対訳ノート(37) Violets for Your Furs

  イルミネーションが灯る師走の大阪です。皆さまいかがお過ごしですか? 今日は、OverSeasで聴いていただきたい12月の曲“コートにスミレを”の歌詞について書こうと思います。

<魔法のラブソング>

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  ”コートにスミレを”曲は、弾き語りの名手マット・デニス作曲、トム・アデール作詞、歌詞は極めてシンプルで“ぼく”から”きみ”に、歌手が女性なら“わたし”から”あなた”への独白形式。

  “雪のマンハッタン、”ぼく”は街頭の花屋でスミレを“きみ”に買ってあげた。”きみ”がスミレを毛皮に留めた途端、魔法が起きて、街は春になった。”要するに、たったこれだけの話。…でもその歌詞は、冒頭8小節目の”Remember? (覚えてる?)”の一語以外、全てが過去形。(”Remember? “は、Did you remember? なのかDo You…?なのか不明)英語の時制の意識は、日本語より随分はっきりしているので、これが歌詞のキーポイントになっている。

 その12月の魔法が起こった「過去」が具体的に去年なのか、それとも何年も前のことなのか? 二人はそれからどうなったのか?そのヒントは歌詞にはありません。だから、シナリオは歌い手次第なんです。

  クリスマス・ツリーが煌めき、子供たちがはしゃぐ暖かな家庭で夫が妻に語るマット・デニスの名唱にも、思い出の美しさが人生の哀切を照らし出すビリー・ホリディの圧倒的な表現の素材ともなるんです。世の中にラブ・ソングは星の数ほどあるけれど、「歌詞解釈」に、これほどの幅を持たせる歌も珍しい。そして暗い冬空が青空に一変するディズニー映画のような「魔法」のシーンも聴きどころであり、見せ所です。

<作詞家、放送作家 トム・アデール(1913-1988)>

TomAdair.jpg デニス―アデールのコンビが創作活動をしたのは、デニスが陸軍航空隊に出征するまでの僅か2年間、”Everything Happens to Me””Will You Still Be Mine?””The Night We Called It a Day”といったフランク・シナトラの名演目を沢山作りました。ほとんどが大ヒットとなり、多くはジャズ・スタンダードとして今も演奏されています。

  冬のNYの情景がロマンチックに描かれた歌、作詞のアデールはカンザス州の洋服屋の息子で西海岸LA育ち。電力会社で苦情処理係として8年間働きながら詩を書いていた。ハリウッドのクラブでアデールと出会ったデニスは、その才能に仰天し共作を開始、作品を見た歌手ジョー・スタッフォードがトミー・ドーシーに強く推薦して楽団の専属スタッフになりました。二人の作品は、そのタイトルからも判るように、ギラギラと濃くなくて、しみじみとした作風、ウィットが効いて洒落ている。日本の中村八大、英六輔のコンビを連想します。

 

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  デニス以外の作曲家との仕事で、最も有名なアデール作品は、トミー・フラナガンが『Moodsville 9』に収録している”In the Blue of the Evening”ですが、1944年以降は主にラジオやTVの連続ドラマの放送作家として大活躍、そして、’50年代からは、この曲で見せた「魔法」があまりに鮮やかだったせいなのか、本物のウォルト・ディズニー・プロダクションの一員となり、ディズニーランドをはじめ、様々なプロジェクトに関わっています。日本で公開されているアデール関連のディズニー作品は、’60年代にプロレス番組と交替で隔週放映されていた『ディズニーランド』や、アニメ作品『眠れる森の美女』、連続活劇『快傑ゾロ』など、世代によっては懐かしい名前のものがあるでしょ!
歌詞のバイブル本『Reading Lyrics』には、「ディズニーがアデールを得たことは、音楽界にとって大きな損失となった。」と結論付けています。
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       <ビリー・ホリディの毛皮に>

billie-holiday-6YT7_o_tn.jpg さて、ビリー・ホリディの名唱が収録されている『Lady in Satin』(’58)は、カーメン・マクレエが「LPがすり減るまで繰り返し聴くのでを、常に予備のレコードを2枚所蔵している」というほどの名盤ですが、”コートにスミレを”が生まれたきっかけも、実はビリー・ホリディ毛皮の姿だったんですって。雪の降る真冬のシカゴ、デニス&アデールが、土地の有名ジャズ・クラブ、”Mister Kelly’s”にビリー・ホリディを聴きに行ったんです。 アデールが自分の恋人のためにスミレの花束を持ってきていて、会場に入って来たホリデイは毛皮のコートを着ていた。そのとき1941年、レディ・デイ芳紀26才、この写真よりもずっと若くて毛皮がさぞ似合っていたのでしょう。
 「今夜は何を唄うんだろう?」あれこれおしゃべりしているうちに、アデールがふと思いついたのが『Violets for Your Furs』というタイトル、歌詞、メロディ、ハーモニーが、Kelly’sのテーブルクロスに殴り書きされて、あっという間に一丁あがり!フランク・シナトラがすぐにレコーディングしたのだそうです。

 歌詞対訳は、マット・デニスの歌うオリジナルなものを掲載しておきます。ビリー・ホリディの詳しい歌詞解釈は、寺井尚之ジャズピアノ教室の解説本をご参照ください。

Violets for Your Furs コートにスミレを>

 Lyrics by Tom Adair / Music by Matt Dennis 原詞はこちら

<ヴァース>

それは雪の舞い散る真冬のマンハッタン、
街路も凍てついていたっけ。
でも、いつか聞いたことのある、ちょっとした魔法で
一瞬のうちに天気が変わったんだ…

<コーラス>

 
君の毛皮に、スミレの花を買った。
そうすると、しばらく真冬が春になった、
覚えているかい?
君の毛皮に、スミレの花を買ってあげた。
すると12月がしばらく4月になった!

花束に吹き積もった雪は溶け、
夏の陽射しにきらめく花の露に見えた。

君の毛皮に、スミレの花を買った。
すると灰色の雪空が青くなった!
君はスミレを得意そうに毛皮に留めると、
道行く人も楽しそうだったね。

あのとき僕に微笑みかけた君はほんとに可愛いくて、
その時、思ったんだ。
僕達は完璧に恋に陥ちたんだなって。
君のコ-トにスミレを贈ったあの日に。 

 12月の名曲、<Violets for Your Furs>は、12月22日(土)、寺井尚之The Mainstemで!

ぜひ聴いてみてくださいね!

「対訳ノート(37) Violets for Your Furs」への4件のフィードバック

  1. 奥深い解説、大変興味深く拝見しました。
    コルトレーン、Prestige7105初リーダーアルバムの“コートにスミレを”にも追記で一言お願いします。

  2. 藤岡先生、ご多忙中、お読みいただき、コメントありがとうございます!コルトレーン・ヴァージョンは、ジャズ・ファンの皆様に最も有名で、NアダレイやJRモンテローサのヴァージョンも入れるべきか、色々悩みましたが、「歌詞」がテーマですので遭えてはずしました。
      
     また機会を改めて書こうと思っています。
    別件のスクラップ・ブック面白く・・・もうすぐ進捗状況お送りします。

  3. こんにちは
    「コートにスミレを」は、大好きな曲です。マット・デニスのアルバムでは、あげられている「Plays and Shings」が愛聴盤です。トム・アデールとマットとはいいコンビだと思っていたのですが、アデールがディズニープロダクションの一員になったことは初めて知りました。いい歌詞を書く人ですね。
    年末に来て、風邪をひきましたが回復しました。今年はオーヴァーシーズを訪問できて、嬉しかったです。来年も関西方面に行くチャンスがあれば是非寺井さんの演奏を聴きによります。それでは、良いお年を。

  4. azuminoさまにお目にかかることができたのは、私の今年のビッグ・ニュースです!
     実際に感じることの出来たお人柄も、「お気楽ジャズ・ファンの雑記帳」ブログの温かみも、トム・アデールの作風と、どこなく似ているように感じます。
     今年はネット・サーフィンもままならず、年末も掃除洗濯に追われていますが、来年また、お目にかかれる日を楽しみに、 “Everything Happens To Me”な一年を乗り切れるようがんばります。
     

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