対訳ノート(44):Come Sunday

 さて、今月の「トミー・フラナガンの足跡を辿る」は、『Moodsville9 トミー・フラナガン・トリオ』の解説がありました。本来この『Moodsville』シリーズは、ムード・ミュージック、BGM目的。フラナガンの演奏は、制作意図にしっくり馴染むように見せかけながら、曲の持つ気骨と品格をしっかりプレイに忍ばせる、静かな炎のソロ・ピアノ!いつも聴いてるのに、講座でまたまた感動して、この演奏の元になったマヘリア・ジャクソンとエリントンの決定版を聴き、久々に対訳ノートを書きたくなりました。

<歌のお里は超大作だった>

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 ”Come Sunday”は、現在、賛美歌として教会で歌われているそうですが、元々、”エリントン、アメリカ黒人史を語る“という趣向の壮大な組曲“Black, Brown and Beige”(’43)の第一楽章“Black”の一部分でした。この楽章は、3つのパートから成り立っていて、アメリカに連れて来られた黒人奴隷達の姿を音楽で描いています。”Come Sunday”は、過酷な労働を唄う”Work Song”と、苦難の中の希望の光見出す”Light”の間のモチーフで、稀代のアルト奏者、ジョニー・ホッジスをフィーチュアしたスピリチュアル(黒人霊歌)、現在の私達におなじみの“Come Sunday”は、このパートの中の32小節を抜粋したものです。

  “Black, Brown and Beige”は、エリントンが、従来のエンタテインメント的イメージから脱却し、アーティストとして、黒人音楽の金字塔にするべく挑んだ芸術作品で、48分の超大作だった。つまり、コットンクラブに象徴される奔放で官能的なイメージとはおよそかけ離れた組曲だったんです。

 超人気バンドリーダーして不動の地位を保ちながら、40代半ばで、おまけに戦争中、しかも、黒人ミュージシャンは道化であることを強いられた人種差別時代、マネージャーの反対を押し切り、敢えて芸術的大作を発表したというのはどういうわけなのだろう? 戦時下の遊興税によってダンス・バンドが先細りになることを見越して路線変更をしたのだろうか?いえ、それよりも、この時期に勃興したビバップ同様、「ダンス・ミュージック」ではなく「鑑賞するジャズ」に向けて黒人たちが創造力を振り絞った時代、その世界のトップランナーとして当然のことをしただけだったのではないだろうか。

 ともかく、勝負を賭けたカーネギーホールのコンサートは、満員御礼ではあったものの、クラシック畑の評論家からは「話にならない低レベル」、ジャズ評論では「退屈極まりない。おもろない!さっぱりわからん。」と、ケチョンケチョンに叩かれて、この企画にずっと反対していたマネージャー、アーヴィング・ミルズと袂を分かつことになりました。

 でもエリントンは諦めなかった。

<マヘリア・ジャクソン>

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  この曲が大きな注目を集めたのは、公民権運動が全米各地に波及しつつあった1958年にリリースした“Black, Brown and Beige”改訂版。オリジナル版を大幅に短縮して、ゴスペルの女王、マヘリア・ジャクソンが”Come Sunday”に、新しい命を吹き込んだ!

 南部の綿畑の日々の過酷な労働の中、詠み人知らずの歌として、自然に歌い継がれた「黒人霊歌」(Black Spirituals)は、アフリカと西洋の異文化融合の原点と言われています。そんな趣を湛えるこの歌詞は、基本的にエリントンが作り、オリジナル・ヴァージョンを演奏したジョニー・ホッジス(録音には不参加)とマヘリアが修正を加えたもののようです。当初エリントンは、自分の歌詞がキリスト教の規範に合わなかったらどうしようと、かなり悩んだと言われています。duke-ellington-feat-mahalia-jackson-black-brown-and-beige-1958-inlay-cover-21853.jpg

 一方、リハーサル中に、マヘリア・ジャクソンが歌うのを初めて聴いて、楽団のレイ・ナンス(tp, vln)は、感動で涙が止まらなかった!

  この録音の前日、LAのスタジオでこのアルバムの録音が行われた時、エリントンの片腕、ビリー・ストレイホーンは楽団から離れ、ジョニー・ホッジスとともに、LAから遠く離れた東海岸のフロリダにいました。この当時は、経済的な問題をクリアするためだったのか、ホッジス達は一時的に独立して公演することが許されていたのです。ところが、ぎりぎり録音の前日に、エリントンが長距離電話をかけてきて録音曲のアレンジを頼んできた!必要な編曲の中には、”Come Sunday”も含まれていて、ストレイホーンはタクシーの運転手をホテルに待たせ、徹夜で楽団用にアレンジを書き上げ、その譜面の束を運転手が全速でマイアミ空港まで飛ばし、文字通りエアメイル・スペシャルでLAのスタジオに届けました。ところが、ジャクソンをフィーチュアしたトラックでは、ストレイホーンがアレンジした楽団とのヴァージョンはボツになり、エリントンのピアノがイントロと間奏に少し入る他は、ア・カペラで歌うトラックが採用されました。ジャクソンの芳醇な声は、オーケストラ的なハーモニーが内蔵されているから、敢えて楽団を取っ払う快挙に出たのでしょうか?

 黒人霊歌(Black Spirituals)は、南部で過酷な労働に従事する奴隷達が創造した、黒人と白人の文化をつなぐ最初の架け橋であり、同時に、神を敬う歌詞の裏には、自由への願いや、逃亡に際する秘密の教えが隠されている。エリントンは、この架け橋から産まれた天才。初演から15年、公民権運動の高まりにつれ、“Black, Brown and Beige”にも、「日曜」がやってきて、”Come Sunday”は公民権を願うプロテスト・ソングとして聞こえてきます。

 

<Come Sunday>

Duke Ellington

主よ、愛する主よ
天にまします全能の神よ、
どうか我が同胞に
苦難を乗り越えさせ給え。

(くりかえし)

太陽や月は
また空に輝く。
暗黒の日にも、
雲はいつか通り過ぎる。

神は平和と慰めを、
苦しむ皆に与えられる。
日曜が来ますように。
それは我らの待ち望む日。

我らはよく疲弊する。
でも悩みは密かに届けられる。
主はそれぞれの苦悩をご存知で、
それぞれの祈りをお聞きになる。

百合は谷間に
物言わずひっそりと居るけれど
春には花を咲かせ、
鳥達はさえずる。

夜明けから、日没まで、
同胞は働き続ける。
どうか日曜が来ますように。
我らの待ち望む日曜が。

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