする感じ。だって、最後の切なさは、青春を通り過ぎたことを知ってる大人が、なりふり構わず愛を告白する構図が表現されてこそ味がある。
   その反面、聴く者に、完璧な人間でもなく見た目もイマイチなこの私でも、こんな風に想ってくれる人がいるかも知れない!という希望を与えてくれる。本当に粋な詞だ!…と、私はずっと思ってた…
 ところが、この間、シェイクスピアのソネット集を読んでいると、こんなのに出会いました。『ソネット』とは、一定のアクセントを持つ14行の詩です。シェイクスピアのソネットには、愛する少年に宛てて書いた詩と、「ダークレイディ」と呼ばれる謎の黒髪の女性の恋人に宛てたものと大まかに2種類あって、この詩は、明らかに後者ですね。
 

新潮社刊:「シェイクスピアのソネット」小田島雄志訳:<ソネット130番>より抜粋
「私の恋人は輝く太陽にはくらぶべくもない。(中略)
 髪が絹糸なら、彼女の頭にあるのは黒糸にすぎない。(中略)
 香水ならかぐわしい香りを放つものがある、
 彼女の息の匂いなど、とうていそれにかなわない。
(中略)・・・・
 だが誓って言おう、私の恋人は、そのような
 おおげさな比喩で飾られたどの女より美しいと。」

 
  ほらねっ!!アイデアが一緒でしょう!日本なら安土桃山時代か、江戸時代初期、エリザベス朝の英国人、ウイリアム・シェイクスピアの発想を、ロレンツ・ハートが取り込んでいた!大発見やー!と、愚かなる私は得意になったのですが、調べてみたら、「詞」ではなくて「詩」関連の英文サイトに同じことを書いていた人がいました。…ネイティブはエラいな…。
   “シャッキーおばさん”なる人の投稿記事を読むと、My Funny Valentineの歌詞には、『この歌はシェイクスピアのこのソネットを読んで書いたんだ』という、ロレンツ・ハートの犯行声明が潜んでいる、というのです。
   ほんまや!そのとおり、My Funny Valentineの歌詞のヴァース以降の「リフレイン」と呼ばれるコーラス部分はシェイクスピアのソネットと同じの14行詩にしつらえられていたのだった。
  ロレンツ・ハートさん、いえラリー(と呼ばせてもらいたい) ニクいね!!
  モダンでウィットに富む作風を身上にしたハートは、第二次大戦中のアメリカのムードにそぐわず、締め切りを守れない生活態度も災いし、学生時代からの相棒、ロジャーズとコンビを解消後は一層アルコールに溺れ、不遇で孤独な最期を遂げた。
  ナチ台頭時代にユダヤ民族としての悩を抱え、さして見目麗しいゲイでなく、抑圧された気持ちを酒で紛らわしていたラリー・ハートの作った、My Funny Valentineは、ひょっとしたら自分宛てのラブソングだったのかも知れない。
 
 来年のヴァレンタイン・デーには、そんなことを思いながら、この曲を聴いてみようかな。Interludeが奨めたいのは、マット・デニスのMy Funny Valentine、都会的で、シナトラほどカッコよくないけど、とっても粋で、ほんとにファニーな芸術作品なんですから。マット・デニスを聴きながらチョコレートを食べよう!(体重注意)
次回のInterludeは、多分カーネギー・ホールのエラ・フィッツジェラルドにヒーヒー言っているはずなので、エラの歌った曲から紹介する予定です。
CU

「寺井珠重の対訳ノート(4)」への6件のフィードバック

  1. 今回も素晴らしい!勉強させていただきました。
    ぼくはシェークスピアにはとんと縁がなく、「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」とかは多少知ってますが… 「さすがtamaeさん」深い洞察力にいたく感心いたしました。
    My Funny Valentineですけど…
    ぼくも以前、「ジャズ☆私の好きな曲」というコミュニティでこの曲をとりあげた事があります。
    『L.ハート作詞・R.ロジャース作曲、1937年の舞台ミュージカル「ベイブス・イン・アームス」のナンバーで、翌々の39年に「青春一座」として映画化されジュデイ・ガーランドが歌った。バレンタインとは人の名前で主人公が思いをよせる男性の名前。
    ♪ MY FUNNYVALENTINE〜とあるように「私のおかしなヴァレンタイン…」と歌い始めるのは、本来女性が歌う曲だから。歌ものでも、演奏だけのものでも数えきれないほど多くのミュージシャンが取り上げています。』などと…
    ぼく的には、もちろんトミー・フラナガンがお気に入りなんですが。50年代後半から60年代へと、ぼくのよく聴くモダン・ジャズではハード・バップからモード・ジャズ初期の頃… レッド・ガーランドやウイントン・ケリーは絶対はずせませんね。
    My Funny Valentineで「いの一番」に思い浮かぶのは、やはりマイルス・デイビスの「COOKIN’」での演奏。ガーランドのピアノのイントロを聴いて、愛らしいかわいい曲かと思いきや 
    ♪My Funny Valentine・・・と、暗ーいマイルスのソロ。曲の解釈としては曲調がマイナーなせいもあってぼくはかなり落ち込みますね… 歌詞を読ませていただいても、そんなに暗い内容でもないのに。
    たぶん”FUNNY”に落とし穴があるんだと思います。
    ヘップバーンの映画に”FUNNY FACE”があります。「おかしな顔(すなわち)親しみのある顔」というような解釈をすれば、このMY FUNNY VALENTINEは「私の”おかしな”バレンタイン」は、さしずめFUNという単語が意味を持ってくる。
    エラやシナトラが、恋人の事を思い描いき、大好きな人のことを褒めて、ちょっとコケにして… 親しみを持つて歌ってるのかな〜 などとも思うのです。
    ぼくはMY FUNNY VALENTINEというバラード曲は、少々暗くて重たいので最近はあまり聞いていません。
    でもやはり名曲ですね。

  2.  あきじんさま、さすが!よく調べていらっしゃいますね!
     ブロードウエイ作品“Babes in Arms”は劇団を舞台にしたロマンスで、ヒロインのスージーがValentine Whiteに向かって愛を告白するために歌うのだけど、その歌はVal自身の作品で、スージーは”valentine(恋人)”を、”Valentineさん”Valentine個人に置き換えて愛の告白をするんですよね!映画版で、この歌は使われていましたっけ?
     歌自体は劇中のシチュエーションと関係なく、やっぱりvalentine(恋人)なのですから、男性が歌っても全く大丈夫。そうじゃないと、Valerie とか、女性の名前に変えて歌うんじゃないかしら。
     エラ・フィッツジェラルドが歌ったヴァレンタイン・デーのヴァージョンは、ラストで「客席のひとりひとりのお客様が、私のvalentineです。」と歌いかける、冬の心が温かなになるものでした。
     歌詞解釈っておもしろいですね!
    ご訪問ありがとうございました!またお待ちしてます!!
     
     
     

  3.  寺井珠重さん
    今回の
    『My Funny Valentineとシェイクスピアの粋な関係』
    今までの記事の中でもさらに逸品です!
    tamaeさんの声が聞こえてきそうです!
    tamaeさんの音や英詩や文化に対する熱い想いが
    とても良く伝わります!
    一時私も英詩について出典元を調べて
    音を聞きスタンダードを少しずつ聞き増やした時期がありましたが
    私のぼちぼち一人で始めたJAZZ聞きリスナーの一人勉強も
    なかばトンチンカンではなかんたんだなぁ・・・と
    今日はとてもうれしくなりました!
    そして
    tamaeさんの本日読ませていただいた記事の終盤の
    『ナチ台頭時代にユダヤ民族としての悩を抱え、さして見目麗しいゲイでなく、抑圧された気持ちを酒で紛らわしていたラリー・ハートの作った、My Funny Valentineは、ひょっとしたら自分宛てのラブソングだったのかも知れない。』
    おもわず泣きそうになりました・・・・。
    ぐっとこのMy Funny Valentineが
    今までになく深みを増して響くようです!!
    感激してます!!
    akemin

  4. akeminさま
    感想を頂いて、私こそ感激です!!
    寺井尚之に「どうせブログなんか書くんやったら、他で読めんこと書け。」と渇を入れられ、書いてみました。
     ジャズの詞は、英語の意味や、映画のことなどが主に話題の中心みたいなので、少し、詞そのものと向き合ってみたくなりました。
     まどろっこしい文章なのに、一番言いたかったことに共鳴していただいて感激、嬉しいです♪
     ありがとうございました。

  5. 珠江様
     お久しぶりです。お元気そうでなによりです。さて、BLOGも久しぶりに拝読させて頂きました。My Funny Valentineの訳詞・訳詩についての珠江様の引き出しの多さ、見解、とても勉強になりました。洋楽のヴォーカルものでは言葉の壁がいつも付いて回る。この企画又お願いします。
    {寺井尚之に「どうせブログなんか書くんやったら、他で読めんこと書け。」と渇を入れられ、書いてみました。}
    さすが、寺井氏ですね。

  6. cappuccinoさま:ご無沙汰ですが、お元気ですか?こちらは息も絶え絶えですが、何とか生きてます。
    「企画」なんて言うほどエラいものではないのですが、現在対訳にどっぷり首まで漬かっていて、こんなのを書きました。
    ミムラやさんでぜひ、エラ・フィッツジェラルド&トミー・フラナガンの名盤を買って聴いてみてください。明日への元気がモリモリになります!
    色々お忙しいとは存じますが、また寺井尚之のプレイを聴きに来て下さい。ぜひお待ち申し上げます!!

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